第6話「すっごい、上手いんですよ!」

 私とアルエル、そしてキョーコは『最後の審判』(この部屋の名前。私が命名した)の一角で、向き合うように座っていた。先程この女に、我が玉座『闇の依代』をふっ飛ばされたので、仕方なく地べたに座ることになった。うーむ、今度DIYで椅子のセットでも作ろうか。


「しっかし何だな。魔王って言うから、どんな面してるのかと思ってたけど、案外普通に人間っぽいんだな」


 キョーコにそう言われて、そう言えば自分が素顔を晒していることに気づく。いつもはローブを深々と被っているので、こういうことは滅多にない。よって、容姿についてあれこれと言われることもなかった。ちょっとだけ恥ずかしい。


「うるさい、余計なお世話だ」思わずそんなことを口走ってしまう。


「バルバトスさまはですねぇ。人間なのですよ」おい、こら。勝手にバラすな。


「えっ!? 魔王って言うからには、魔族とか悪魔とか、そういうんじゃないの?」

「いえいえ、魔王っていうのは種族を指しているわけではありませんから。ええっと……なんて言えばいいのかな……肩書?」

「なにそれ」

「まぁ『私は魔王だ』って言い切れば、今日から君も魔王だっ! みたいな」

「おいおい、相当いい加減だな……」


 もう止めてくれ……。アルエル、いくらなんでも、初対面のヤツにぶっちゃけすぎだろ。ちょっと黙ってろ。


「でもさ。なんでまた人間なんかに、モンスターが服従しているんだい? 確かに魔法は使えるみたいだけど」

「そうなんですよ。バルバトスさまは人間ですが、魔法の力だけはすっごいんですよ!」

「だけ?」

「いえいえ……ええと。力は……そうでもないか……。剣術も……あんまりお上手ではありません」


 お前にだけは言われたくないのだが……。


「駄目じゃん。それ、ダメダメじゃん」

「でもでも! バルバトスさまは、本当にお優しい方なんですよ。私たちモンスターの健康管理にも気を使ってくれていますし……あっ、料理はすっごく上手いんですよ! 本当に、美味しいんです! バルバトスさまの作ってくれる料理!!」

「……あんた、本当に魔王なの?」


 もう、やめてぇぇ。思わず頭を抱え込んでしまう。ジトッとしたキョーコの視線が痛い。いいだろ、料理好きの魔王がいたって! 楽しいんだよ。ストレス解消になるんだよ。喜んでもらえると嬉しいんだよ! 少しふてくされてプイッとそっぽを向く。


 しかし、人間と言えば……。


「キョーコ。お前も人間だろう?」

「そうだよ。って言うか、人間以外の何に見えるって? この美少女を捕まえて」


 自分でそう言って照れている。ある意味、こいつもバカなのかもしれない。もうこれ以上バカが増えると困るのだが……。しかし、アルエルのバカさとは少し違うようだし、まぁその辺りの評価は、今後次第と言ったところか。


 それにしても、キョーコという名前。少し気になるところがあった。その発音の名前は、この辺りの地域のものではない。と言うか、私には聞き覚えがあった。その辺りを確認したいと思ったが、先程の態度を見る限り、あまり触れて欲しくない話題なのかもしれない。


 昔ならば「部下のプライベート」というのはないに等しいものだった。しかし、最近ではそういうのは嫌われる、と聞いたことがある。ここはしばらく触れない方が賢明なようだと思った。話題を変えよう。


「それにしても、人間とは思えないほどの頑丈……強さだったと思うのだが」

「あぁ、さっきの? あれ、魔法」

「魔法? 特に魔力は感じなかったが?」

「違う違う。外に放出する系の魔法じゃなく、身体を強化する方」


 こともなげにサラッと言っているが、そんな魔法はこの辺りでは一般的ではない。もちろん、身体強化の魔法は存在する。しかし、それらは「身体の外」に対してかけられるものであり、その場合当然魔力を感知することができる。


 しかし、先程のキョーコとの戦いでは、それを感じることはなかった。ということは「身体の内側」つまり肉体自体を強化しているということになる。彼女の魔法の使い方。容姿。それに名前。私は確信した。


 彼女はこの地の人間ではない。この大陸の遥か東、極東にある小国。私にも縁のある地だが、実際に訪れたことはない。その国の出身、もしくは末裔。そんなところか。念のため忠告しておこう。


「その魔法のことは、あまりペラペラとしゃべらない方がいいぞ」


 その言葉の意味を理解したのか、キョーコはやや表情を固くして「お前が聞いてきたんだろ……」と小さく答え、押し黙る。なんだか空気が重くなった。自分が悪い……のか、これ。さっきから何だよ。なんか凄く会話がしにくい。もう一度話題を変えてみる。


「ところで、ここでのお前の処遇。他のクルーたちに『人間だ』ということを伝えてもいいのか?」

「クルー?」

「クルー、乗組員って意味で、ここのモンスターたちは『クルー』って呼ばれているんですよ。バルバトスさまが『我々はひとつの船に乗っているようなものだ。皆、家族。運命共同体なのだ』って」

「……あんた、なんか色々アレだね」


 アレってなんだよ。ちょっとバカにしているようだけど、そういうの大切なんだぞ? 名称ひとつで、意識が変わることってあるんだぞ? モンスター1匹1匹に、キチンと当事者意識を持ってもらってだな、クドクドクド……。


「はいはい、分かった分かった。よーく分かりました」


 うむ、よろしい。


「で、どうなんだろうね? あたしが人間だって言うと、その……クルー? ってのには、やっぱりよく思われない? アルエルはどう思う?」

「はぁ、そうですね。バルバトスさまは元から魔王さまだったので、私たちは何の疑問もなく服従していますけど、新しくやって来られた方はどうでしょうか……」


 確かに。うちのクルーは気のいいヤツが多いが、それでも人間に対して、一定の感情を抱いているものがいるのも確かだ。仕事として、冒険者に対して無礼を働くものはいないが、それでも仲間となるとどうなるのか。


「やっぱりそうか」少し残念そうな顔をしているのを見て、解決策を提案してみる。

「魔法で変身してみるか?」

「そんなのできるの?」

「無論だ。造作もない」


 我ながらよい提案だと思ったが、アルエルから思わぬ横やりが入った。


「あ、でも。それだと上級クルーの中には、魔法を無力化する『サイレント・リザードマン』みたいなのもいますから、ばれちゃいますよ?」


 アルエルにしては、ごもっともな意見だ。確かにクルーの中には、呪文などに頼らず常時魔法無効化の能力を持ったものがいる。ごく少数ではあるが、無視はできまい。それを聞いたキョーコは「うーん」と首を傾げる。


「そうか……。じゃ、やっぱり、時間はかかるけど、力でねじ伏せて認めさせていくしかないか」


 なんてことを言うの、この子。


「そんなの駄目駄目、絶対ダメ! それは私が許さない!」


 あんな力をあっちやこっちで振るわれたら、クルーの命が危ない。それにダンジョンも無事では済みそうにない。全力で拒否する。


「む、そう言われるとやりにくいな」止める気はないのかよ。


 アルエルが何か思いついたように「あっ!」と手を叩く。


「私、いいもの持ってますよ!」

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