第63話ずるいですよね?

 ハルトは沈黙を貫いた。隣に腰を下ろす彼もまた、口を閉ざしたままである。青みがかった紺色の髪の彼は、真っ直ぐに応接室からの街並みを眺めていた。


 ギルドの応接室で、ライズと共に今回の事件をギルドマスターに報告した後、ハルトはすぐには立つことができなかった。

 魔力欠乏による身体症状はほぼ完治している。しかし、襲撃を受けてから二日。心的外傷の回復にはもう少しだけかかりそうだ。


 罪悪感と劣等感。そして、不甲斐なさ。

 

 今回の件は、ハルトの監督不届きのせいだ。実際にはハルトたちパーティーということになるが、やはり責任の末を負うべくはパーティーリーダーのハルトだろう。


 被害という被害はなかったものの、後少しでも何かの歯車が狂っていたなら、今よりもっと大きな後悔を背負っていたに違いない。


 最近、思うことがある。自分はリーダーとしての責任を果たせているのだろうか。何が正解なのかわからないこの世界で、仲間の命を預かるだけの実力があるのかと言われれば、当然だが胸を張ってあるとは言えない。


「……後悔しているのだろう」


 不意に隣の彼が言葉を発した。低くて、それでいて透き通った響く声。

 ハルトは答えを口にしないままに横を見た。 


 鎧を纏っていない彼は随分と細い。それでいて、薄い衣服の外からでも引き締まった筋肉が見てとれる。顔立ちは男のハルトから見ても一言でカッコいいと言えるだろう。常に凛としている、という表現で間違っていないと思う。彼は以前、自分は怠惰な人間だ、と言っていたが、表向きの表情にそれは見て取れない。街を歩くと女性が歓喜の悲鳴をあげるのも納得だ。


「自分は正しい選択をしているのか。リーダーとしてふさわしくないのではないか。そして、この先どうすればいいのか」


 彼は続けて言いのけた。全て、ハルトが今心の内で秘めている苦難である。的確に言い当てられ、思わず喉を鳴らした。

 

「…………俺は、ライズさんみたいにはなれないと思います」


 ライズが一瞬、横目でハルトを見た。

 まるで何を考えているのかわからない瞳に、全てを見透かされているような気分を味わう。


「別に俺になる必要はない。俺はお前にないものを持っているし、お前が持っているものを持っていない。胸を張れとは言わない。ただ、自分の行いを悲観するな。それは、お前を信じてついてくる者への冒涜だ。そいつらの判断すら間違っていると肯定するようなものだからな」


「でも、俺の過ちで仲間が危険に晒されるのであれば、冒涜でもなんでもいいです。とにかく、もっと安全な選択の出来る人の元につくべきだと思います……。命あってなんぼじゃないですか……」


「安全が、安寧が正しいことだとは思わない。確かに命あっての人生だが、時には今回のような経験も必要だ。経験は、人の生を輝かせる。さしずめ、スパイスみたいなもんだ。あの少女は自分でそれに気づいたみたいだったがな……。今回、あの少女と一緒にいたのがお前じゃなければ、結果が良くなったと誰が断言できる」


「…………」


 わかっている。ライズの言っていることは何一つとして間違っていない。それでも――


「それでも、彼女に合わせる顔がない。そう考えているんだろう」


 またしても完璧に言い当てられ、ハルトは言葉を失った。どうして彼はこんなにもズバズバと言い当てるのだろうか。


「それは、俺にもそうであった時期があるからだ」


「……あの、心を読む魔法とかスキルって、この世にありますかね?」


「あるかもしれないが、少なくとも俺はそんな魔法もスキルも持っていない」


 しばしの沈黙。もはやライズは、ハルトのどんなネガティブな発言も跳ね返すであろう。しかしそれは、裏を返せばハルトの考えが浅はかであるということだ。


 それでも、ハルトは一つだけライズの答えが聞きたい。質問ではなく、あえて自分を貶めて発言する。


「俺たちの、ずるくないですか? あの力がなければ、ただの魔剣士で、ライズさんには実力も考えも何一つとして足元にも及ばないのに。別に自慢とか嫌味ではないですけど、あの力があればライズさんたちとも、勇者たちとも対等に戦えると思います。でも、あの力は自分自身が持つ能力でも、実力でも努力でもなんでもない。これって、ずるいですよね?」


 きっと、今のハルトはとても惨めだ。それでも、どうしても答えが聞きたい。冒険者の先輩として、そして憧れでもある存在の彼に。


 ライズは考えるそぶりすら見せずに立ち上がった。壁際に立てかけられた剣を腰に吊るす。


「――ずるいではない」


「えっ……?」


「ずるいというのは、悪いことで利益を得るということだ。お前の力は悪いものではない」


 ライズはハルトに目もくれずに、鋭い光沢を放つ鎧を身に着ける。先ほどまで細身でこれと言った気配を醸し出していなかった彼が、鎧を身にまとった瞬間、息を呑むような覇気を発する。


「お前らを避難するような下賎な連中と一緒にするな。奴らは口先だけだ。言ってしまえば、今のお前のようにその力をずるいと感じている奴らだ。別に俺は、お前らをずるいとは思っていない。理不尽だとか、羨ましいとは思うけどな。お前は言葉の使い方を間違えている。ずるいではなく、運が良いだ」


「それって…………」


「俺だって自分のことは運が良いと思っている。優秀な仲間が周りにいて、死にかけた時にはよくわからんを持った奴らに助けてもらったんだからな。これはお前の言う所のずるいってやつではないのか? 冒険者は運が良すぎるくらいがちょうどいい」


 鎧を余すことなく身につけ、ライズは応接室の扉に手をかけた。重たい扉が重厚な音を立てる。


「早くあの少女と向き合うんだな。今朝、目にした彼女は今のお前よりも強そうだった。教育者として、うつむきながら言葉は交わすなよ。真似するぞ」


 ほぼ一人語りになるライズは、最後にこう言って去っていった。


「今こうして個人的にアドバイスをするのはずるいことだな」

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