第10話<魔王の1日>
「疲れた……」
重い足を引きずりながら、ようやく『最後の審判』へと戻ってきた。玉座『闇の依代』は、一応形だけは復元できたものの、まだ魔力を使っての再生中だ。しかたなく、手前にある段差(『闇の依代』の鎮座している場所は、他よりも数段高くなっている)に腰を下ろす。
キョーコがやって来た翌日。朝早くに起きて、寝ぼけまなこのまま玉座の修復。バラバラに砕け散った破片を、魔力で結合させる。すぐに完成するわけでもないので、魔力を注いでおく。
次にクルーの朝食の準備。昨晩お肉だったので、野菜中心のメニューにしたところ、一部から不満の声が出る。だが、健康管理も魔王の仕事の一部。言って聞かせる。
それが終わると、今日のシフトを発表し、皆を持ち場に着かせる。少々、いやかなり不安があったが、ダンジョン内の司令をアルエルに任せた。私の心配をよそに、当の本人はノリノリで「皆のもの~、配置に着け~!」と玉座に飛び乗り、再び破片に戻す。イラッとした。
アルエルには1日正座で過ごすよう告げ、3階にある居住区へ。昨晩遅くまでかかって作った図面を見ながら、キョーコ用の部屋を作る。岩盤を魔法で掘削するのだが、肝心の魔導器が見当たらず、やむなく直掘り。前に「我なら楽勝」と言っていたが、実はこれ、結構疲れる。
午前中にざっくり形だけ整えて、慌てて昼食の準備。玉ねぎを刻みながら「今度は調理師を雇おう」と心に刻む。あ、いや。シャレではない。たまたまだ。玉ねぎだけに。
……昼食が終わったら、再びキョーコの部屋へ。細部を整え、配管に取り掛かろうかと思ったところで、雪女の薄月さんがやって来る。どうやら、アルエルの指揮がメチャクチャで、クルーたちが混乱しているらしい。
やっぱりそうか……と思いながら『最後の審判』へ行ってみると、誰もいない。一緒に見てろと言っておいたキョーコもいなくなっている。スクリーンで確認すると、ルート1のセクション4に二人を発見。
ひとつ前のセクションには、どう見ても初心者だと思われる若い冒険者が4人。キョーコとアルエルはスクリーンの中で、手足の屈伸などをしている。アルエルはともかく、キョーコはマズイ! 大慌てで現場に向かい、二人を回収。小一時間お説教をする。
薄月さんに監視役を頼み、再び居住区へ戻る。
魔導エアコンディショナーと魔導照明の配管を行う。これも当然図面に記入済みで、1センチのズレもなくキチンと通す。こういう見えない箇所は手を抜きがちだが、そういう場所にこそ神経を注ぐべき、と個人的には思う。ただ、誰も褒めてはくれない。
最後のお楽しみ。ロフトと収納の設置にかかる。と、そこで今度はボンが駆け込んでくる。昨日、キョーコに折られて、仮接合していた腕がどこかに行ったらしい。クルー総出で探すが見つからず。そこへ帰ろうとしていた冒険者から「これ落ちてました」と腕が届く。感謝するスケルトンに「いえいえ」と謙遜する冒険者という、なんともシュールな光景を見てしまう。
夕方には部屋がほぼ完成。多少妥協点もあったが、時間をかけた分だけ、いい部屋ができたと満足する。休憩中に窓からガーゴイル便がやって来るのが見えた。頼んでいたキョーコの寝具が届いたのかと、表に出向く。
サインをして荷物を受け取ると、それはアルエルの注文していた「魔導の杖(レプリカ)」だった。そう言えば、私は魔王なのにこういうの持っていない。あぁ、もしかしてアルエルのやつ。気を利かせて買ってくれたのか……と思っていると、どうやら自分用だったらしい。そうか、そうだよね。
「前から欲しかったんですよねぇ。えいっ、えいっ」
そう言いながら、杖を振るアルエルを見て、一瞬微笑ましく感じる。余程疲れているらしい。どうせ、すぐにあの倉庫の肥やしになるに違いない。
ちなみに寝具は、最終便でなんとか届いた。女の子らしいピンクのシーツ。ついでにパジャマもピンクで注文しておいた。半分以上、嫌がらせだったのだが、思いの外気に入っている模様。早速部屋に持ち込んで、うっとりと眺めていた。女の子の心理は分からない。
息つく間もなく、ダンジョンを閉める準備。「閉ダン♪ 閉ダン♪」と、アルエルは張り切っている。いつもは何かと時間のかかる子だが、何故かこのときばかりは素早くテキパキと作業をこなす。ちょっとだけ疑いの目を向ける。
今日の売上は……、おぉ、平日にしてはまずまず。入ダン者数も、今月では一番よかった。まさかのキョーコ効果、というわけではないだろうが。この調子で行ってくれればなぁ、と思う。でもまぁ、現実はそんなに甘くはないだろう。
売上がよかったので、晩ごはんは2日連続でお肉。クルーたちが喜んでいるのを見て、こっちまで嬉しくなってくる。だが、ストックのお肉はこれで最後。しばらくはお野菜の日が続くことを思うと、ちょっとだけ胸が痛くなる。もちろん内緒だ。
食器を洗おうと思ったら、キョーコとアルエルがやってくれると言う。「疲れてんだろ。顔に出てるぞ」とキョーコ。これはいかん。どういうときでも魔王たるもの、毅然とした姿でいないといけない。とは言え、確かに身体はもうボロボロ。礼を言ってその場を去る。背後で盛大にお皿の割れる音がしていたが、もう振り返る気力はない。
そういうわけで『最後の審判』でへたり込んでいるというわけだった。風呂入らないとなー、洗濯物も取り込まないとなー、と思うが身体が動かない。ウトウト、としてそのまま意識を失う。
気がつくと夜中。どうやら寝てしまっていたらしい。こんなところで寝てしまうとは。風邪を引いてしまう、と思って立ち上がると、肩から一枚の布がこぼれ落ちた。どうやら誰かが気を利かせて掛けてくれたらしい。身体はまだ疲れ切っていたが、なんだか温かい気持ちになって、少しだけ元気が出てきた。
これタオルケット? 誰のかな? ちゃんと洗って返さないと。そう思いながらも、どこかで見たような……とよく見ていると、昨日なくなっていた私のローブだった。ただ、切られ縫われてて、今はただの1枚の布になっていた。由緒正しい……ものなんだけどなぁ、と思いながらも、その縫い目の粗さを見て少しだけ微笑ましくもなってきた。
まぁ、どんなものでもいつかは滅するのが定め。由緒正しいものでも永遠ではないということか。
そう思わないとやってられないと思った。
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