第3話「彼女を血祭りにあげれば、気が変わるかな?」

 壁に叩きつけられた私は、一瞬悲鳴を上げそうになるが、それだけは駄目だと必死で堪える。それにしても、くそっ、呪文の詠唱が完了する前に攻撃するとか、マナー違反だろ!? 


 倒れたまま顔を上げると、少女が私に馬乗りになっていた。


「急所は外してやったとは言え、あの一撃で気も失わないか。流石は魔王、と言ったところか」


 いや、みぞおちは十分急所だと思うのだが……。しかし、この体勢はまずい。女に手を上げるのは私のポリシーに反するのだが……。右の拳を少女の顔面めがけ繰り出す。が、それが頬にヒットする寸前で、彼女の手によって阻まれた。


 腕を引こうとするが、彼女に握られた拳はピクリとも動か……っていうか、痛っ、痛いっ! そんなに強く握らないで!!


 表情に出さまいとするが、あまりの痛さに顔が引きつってしまっていたらしい。少女はニヤリと笑うと「離して欲しいか?」と私の耳元で囁いた。思わず「うん」とうなずいてしまいそうになるのを必死で堪える。


 視界の隅では、アルエルが心配そうに「バルバトスさまぁ……」と涙目になっていた。と言うか、助けろ。見てないで助けて! と思ったものの、よく考えたら、アルエルの戦闘力は、ほとんど0に近い。


 何度も稽古をつけてやったのだが、剣術、槍術、弓術、どれをとっても、一向に上達する気配がない。先日も練習相手のスケルトンに「とやー」と剣を振るったものの空振りし、ひとりでクルクル回った挙げ句に転倒。オークたちにゲラゲラ笑われていた。


 魔法についても、魔力はあるはずなのに、いつまでたっても呪文を覚えられないらしく、長い詠唱はもちろん、短い呪文でも教えた数分後には「あ、あれ……? なんだったっけ?」とか言い出す始末だ。


 なんで、こいつ雇ったんだっけな……。


 それはそうと、少女は私の拳を離そうとはしない。一層力を込めてきている。このままでは、まるでリンゴみたいにクチャっと……。考えただけでもゾッとする。どうしよう、ここは素直に「離して下さい」とお願いすべきだろうか? いやいやいや、その選択肢は駄目だ!


 少女は私が答えないのを見て「ほぉ」と感嘆するような表情になった。「なかなか頑張るね。でも、これはどうだ」もう一方の手が私の首を掴む。そしてそのまま締め上げてきた。みぞおちを蹴られても、拳を潰されそうになっても、何とか耐えた私でも、これはキツい。思わず「ゴフュッ!」と声にならない声が漏れてしまう。


「さぁ、止めて欲しいか?」


 流石にこれは無理。呼吸できない。死んじゃう! 止めて! 


 ところがそう言いたいのだが、なにせ首を締め上げられているので、首を動かすことも、声を出すこともできない。少女は「早く答えな」と急かしているが、この状況見て分からない? 首、離してくれないと、答えられないよ? て言うか死んじゃうよ? と必死で目で合図を送った。少し意識も朦朧としてくる。


 そこでやっと少女も「あぁ」と気づいたらしく、少しだけ首を掴んでいた手を緩めた。ヒューヒューと自分の呼吸音が聞こえてきた。あぁ死ぬかと思った。改めて酸素のありがたみを感じた。血液が脳に巡っていくのも感じ、意識もはっきりしてきた。


 少女は力を緩めたものの、首からは手を離さない。だが、馬鹿め。それが命取りとなるのだ。


 呪文には長い詠唱が必要なものと、ほとんど無詠唱で実行できるものがある。無詠唱魔法は、即発現できる代わりに威力は弱い。しかも、詠唱に依らず魔法を発現させるため、高度な魔術知識と、かなりの魔力と集中力が必要となる。よって、普段はあまり使われることがない。


 しかし、今の状況なら、最も適していると言える。この態勢を覆すことくらいは造作もないだろう。


 思えば馬乗りになられたときに、さっさとこうしていれば良かったのだ。私はスゥと呼吸を整えると、掴まれていない方の手を少女の目の前にかざし『爆発系』の魔法を放った。少女の命を奪うことはできないだろうが、多少怪我は負ってしまうやもしれぬ。しかし、それも自業自得というものだ。


 しかし、魔法が発動した瞬間、少女の姿は私の視界から消えた。どういうことだ!? 慌てて半身を起こすと、数メートル先に少女が立ってた。「へぇ、無詠唱での魔法ね」と、こともなげに言っている。まさか、一瞬で察知して回避したというのか。


 ますますこれは、厄介なことになったと感じた。戦闘能力といい、魔法を感知する能力といい、ただの少女ではない。かと言って、正式なルートを経ず、直接ここへやって来たことを考えると「冒険者」というわけでもなさそうだ。


 何が望みなのか……。


「やっぱり、こんな辺鄙なダンジョンとは言え、魔王を屈服させるのは難しいか」


 私が考え込んでいると、少女はそんなことを言い出した。もうちょっとで屈服してしまいそうになったのがバレてなくてよかったと思う。「それならば」と少女の視線が動く。その先にはアルエルが。


「あっ」と言う間もなく、少女はアルエルの背後に移動。彼女の首に腕を回し締め上げた。苦しそうにしているアルエルに構わず、少女は再び不敵に笑った。


「彼女を血祭りにあげれば、気が変わるかな?」

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