第5話「契約成立だね」
目が覚めると、アルエルが心配そうに覗き込んでいるのが見えた。
「私は一体……」
「あ、バルバトスさま! 気が付かれましたかっ?」
上体を起こそうとするが、頭が割れるように痛い。視界も少しグラグラしている。
「まだ、起きちゃ駄目ですよ」
アルエルがそう言って、私の頭をそっと押し戻した。ん? 地面とは違う、少し柔らかい感触。もしかして、これ……膝枕!? アルエルがニコッと笑った。おおおお、なんだよぉぉ! ちょっ、膝枕とかしてもらったの、初めてなんだけど。
いつも側にいるはずのアルエルなのに、なんだかとてもドキドキする。しかも、なんかいい匂いもしているし……。
「あんた、何ニヤニヤしてるんだ?」
その声にハッとして、首を少しひねる。少女があぐらをかいて座っていた。いや、駄目駄目。そんなはしたないカッコしちゃ! 慌てて顔を戻した。少女はなんだか、不機嫌そうな顔をしていた。そう言えば、何があったんだっけ……。
彼女が突然、殴り込んできて。私が押さえつけられて、それを魔法で引き剥がして。アルエルが人質に捕られて、必死になって……あっ。
「どこまで覚えてるんだ?」
少女の冷たい言葉が突き刺さる。正直に言えば殺される。直感でそう感じた。
「アルエルから、お前を引き剥がした辺り」
あまり嘘はつきたくないのだが、この際そんなことは言ってられない。幸いなことに少女は「ふーん?」と疑いの目を向けつつも、とりあえずは納得したようだ。よかった。ホッとしたところで、少し頭もスッキリしてきた。ゆっくりと起き上がる。もうちょっと、このままでも良かったのだが……。
「それで、先程の話だが」
「あぁ、そうだ。あたしをここで雇えって話。結局どっちなのよ?」
どうしてこんなにも偉そうなのか。雇う雇わない以前に、主従関係をはっきりさせておく必要がある。アルエルを見ろ。私を前にこんなにも震えているじゃないか。そうだ、このようにダンジョンという場では、主従関係は恐怖に依って成り立つものでないといけない。
「それはそうと、ちょっとここ寒くない?」
少女が両手をさすってブルッと震えた。
「寒いだと?」
「寒いでしょ? ほら、ちょっとだけ息が白くなってるし」
「この部屋は魔導エアコンディショナー完備だからな」
「だからって、こんなに冷やさなくっても」
「チッチッチ。よく聞きたまえ。冒険者が万が一ここにたどり着いたとき。謎の冷気が彼らを襲うわけだ。『なんだ、ここは!?』と動揺するだろう? そういう演出も大切なのだ」
「はぁ? なにそれ?」
「それに、言うほど寒くはないだろう? 現に私は平気だし」
「あんた、それ。着込みすぎだからじゃないの?」
「むっ、魔王のローブを侮辱するか? これは先代から受け継がれた由緒正しいローブで、代々魔王は……って、こら、やめろ! やめて! 脱がすな」
人が悦に入りながら話していると、少女は私のローブを掴んで脱がせだした。1枚、2枚、3枚、4枚……。最終的に、一番下に着ていた薄手のシャツとパンツになるまで、引っ剥がされた。
「さむっ……寒いっ!!」
「ほら、だから寒いって言ったじゃないの。そこのダークエルフも、さっきから寒そうに震えているじゃない」
「なっ!? そ、そんなばかな!」
アルエルは私に対する恐怖に依って震えていたはず。しかしアルエルは「寒いですぅ」と言いながら、鼻水を流している。何ということだ……。
「かわいそうに」少女はそう言いながら、私から引っ剥がしたローブをアルエルの肩にかけてやっていた。それをくるっと体に巻き付けると「あったかいです」とニコッと笑う。「馬鹿者! それは代々魔王家に伝わる由緒正しいローブであって」と言おうとしたが「なんだか、バルバトスさまの匂いがしますぅ。いい匂い~」とローブに頬をスリスリしているのを見て「まぁ、いっか」と思う。
「それはそうとだ」ローブを一枚だけ返してもらって、羽織りながら聞く。
「少女よ。なぜ、この私に忠誠を誓いたいと欲するか?」
「いや、別にあんたに忠誠を誓いたいってわけじゃないし」
「な、なんだと!?」
「それに、私は少女じゃない。キョーコっていうちゃんとした名前があるんだ」
「キョーコ……? それはファーストネームか? ファミリネームはなんと言う?」
突然キョーコは、先程までの威勢の良さがなくなり、寂しそうな顔でうつ向いてしまう。あれ? もしかして、これ聞いちゃいけなかった? 何故か隣でアルエルがジトッとした目で私を見ている。しょうがないじゃないか。だって、事情が分からないんだし。
「あー……。キョーコよ」
「なによ?」
「それで、忠誠の話だが」なんとか話を逸らそうと努力する。
「だからぁ、忠誠を誓うとかそういうんじゃないだってば。ただ、ここで雇えって話」ちょっとだけ元気が戻ったようだ。よかった。
「しかし、ここで働くからには、私に忠誠を誓ってもらわないことには……」
「あーはいはい。じゃ、形だけってことで。『アタシハ、バルバトスサマニ、チューセイヲ、チカイマス』はい、これでいいでしょ?」
ちょっと引っかかる言い方が気になったが、どうしたものだろうか? 戦ってみて分かったが、キョーコの戦闘能力は、恐らく相当なものだろう。しかし、彼女は「経営幹部として、自分を雇え」と言っている。確かに、このダンジョンは私ひとりが経営している言ってもいい状態だ。
昨今の世情から、それが段々難しくなってきているのも事実だ。複数の経営幹部による集団的指導体制。そういうものが必要なのかもしれない。しかし、私はまだ彼女を知らない。それにあの戦闘能力だ。いずれ獅子身中の虫となる可能性もある。容易に招き入れてよいのだろうか……?
それに別の問題もある。
「あ、給料は別にいいよ。1日3食。当面はそれでいい。あとは、ここの運営が上手くいったら、出来高払いってことで」
私の中で何かが緩むのを感じた。無給。素晴らしい。使えるだけ使って、上手くいかなかったら放り出せばいいし、上手くいったとしても口約束だ。どうとでもなる。キョーコに視線を向けると、私の感情を読み取ったかのようにニヤリと笑っている。
それがちょっと怖かった。とは言え、ここで断ってまた暴れられるのも困るし。アルエルもいつの間にか懐いたみたいで「キョーコちゃん、よろしくねー」と私のローブをかけてやったりしている。いや、だからそれ由緒正しい……。
「契約成立だね」そう言って伸ばしてくる手を取った。ガッチリと握手をかわ……イテテ、痛い、痛い! 必死で堪えている私に、キョーコは満面の笑みを浮かべていた。
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