第8話「大切なものばかりなんです!」
「バルバトスさま、どうします?」皿を拭きながら、アルエルが聞いてくる。
「どうするって、何がだ?」皿を洗いながら、私が聞き返す。
「キョーコちゃんのお部屋ですよ」
「部屋? どこでもいいんじゃないか?」
「バルバトスさま! ダメですよ。キョーコちゃんは女の子なんですから、もっと気を使ってあげないと。隣の部屋がオークの男の子だったり、リッチのおじいちゃんだったりしたら、嫌だと思いますよ」
そう言われても「そうなのかな?」としか思えない。まぁ、突然壁を抜けてレイスとかが現れたら、困るとは思うけど。
しかし「女の子」って言われると、ちょっと反論しずらい雰囲気もある。「そういうことに無頓着な上司は嫌われる」と、最近読んだ本にも書いてあった。ここはアルエルの言う通りなのかもしれない。
キョーコには「先にお風呂に行ってこい」と言ってあるから、その間に考えないといけないというわけか。あれ? そう言えば。
「って言うか、アルエル。お前も女の子なんだから、隣の部屋にしてやればいいじゃないか。確かあそこ空いてたろ?」
私の提案に、アルエルは「あぁ~」と苦笑いしている。なんだ、何か凄く嫌な予感がする。
「ちょっと散らかってまして」
台所仕事を終えて、アルエルの隣の部屋に行ってみると、そこはいつの間にか倉庫に成り果てていた。うず高く積まれた荷物の数々は、壁一面に及び、しかも積みきれなかった物が床にまで溢れて、もはや足の踏み場もない状態だ。いつの間にこんな惨状に……。
振り返ると、アルエルが「テヘッ」という顔をしている。「通販で色々買ってるうちに、いつの間にか」って、お前の仕業か。前言撤回。お前は女の子じゃない。私の知っている女の子は、こんなに粗雑なことはしない。
「それはバルバトスさまが、女の子に対する偏見をお持ちですからですよ」
言いたいことは分かるが、ちっとも反省の色が見えないことに少しだけイラッとする。しかし、これはどうしたものか……。別の部屋を探そうかと思ったが、元々このダンジョンにはアルエルや薄月さんを含めて数名しか女性はいない。よって女性用の部屋は、男性陣とは少し離れたこの一角に数部屋しか作ってなく、唯一残っていた空き部屋がこの有様。
ダンジョンのクルーは基本的に住み込みだ。だから、ダンジョン内にはクルー用の居住区が設けられている。それらは当然、岩盤をくり抜き作ることになる。昔は手作業で掘っていたそうだが、今は魔法や魔導器を使って簡単に行えるようにはなっている。私の魔法を使えば、岩盤に空間を作ることくらいは造作もない。
ただ、それはちょっと嫌だ。キチンと図面を起こして、正確に掘り起こしたいし、空調などの配管だってちゃんとしたい。魔導エアコンディショナーや、魔導照明などの配線なども必要だろう。あ、今度はちょっと凝って、ロフトスペースとか設けるのもいいかも。その下を収納スペースにして……。
うーむ、これはちょっと面白くなってきたぞ……って、いや待て、今考えるのはそういうことじゃない。
「とりあえず、荷物を出すか」
廊下にでも出しておいて、明日にでも粗大ごみとして片付けてしまおう。ところがアルエルは、箱のひとつに抱きつくと「ダメです!」と抵抗する。
「どれもこれも、大切なものばかりなんです! 捨てられるものなんてひとつもありません! 役に立つんです」
いや、アルエルさん? 今、箱に抱きついたせいで、顔にホコリ付いてるよ? 使ってない物ばかりじゃないの? ずっと積みっぱなしにしてたんでしょう? 断捨離って知ってる? 思い入れのある物でも、いつかはサヨナラしないといけないときが来るんだよ?
って言うか、アルエル。そもそもお前がこの部屋を勝手に私物化してたのが、問題なんでしょうが! それなら、全部アルエルの部屋に入れる? 入らない? じゃ、どうすんの? 捨てるしかないよね? そんなワガママ通らないよね?
なだめてみたり、怒ってみたりしてみたが、アルエルは頑として譲らない。目にうっすら浮かぶ涙を見ていると、なんだかこっちが悪いことをしている気がしてきた……いやいや、ちょっと待て。私は悪くないぞ。女の涙などに騙されるな。お前は魔王なんだぞ。
私の中で二人の魔王が戦っていると、アルエルがひとつの箱を指さした。
「さっきの猫耳としっぽも、あの箱にしまってあったんですよ。ほら、役に立つこともあるじゃないですか!」
正直「あーそうなんだ」程度にしか思えなかったが、当の本人はドヤ顔になっている。まぁ、これ以上あーだこーだ言っても、埒が明かないだろう。となると、選択肢は限られてくる。
とりあえず今日だけ、アルエルの部屋で一緒に寝させる。
もしくは今日だけ、男子用の空部屋で寝てもらう。
考えてみたが、この2択になるだろうと思われた。キョーコが風呂からあがったら聞いてみて、彼女のいい方を選ばせよう。アルエルにそう言うと、少し不思議そうな顔をする。
「バルバトスさまのお部屋じゃ、駄目なんですか?」
ちょっ! それはダメに決まっているでしょう? 私だって……君たちよりは歳だけど、まだまだ若い男の子なんだよ? い、いや、違う。手を出すとかそういうことをするって言っているわけじゃない。しないよ? しないしない。しないけど、でも、ほら。
「あー、いい湯だった……って、何してんの?」
ちょうどそこへ首からタオルをかけて、ほんのり湯気を上げながらキョーコがやって来た。私がどう言ったらいいのか分からなくて困っていると、アルエルが事情を説明してくれた。キョーコは「なんだ、そんなことか」と言いながら、首にかけたタオルで汗を拭う。
「あたしはどこでも平気なのに」
あ、そうなんだ。じゃ、とりあえず、男子用の部屋でもOK?
「ま、でも折角だから、バルバトスの部屋使わせてもらおうかな」
そう言ってニコッと笑う。え?
「バルバトスさまの部屋はこっちですよ~」
「おー、悪いな、アルエル」
「いえいえ~。あ、バルバトスさま、おやすみなさい」
「また明日な」
そう言い残して、二人は廊下の先へと消えていった。
って、えっ。今日、私はどこで寝たらいいの?
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