第65話友達……いますよね?
刀身が鈍い輝きを放つ。
徐々に眩くなる両刃の剣を体の中段に構え、地を蹴りだす。同時に、ハルトから数メートル距離を取っていたユキオも大きな図体とは思えないほど軽やかに駆けた。
後方ではマナツとモミジが魔法を詠唱している。もちろん、振り向いて確認するわけにはいかないが、とりわけ問題が発生する心配はなさそうだ。
ハルトは今一度、眼前のハーピィーの動きを凝視した。微塵の動きも見逃さない。
ハーピィーの右腕兼右翼が若干、上に持ち上がる。その動きを見た瞬間には既にハルトは剣を後ろに引き、前方方向へスライディング。
一拍置いて頭上を透明な刃が通りすぎ、髪を数本切り裂いた。
ハーピィーはすかさず左翼を下向きに振り切った。
スライディングの威力を消すことなく、十分に輝きを放つ剣を勢いよく振り上げる。空を切る感触が最初に訪れ、顔面の高さで透明な何かと剣がぶつかり合い、激しい金属音が鳴り響く。
手にビリビリと振動が伝わるが、体は既に半自動的に次の動作へと移っていた。頭上高く振り上げられた剣が、一瞬時が止まったようにピタッと静止。次の瞬間には目にも止まらぬ速さで振り下ろされた。
高さ三メートルはある巨大な銀朱の衝撃波が発生し、地を抉りながらハーピィーに向かってまるで飢えた獣のごとく襲いかかる。
ハーピィーは両翼を羽ばたかせ、宙に逃れようとする。しかし、そこにユキオの斬るというよりは殴るような連撃が叩き込まれる。天色に輝くそのスキルはまるで流星ようだ。
右翼に降り注がれた流星により、ハーピィーは地に叩き落された。
そして、飢えた獣が墜落した鳥に襲いかかる。衝撃波がハーピィーに触れた瞬間、目を開けていられないほどの一閃と爆発音。
「魔法行くよ! 3、2、1――!」
確かな手応えと共に、幾度となく聞いてきた個性的な後方からの知らせが耳に届く。
土煙でぼんやりと浮かび上がる残像に向かって、無数の氷結の矢が降り注ぎ、またしても鋭く輝きを放つと巨大な氷柱にハーピィーを閉じ込める。
ハルトの横をふよふよと光球が通り過ぎた。めまぐるしい戦況の中で、明らかに温かみを感じるし、何よりもゆっくりとした独特のテンポに腰を折られる。
たっぷりと時間をかけて、光球が氷柱に触れる。刹那、パンッという破裂音。
一瞬、時が止まる。誰もピクリとも動かない。ハルトが息を吸い込んだ瞬間、地面から巨大な光剣が飛び出し、氷柱を貫いた。
時が動き出し、いまだに閃々と眩い光剣に貫かれる獲物の息が完全に止まっていることを確信すると、深く息をついた。
座り込みたい思いをグッと抑え、振り返る。どうやら、負傷者は出なかったようだ。三人ともピンピンしている。そして、三人のさらに後方。ディザスターの外で一連の様子を眺めていたシェリーとリリーも特に被害は及んでなさそうだ。
「よし、依頼完了! 帰るぞー!」
最後にもう一度、周囲を見渡して脅威がないことを確認し、剣を腰に吊るした鞘に収める。
「終わった、終わったー! この解放感が堪らないー!」
「慢心はよくない……と思う」
「久しぶりのBランクだったから、ちょっと緊張したね」
ハルトは三人に帰りの荷支度を任せ、一足先にシェリーとリリーの元へと向かう。二人は目をキラキラと輝かせて、今にもディザスターに足を踏み入れてしまいそうな勢いだ。
手でどうどうと動物をなだめるような仕草をとる。
「二人とも、怪我はなかったか?」
「大丈夫です!」
「はいなのです!」
さて、どうして二人がハルトたちのクエストに同行しているのかと言うと、端的に言えば実際の連携などを見て、学ばせるためである。
リリーに関しては、ソーサルを出発する時に偶然――ではないのだが、出会い、強く同行したいと言って来たので、仕方なくシェリーの護衛という名目で連れて来た。正直、リリーのパーティーメンバーにバレたら、何を言われるのかわかったもんじゃないので結構ヒヤヒヤである。
「ちょっとは参考になったか?」
「はいはい! ハルトさんがとても! それはそれはとっっっってもカッコよかったです!」
「リリーは少し黙ってなさい」
「あう。了解なのです」
全然反省をしている気配のないリリーに小さいため息をつき、シェリーを一瞥する。
「は、はい! 初めてみなさんのパーティーの様子を見ましたが、とてもすごかったです! でも……」
「ん? でも……?」
「私もこれからこんな風に、他の勇者の方とパーティーを組んで戦うと思ったら、出来るのかなって思って……」
「なんだ、そんな心配か。大丈夫だよ。ちゃんと事前に話し合って役割を決めておけば、ある程度はそれに乗っ取って動くわけだし。もちろん、イレギュラーも多々あるけど」
確かにシェリーは今まで、一人もしくはハルトと二人で魔物と対峙していたため、パーティーでの動きというのはピンと来ないのかもしれない。残された短い時間の中で、四人での動き方の練習もする必要がありそうだ。
「そうですよシェリー! リリーも最初は不安でしたけど、案外なんとかなるものです!」
「リリーちゃん……そういうものかなぁ」
「そういうものなのです!」
駆け出しの冒険者が何を言ってるんだ、と先輩面するリリーを見て口角を少しあげた。もちろん、微笑ましいという意味でだ。
「同じ魔剣士として、リリーもシェリーに色々教えてあげるのです」
「ほんと!? ありがとう、リリーちゃん!」
やはり、歳が近い彼女たちは良き仲になってくれそうだ。ハルトはシェリーの友達にはなれない。もちろん、マナツもユキオもモミジもである。
知らない土地で生活するのに、心おきなく語り合える友達の一人や二人は必要だろう。
そこまで考えて、ふと自分の親友はどこにいるのだろうと思った。元パーティーメンバーであり、心通わせる親友たちは今、どこで何をしているのだろう。
魔軍侵略以降、彼らの姿は見ていない。ライズ曰く、イルコスタに長期クエストで出向いているらしい。何をしているのかはわからないが、無事を祈ることにしよう。
「ハルトさん? どうかしましたか?」
気がつくとシェリーが不思議そうに見上げていた。
「いや、なんでもない。友達っていいなって」
「あっ、もしかしてハルトさん友達いないんですか? リリーはお嫁さん希望なので、友達にはなれないですけど、大丈夫ですよ。友達いなくても、なんとかなりますから!」
「あの……私もハルトさんは友達っていうよりは、その……お兄ちゃん、みたいなイメージなので」
「おい、俺にだって友達くらいいるわ。憐れむな」
そうだ。別に数は多くないけどいるのだ。……うん、少ないけど。
テトラたちに次いで浮かんでくる顔ぶれがないが、まぁ大丈夫だ。
不意にスミノの顔が浮かんだが、あれは友達ではない。断じて違う。
「おーい! 三人とも帰るよー!」
マナツが馬車の側で大きく手を振っている。
その日の夜は、なぜか色々と考えさせられることになった。
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