第66話小悪魔ですね?
最近、取られている気がする。何がとは言わないですけどね。取られているんですよ。確実に。
いや、別に誰のものでもないんだけど、それでもやっぱり歯がゆい気持ちがあるんです。
「モミジさん、どうかしましたか?」
隣を歩くシェリーがふと、声をかけてきた。吸い込まれるような大きな瞳で見つめてくる。
うん。可愛い。
「なんでもないよ、シェリーちゃん。早く買い物済ませちゃお」
モミジはシェリーに微笑み、向き直る。
相変わらず、この街は人が多い。魔軍侵略があったとはいえ、街を離れていく人はほとんどいない。むしろ、周りの村々から街に移住して来る人たちもいて、前よりも人口が増加したように思える。
ごった返す中央広場をシェリーの手を引いて潜り歩く。ただでさえ人の多いところでは神経をすり減らすのに、さらに今はシェリーも一緒である。常に周囲に注意を振りまいておかなければいけない。彼女はこうしている今も、もしかしたら誰かに狙われているかもしれないのだから。
本当はシェリーを夕飯の食材の買い出しという野暮用に付き合わせるのはよくないことだろう。でも、彼女を縛ることもまた、別の意味で良いことではない。
ここにハルト君がいてくれたら完璧なんですけどね。
「あの、」
「ん? どうしたの?」
シェリーがやけに真剣な面持ちで見上げてくる。
「モミジさんはハルトさんのどこが好きなんですか?」
思わず何もないところでつまづいた。そのまま数歩、よろけながら進み出た。
「な、ななななななっ! 何を言ってるの!? シェリーちゃん!?」
湯気が出ているのではないかと思うほど顔が火照った。声を大にして反応してしまったため、周囲の人がこちらを見て、さらに赤面。
あぁ、恥ずかしい。
シェリーはモミジがとっさに手放した食材の入った茶袋を器用にキャッチして、ニコッと笑った。モミジにはその笑顔がまるで小悪魔に見えた。
年下の子にいいようにからかわれた気がして、心が少しだけトホホと涙を流す。
「いや、モミジさんいつもハルトさんを見ているじゃないですか。それでやっぱり好きなのかなぁって」
「み、見てない……と思う。いや、見てません」
「それで、ユキオさんにそれとなく聞いてみたんですよ。モミジさんって好きな人とかいますよね? って」
「ユキオ君……何してくれてるの……」
「あ、この話には続きがあって、ユキオさんにはどうだろうね〜とか言って濁されたんです。それで、次にマナツさんに聞いてみたら、あーモミジはハルトのことがめちゃくちゃ好きだからね〜って」
「マナツ、あなたって人はいつも……はぁ……」
もう認めましょう。そうですよ。私はハルト君が好きですよ。わかっています。前に恋じゃないとか言いましたけど、恋です。バチバチに恋です当たり前じゃないですか。
恋だと気が付いたのは、実は最近のことだ。リリーと出会い、彼女に触発され、モミジはハルトのことが好きだとようやく気が付いた。
しかし、恋だと気が付いたとしても何が起こるわけでもなく、特に意識することもなかった。
「それで、話戻しますけど、ハルトさんのどこが好きなんですか?」
「いや、どこが好きって言われても……。わからない……です」
なぜかシェリーに対しても敬語になってしまった。
「うーん。ハルトさんって意外にモテるじゃないですか。確かに顔はとりわけイケメンってわけじゃないですけど、身を呈して私を守ってくれた時はかっこいいと思いましたね。リリーちゃんもそのパターンで好きになったらしいんですけど」
……当たりです、と口に出すのは憚られた。
しかし、実際に当たっていることは確かだ。デッドリーパーとの戦闘で、ハルトに助けられてモミジは恋に堕ちた……と思う。
ふと、今思ったことがある。
ハルト君……体張りすぎじゃない? 何回、同じパターンで死にかけて、誰かを助けているの……。
たぶん、自分ではとっさに身を呈して誰かを助けることなんて出来ない。怖くて、足がすくんで動けなくて見ているだけになってしまうと思う。だからこそ、ためらいもなく動き出せる彼に惚れてしまったのだろう。
「えっと、シェリーちゃんはハルト君のことが好きなの?」
「異性として好きなわけではないですよ。人としては大好きです。完全にお兄ちゃんって感じです。私、お兄ちゃんとかいなくて、向こうの世界では一人っ子だったので、すごい憧れでした!」
なるほど、そういう好きもあるのか。
好きって難しい。いろんな好きがある。そう考えると、ハルト君に抱くこの好きも、別に特別なことじゃないのかもしれない。
「それで、リリーちゃんは好きって伝えていますけど、モミジさんは好きだと伝えないのですか?」
「いや! いやいやいや! 無理でしょ! 無理! 無理……です」
シェリーはもう少し、お淑やかというかおとなしい子な気がしたが、今は子供特有のズケズケさと女性特有の恋愛野心が混ざり合わさって、まるで本当に小悪魔みたいだ。
そもそも、この性格で告白などできるわけもない。それに迷惑に決まっている。
容姿にも性格にも自信はない。むしろ、コンプレックスだらけだ。
「それに、ハルト君には好きな人がいてね。あの、たぶんだけどハルト君が昔いたパーティーの女性だと思うんだけど」
シェリーは少しだけ腕を組んで唸った。
「マナツさんに聞いていた話と少し違います……けどこれは流石にモミジさんには言えないですね。あの、モミジさん、ハルトさんが好きな相手はその元パーティーメンバーの方じゃないですよ」
「……え?」
違うの? そうなの? だって、大人しくて、ハルト君をしっかり見ている人でしょ? すごい当てはまっていると思うんだけどな……。
しかし、ハルト君の好きな人がアカメさんじゃないとしても、他にいると言う事実には少しだけショックだ。
ここまで考えて、少しだけ疑問が湧いた。シェリーはなぜハルト君の好きな人を知っているのだろうか。マナツに聞いたとして、じゃあマナツはなぜハルト君の好きな人を特定できているのだろう。
「仕方ないですね。ハルトさんにもモミジさんにもお世話になっているので、ここは私が一肌脱がせてもらいます」
「……はい?」
「そういうことなので、今夜二十三時の鐘が鳴る時に部屋でお洒落でもして待機していてください」
そう言い残して、シェリーは駆け出した。気がつくと、家に着いていた。ここまで歩いてきた記憶がほとんど無い。
嫌な予感しかしない……。
「……めんどくさいなぁ」
これはただの戯言だ。特にめんどくさいことなど無いのに、なんとなく言ってしまう彼の口癖。
いつの間にか、癖が感染ってしまったようだ。
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