第12話「魔王さまのお手を煩わせることはありません」

 アルエルを追って、廊下を突っ切り踊り場へ。階段へ向かうと、そこにもうアルエルの姿はない。速えぇぇぇ!! いつもそんなに速く走ってないだろっ! 彼女を追って、必死で階段を降りていく……が、いかんせん走ったのも久しぶり。足がもつれそうになる。やむを得ず、若干スピードダウン。


 フラフラになりながら、ようやくダンジョン入り口、セクション1へたどり着いた。息を切らしながらそこで私が見た光景は、壁に何か貼っているアルエル。その周りを囲むように冒険者の人だかりができていた。


 もう駄目だ……。


 彼ら彼女らの声が聞こえてくる。


「これ誰が書いたの? え、君? 絵上手いんだね」

「すごいね。プロみたい」

「へぇ、コック募集か。俺応募しようかな?」

「なんだか、この絵見ていると、そんな気になってくるわよね」


 皆がアルエルのポスターに称賛の声をあげていた。一方で……。


「ねぇ、こっちのポスターは何?」

「こっちもコック募集のポスターなんだよね?」

「なんだか……不気味」

「ちょっと、精神が不安定になってくる」

「誰が書いたんだろう?」

「子供じゃない? まともな大人が描く絵じゃないよ」

「いや、うちの子供だって、ここまで酷い絵は描かないぜ」


 そんなに言わなくてもいいだろう……。確かにちょっと絵心がないのは自覚したよ。でもさ、人には得手不得手っていうのがあるだろ? 魔王にだって苦手なものはあるんだよ。それがたまたま絵だった、ってことだけじゃないか。


 人垣の外で打ちひしがれていると、アルエルの声がホールに響いた。


「そんなことないですよ!」


 ざわついていた周囲が一瞬にして静まり返る。アルエルが続けた。


「皆さん、ここがどこだか分かりますよね? そう、ダンジョンです。ダンジョンというのは日常とは別の世界。おどろおどろしくて、ちょっと怖い。そういうのを表現したのが、このポスターなんです!」


 おぉ、という歓声が上がる。いや、私としては、そういう意図があったわけじゃないんだが。


「この絵だって、一生懸命描かれたものなんです。批判するのは簡単です。でも、それが描かれた背景を読み取る、そういう姿勢も必要なんじゃないでしょうか?」


 描いたときの意図とは多少違うのだが、アルエルの言葉に私は少なからず感動していた。そして、自分が邪推していたことに対して、深く反省する。アルエルは私の絵を笑いものにするつもりなどなかったのだ。ちゃんと認めてくれていたのだ。分かってやれなかった自分を責めた。すまない、アルエル……。


「このポスターは、魔王さまが一生懸命描いて下さったものなんです! 朝早くに起きて、一生懸命描いたものなんです! だから、そんなふうに言わないで下さい!」


 アルエルがそう言って私を指差し、冒険者の視線が一斉に私に向く。


「えっ、魔王?」

「このダンジョンの主か」

「てか、魔王が描いたポスターだったんだ」

「魔王が絵を描いたりするものなの?」

「いや、普通の魔王ならそんなもの描かないだろ」

「あんまり面識ないんだけど、ちょっと変わった魔王さんなのかしら?」

「まぁ、普通じゃないよな」

「やっぱり、今どきこんなダンジョンの魔王だから、ちょっとアレなんじゃない?」

「アレって何よ。はっきり言えばいいじゃない」

「えー、それは流石にねぇ」

「シッ! 魔王に聞こえちゃうよ」

「え、でも、なんか魔王、涙目になってない?」


 泣いていない! 泣いてなんかないしっ! 


 アルエルのフォローのお陰でポスターの出来云々については理解を得られたようだ(若干、不本意な部分もあるが)。しかし「魔王自ら求人ポスターを描く」「しかも、ちょっと変わった人らしい」という風評が広がりつつある。


 これは良くない、と私の本能が告げる。ここは魔王らしくしなくては。威厳を保ち、風格をにじませ、恐怖を感じさせる。多少違う意味で怖がられているような気がするが、それでは駄目なのだ。みなさまから愛されるダンジョン。それは私の目標でもある。しかし、魔王個人にとってみればそれは違う。魔王は恐怖の対象でないといけない。それこそがダンジョンをダンジョンたらしめるのだから。


 しかしそう言っても、注がれる視線の多さに、どうしていいのか分からなくなる。逃げ出したい、いや駄目だ。そんな葛藤に心が揺れる。平衡感覚がなくなり、立っているのか浮いてるのかすら分からなくなってきた。これはマズイ……。


「ちょっと、ウチの魔王になに好き勝手言ってくれてんの?」


 そのとき、誰かが私の肩を叩き、そう言った。振り返るとそこにはキョーコが立っている。顔が険しい、怖いよ。


「さっき、文句言ってたヤツ。前に出な」


 この前と同じ展開だ! これはこれでマズイ。なんとかしなければと思うが、足が動かない。キョーコが冒険者に歩み寄ると、何人かが前に出てきた。口々に「なんだよ。文句あるのかよ?」「事実を言ったまでだが」「ダンジョンがダンジョンなら、魔王も魔王ってか」と罵るような口調で言っている。中には薄ら笑いを浮かべながら「こんなダンジョンなんか、軽くクリアしてやるぜ」と豪語している奴まで。


「ほぉ」それを聞いたキョーコの表情が変わる。ニヤッと笑うと、私の方を振り返り「魔王さまのお手を煩わせることはありません。このキャットウーマンにお任せください」とうやうやしく一礼する。


 いや、お任せできない……と、反対しようとしたが、時すでに遅し。キョーコは両手を叩きながら「かかってきな。軽~くクリアできるダンジョンかどうか、試してみればいい」と煽っている。それ受けて冒険者は「キャットウーマン? そんなのいたっけ?」「コスプレじゃない?」などと笑ったりしている。駄目だ。早く逃げて、冒険者の皆さん!


 その後の光景は思い出すだけで、思わず震えてしまうようなものだった。


 20人はいた冒険者たち。剣士に槍使い、魔法使いや僧侶もいた。彼らは豪語するだけあって、それなりに経験を積んだ冒険者たちだった。束になれば、ミノタウロス程度なら討伐してしまうくらいの力は持っているだろう。


 その彼らが、まるでゴミ屑のように宙を舞っている。剣をパンチで折られた剣士は、呆然としているうちにふっ飛ばされ壁に叩きつけられた。魔法使いは放ったファイアーボールを弾かれた挙げ句、それが直撃してコゲコゲになっている。仲間を呪文で必死に回復していた僧侶も、それが全く追いつかず魔力を使い尽くして跪いた後、他の仲間の巻き添えをくってどこかに飛んでいった。己の肉体を駆使して戦う拳闘士でさえマウントを取られボコボコにされていたし、気配を消し背後からの攻撃が得意なはずのアサシンは、死角からの肘打ちを食らって泡を吹いている。


 そして冒険者たちの山が、今私の目の前にできあがっていた。


「まぁ、多少は手応えがあったかもね」


 キョーコはその言葉とは裏腹に、涼しい顔をしている。マジかよ……。そこでようやくフラフラしてたのが収まっていることに気づいた。あまりのできごとに混乱していたが、やっと現実を受け入れることができるようになった……ということか。


 しかし、そこで気づく。今回のキョーコは、私を庇ってくれたのだと。自分のことではなく、魔王としての私の立場を守ってくれたのだ。それが分かって少し嬉しかった。心が暖かくなった気持ちがした。


 キョーコが振り返りニコッと笑う。あぁ、やっぱちょっとだけ怖いわ、とも思ったが、しかしまぁ、助かったのも事実。小さい声でそっと礼を言うと「チューセイを誓った魔王さまを守るのも、あたしの役目だからな」と、少し照れながら言う。


「さ、行こうぜ。今日はこれからのこと、話し合うんだろ? あ、その前に朝ごはんだな」


 キョーコが私の手を取り歩き出す。温かい手のひらの感触に、一瞬ドキッとしながも、その後いつもどおりギューっと握られて「痛てててて」となる。もうこの辺りは、お約束レベルになってきたな、と思いながら、引っ張れるようにキョーコの後を歩いていった。


「はいはーい。ノックダウンされたみなさーん。ちゃんと入ダン料は払って下さいねー」


 背後では、うめき声を上げながらも、ようやく起き上がりつつある冒険者たちに、アルエルが手のひらを突き出していた。意外とちゃっかりしているのな、お前。

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