第4話「部下を……見捨てるわけにはいかない!」

「バ、バルバトスさまぁ……」


 アルエルが苦しそうに顔を歪めながら、私に助けを求めるかのように腕を伸ばしている。少女は腕でアルエルの首を締め付けながら「さぁ、答えを聞こうか」と私に迫ってくる。


「ちょ、ちょっと待って!」


 言ってすぐ「あ、違う」と思った。そこは「むぅ、卑怯者め」とか「我に脅しは効かぬ」とか、そういうことを言うべきじゃなかったのか。思わぬ部下の危機に、気が動転しているようだった。それに、そもそも……。


「なんだい?」

「いや、先程から『気が変わるかな?』とか『答えを聞こうか?』とか言っているが、一体何のことだ?」今度はちゃんと言えた。

「……えっ?」少女の顔が少し引きつる。

「恐らく何か要求があるのだろうが、そもそも我は何も聞いてはおらぬ」威厳が戻ってきた。

「あれ……ええっ!? 言ってなかった?」

「あぁ」


 少女の顔が真っ赤に染まった。余程恥ずかしかったらしい。なんだ可愛いとこあるじゃないか。


「ごほん! じゃ、改めて。あたしの要求は『このダンジョンの運営にあたしを加えること』それだけ!」


 彼女の言葉に、私はハッと息を呑んだ。


「ダンジョン運営に貴様を加える……だと?」

「そう」

「モンスターなら間に合っているのだが?」

「モンスターじゃない! 経営幹部として加えるってことだ!」


 古来よりダンジョンは優れた魔王によって運営されてきた。魔王の力がダンジョンの力。そういう時代は長く続いた。しかし、ダンジョンが「生死を賭けた冒険の場所」から「冒険者にワクワクドキドキを与えるエンターテイメント施設」になって、早数年。


 最近のダンジョンは、いかにたくさんの冒険者を誘致できるかで、知恵と工夫、そして資金をもって競い合っている。


 そうした中で、ダンジョン運営も「魔王ひとりの力」から「集団での経営」へと変わってきている。先程話題に出ていた『End of the World』などは、その最たる例だろう。海外から進出してきた外資系ダンジョンは、資金力に物を言わせ、冒険者を魅了する設備、施設を大量に導入してきているし、それを計画実行する運営も、優れた経営陣によって管理されている。


 むろん、国内のダンジョンも指をくわえて黙って見ているわけではない。中には、創意工夫で独自色を出して対抗しているものもある。しかし、年々国内のダンジョンが駆逐されていっているのも事実だ。特に、立地の悪い地方のダンジョンなどは、廃墟と化しているものも多い。


 そういうものこそ本当のダンジョンでは? と私は思うのだが、最近の冒険者には受けが悪い。今どきは「そこそこ危険で」「そこそこの難易度で」「かなり楽しい」そういったダンジョンが求められているのだ。


 私の場合はまだ恵まれている。立地的に王都から近い位置にあるこの『鮮血のダンジョン』を、10年前ほどに先代から受け継いだ。さっきの冒険者のように「つまんねー」と文句を言う者も多いが、冒険者のタマゴなどにはまだまだ好評で「地元のダンジョン」として認知されている。


 そのお陰で、なんとかやってきていた。しかし、それでも最近の台所事情は厳しいと言わざるを得ない。なんとか部下のモンスターたちを食わせるくらいにはやっていけている、という程度だ。新しい設備を整えることも、新しいモンスターを雇うことも、資金的には難しい。


 しかも、最近新たな外資系ダンジョンが、この近隣の土地を買い漁っているという情報もある。『EoW』は王都から離れているため、直接の競合にはなりにくいが、その噂が本当ならば、我がダンジョン存続の危機と言ってもいい。


 私は改めて少女を見た。彼女は「経営幹部として」と言っていた。確かに、このダンジョンは、実質私ひとりが経営を見ていると言っていいだろう。アルエルもいるが……まぁ、それはそれだ。


 しかしそれなら、もっと大きな、将来性のあるダンジョンに行ったほうが良いのではないか? 自分で言うのは悔しいが、こんな小さくチマチマとやっているダンジョンに来たところでどうなると言うのだ?


 そ・れ・に・だ!


 私はそこまでお人好しじゃない。さっき蹴られたのも、腕を潰されそうになったのも、首を締め上げられたことも忘れたりはしない。それに、扉もぶっ壊されたし。


 こんな傍若無人なやつを、我がダンジョンに加えることなどできぬ。脅せば何でも言うことを聞くと思うなよっ!


 ただ、アルエルはどうやらもう限界のようだ。顔が真っ青になって、さっきからピクリとも動かなくなっている。私は猛然と少女へと駆け寄った。


「うおぉぉぉ」


 なんだか魔王らしくない雄叫びを上げながら、少女へと突進していく。


「ちょ、ちょっと待って!」


 それは私がさっき言ったセリフだ。でも待ってやらない。アルエルがもう限界なのだ。少女へ再び右の拳を叩きつける。が、やはり手で受け止められた。しかし、今度はさっきとは違う。少女のもう一方の腕は、アルエルの首を締め上げている。


 すかさず、左の拳をフック気味に放った。少女のこめかみ部分を狙う。流石にこれは止められまい! 


 と確信したのだが、なんと少女は首をひょいっと曲げ、おでこでそれを受ける。無駄だ、どこだろうが、この距離からの一撃。無事ではすま……。


 ……って、痛ぇぇ! 石頭かよっ!!


 彼女の眉間にヒットはしたものの、むしろ私の拳の方が痛い。しかも少女は不敵に笑っている。怖い、なんだ、凄く怖い! 一瞬怯みそうになる。こんな人間がいるのだろうか? いくら攻撃しても、倒せる気がしない。逃げ出したい!


 いや、しかし。視界にアルエルの顔が入ってくる。すでに白目を剥いて、口からはよだれがだらしなく垂れている……が、それでも私の部下には変わりない。ここで逃げるわけにはいかないのだ!


「いい加減諦めな」

「いや、そうはいかぬ」

「強情だね」

「部下を……見捨てるわけにはいかない!」


 その言葉を聞いた少女が驚いたような顔をした。同時にアルエルを掴んでいた手が緩んだ。チャンス! 少女を羽交い締めにして、そのままアルエルから引き剥がす。そして、そのまま、再び雄叫びを上げながら押す。が、倒れない。構わず全力、全体重をかける。


「おぉぉぉりゃぁ!!」


 もはや、魔王らしさの欠片も残っていないのは承知の上だ。余裕などない。全力でいかなければ、こいつには対抗できない。とりあえず、アルエルから遠ざけなければ。それだけを考えていた。


 少女も必死で耐えていたが、1歩2歩と後退していっている。いいぞ、この調子だ! 3歩、4歩と後退したときだった。「あっ」という声が聞こえ、体がグラっと傾く。足下を見ると、少女が床に敷き詰めてあった、岩盤柄のタイルの一部に足を引っ掛けたらしい。そのまま倒れていく。


 鈍い音がして、少女が倒れ込み、その上に私も覆いかぶさるように倒れた。衝撃に身構えたが、思わぬほどポヨンとした感触。ん? なんだ、すごく柔らかい……。


 そっと目を開けると、目の前には少女の胸の谷間が。


「へ、変態っ!!」


 その言葉の直後、私は気を失った。

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