第9話「ちょっと寝られなくって」
「寒い……」
私は『最後の審判』の片隅で、小さく丸まって寝ていた。玉座『闇の依代』を何とか元に戻しそこで寝ようかと思ったが、魔法で玉座を持ち上げた瞬間、それは粉々に砕け散った。それを見た瞬間、私の心も砕けた思いがして、こうして隅っこでふて寝しているというわけである。
それにしても寒い。キョーコに引っ剥がされた4枚のローブは、結局1枚しか返してもらえなかった。キョーコが1枚、アルエルが1枚。それぞれ持っていってしまった。あれ? あと1枚はどこに行ったのだろう……?
ローブを身体に巻き付け、膝を抱えるように小さく丸まってみたが、とても寒くて寝られそうになかった。どうしてこんなに寒いのだろう……。季節はすっかり春真っ盛りで、朝晩は冷えると言っても、ここまで寒いのは異常なように感じる。最近、巷で噂されているように、環境が変わってきているのだろうか……?
そこで、よくよく考えてみると魔導エアコンディショナーのスイッチが入りっぱなしになっていることに気づく。我ながらお茶目なミスに、少し恥ずかしさを覚えながら、スイッチをオフ。しかし、切ったからと言って、すぐに室温が戻るわけでもなく、寒さ的には変わらない。これはもう少し待つしかないか……。
ちょっと夜風にでも当たってこよう。
当ダンジョンは一般的なそれと同じく、山の斜面に入り口が設けられている。『キヤベルグ』と呼ばれるその山は、標高は高くない。むしろ低い方だと言ってもいい。
私の曽祖父がこの地にやって来て、色々な事情がありダンジョン経営を始めた。その当時のダンジョンの常識では「ダンジョンを建設する山は、高ければ高いほうがいい」とされていて、そのお陰で王都に近い地であったのにも関わらず、かなりお求めやすい価格で手に入れいることができたらしい。
今はそのようなことをダンジョンに求める者もいないため、曽祖父はいい買い物をしたものだと思う。しかも、低い山にダンジョンを作った恩恵は他にもあった。
『最後の審判』の壁に手をかざし、先程アルエルが開いたように通路を出現させる。階段を登る。3つ踊り場を抜けると、そこにある扉を開いた。そこはほぼ山の頂上付近。展望台になっている。ダンジョン入り口とは、反対の斜面に作られているので、ダンジョンとしての景観は損なわれていない。
そう、低い山の利点はそういうところにあった。展望台は頂上に限る。しかし、高すぎる山だと登るのも大変だ。
また、ダンジョンは基本的に地下へ地下へと潜っていくように作られるのが普通だ。我が『鮮血のダンジョン』の特徴は、空いている山の空間を利用し、クルー用の居住区を設けている点だ。2階に『最後の晩餐』や『復活の泉』などの共用スペース。3階はクルーの部屋。4階、5階は将来的にダンジョンが大きくなったときのための拡張スペースに取ってある。
「ダンジョンが大きくなったら、クルー用の部屋を増設したり……あ、トレーニングルームや、宴会場みたいな福利厚生の施設も作っちゃおうかな? 大露天風呂もいいかも」
昔はそんなことも考えて夢を抱いていたものだが、今は現実を知って難しいと感じていた。展望台にある長椅子に腰掛ける。ギシッと椅子が軋み、少し顔をしかめた。父がまだ存命だったころ、私が作った長椅子だった。初めてのDIYだった。もう何年も手入れしていないせいで、うっかりすると壊れそうな長椅子を見て、時の流れの早さと自分の放漫さを思い知る。
思えばここ数年。ダンジョンをなんとか守ることだけを考えていた。将来はどうしていこうとか、もっと大きなダンジョンにしようとか、そういう考えは失われていた。新しいことには手を付けず、現状をなんとか維持していく中で、冒険者に喜んでもらおうという気概はなくなり「どうしてそんな文句ばかり言うのか」「私たちの気持ちなど分からないだろう」という想いが強くなっていっていた。
それではいけないということは分かっていた。しかし、どうしていいのかも分からず、かと言って、他のクルーに相談することもできず、ずっとそのままズルズルと時だけが過ぎていった。
しかし……。そんなダンジョンに単身乗り込んできて「あたしを雇え」とキョーコが言ったとき、私の中で何かが芽生えたような気がした。いや、それは元々私の中にあったものかもしれない。このダンジョンを維持していく……のではなく、真の意味で冒険者を喜ばせ、絶望させ、歓喜させる。そんなダンジョンを作れるのかもしれない。
キョーコには不思議な力があるように感じられた。いや、魔法で強化された腕力の話ではない。『最後の晩餐』で見せた、あの初対面のクルーたちを巻き込む力。ひとりで見知らぬところにやってきて、いきなりあのような態度を取れる人間はそうそういない。
彼女はこのダンジョンの救世主になるのかもしれない。
「いやぁ、そんなに褒められると、流石にちょっと照れるんだけど」
突然、隣から声が聞こえてきて、私は飛び上がるほどびっくりした。長椅子が再び、ギシッと軋む。振り向くと、隣にキョーコが座っていた。いつの間に!? びっくりするじゃない? 心臓止まるかと思ったよ? って言うか、私、知らない間に口に出してしゃべってたの? どこから聞いてた? ねぇ?
「あー『ダンジョンを守る』とか『将来はどう』とか。その辺」
結構始めのころからじゃないか……。顔が熱くなってきて、思わず両手で覆う。
「いやいや、立派な志だと思ったよ。真のダンジョン、いいね。流石は私がチューセイを誓った魔王さまだけはあるね」
「それ、褒めてるのかけなしているのか、どっちなんだ」
「あはは。いやいや、褒めてるってば。あたしもそういうダンジョン、いいなぁって思うし」
「そ、そうか?」
「うんうん。最近のダンジョンは人気を取るのに走ってて、何て言うかヌルい? チャラい? んー、まぁ迎合しすぎなんだよ。本来ダンジョンが持っているドキドキ感とは違うとういうか……」
思っていた以上に、キョーコの考えが自分に近いということを知り、私は2つの意味で喜んだ。ひとつは、彼女を経営者として迎え入れることが間違いではなかったということ。もうひとつは、先程感じた私の勘が間違いではなかったということだ。
キョーコはひとしきり、自分のダンジョン観を語った後、ふぅと息をつき、まっすぐ前を見つめた。その横顔に、少しだけドキッとしてしまう。
「ここ、景色がきれいなんだね」
展望台から見える景色を見ながら、キョーコはつぶやくように言う。王都に背を向ける方角にあるため、ほとんど人の手が入っていない地域は、ある意味粗雑にも見えるが、自然の力強さも感じられる。特に夜の景色は、私のお気に入りでもあった。
「そう言えば、どうしてここに?」ここはまだ案内していないはずなのだが。
「いや、寝れなくってね。ちょっと外に出てこようかと思ったら、あんたの足音が聞こえたから、後をつけてきた」
「ほぉ? 流石のキョーコも、枕が変わると寝られない、というわけか? 案外繊細なんだな」
あ、冗談冗談。そんなにムッとしないで。しかし、キョーコはすぐにフッと笑ってこう言った。
「いや、あんたのベッド。加齢臭がキツくて寝られなかったんだよ」
「なっ!? そんなはずはない! 毎日ちゃんと干しているし、シーツだって昨日変えたばかりだし」
「あはは、冗談だって」
「加齢臭とか……そんな歳じゃない」
「あー……ごめんごめん。そんなに落ち込むなって。でも、そもそも、バルバトスって、何歳なの?」
「言いたくない。って言うか、人に聞くならまず自分から言うべきではないか?」
「……女の子に歳を聞く?」
むぅ。自分から聞いておいて失礼極まりない話だが、一理はある。私としたことが、ついうっかり口を滑らせてしまったようだ。歳の話は終わりにしよう。
「で、何歳なの?」
蒸し返すのか。本当に失礼なヤツ!
「……魔王に歳を聞く?」
キョーコの口調を真似て言ってみた。怒るかな? と思ったが、意外にもプッと吹き出すと、そのまま笑い転げていた。あ、あれ? 思っていた以上に受けてる? そんなに面白かった? 私にはよく分からない。その辺がジェネレーションギャップって奴か?
「あー、久々に笑った笑った」
実にご満悦のようで何よりだ。
「あたしは……16歳。誕生日は11月7日生まれだから、今年で17歳だね」
あれっ? 結構、歳なんだな。見た目的にはもう少し下にも見えるんだが。しかし、それでも私からすれば随分と若い……。軽くショックを受ける。しかし、彼女が言ったのなら、私も答えねばなるまい。今年で25歳。そう告げると「そうか……」とだけキョーコは答えたきり、何も言わなくなった。
あれ? ちょっとそれって失礼じゃない? 25歳って、そんなに歳じゃないよ?
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