第62話バケモノ?
結果から言えば、ほんの少しだけ遅かった。
ソーサルに着き、ハルトたちに忠告を入れようと彼らの住まいへと向かう途中、街では滅多に感じない魔力が肌をチクっと刺激した。
相当な手練れではないと感じ取れない魔力の流れを、ライズはその身を持ってしっかりと感じ取った。
「これ……」
後ろからコマチのつぶやきが聞こえて来た。
「あぁ……。なんかやばい臭いがぷんぷんしてるぜ」と続けてヤヒロ。
魔力の位置はさほど離れていない。とはいえ、やはり正確な位置までは把握できないため、探すとすれば時間がかかるだろう。
騒ぎが起きていないことから、魔物の出現や大通りでのいざこざというわけではなさそうだ。
嫌な予感がする。
「イアン、」
「分かりました。魔力の位置を辿ります。はい」
イアンは目をつぶり、ブツブツと呟く。魔法の詠唱であるのだが、彼の魔法は独学でアレンジを効かせているため、何の魔法かはわからない。
「先輩たち、何やってるんですか?」
アビトが不思議そうに首を傾げる。
「おーおー。これっぽちの魔力も感じ取れねーなら、俺様を殺すことはまだまだ出来なそうだなぁ」
ヤヒロがカッカッカと笑う。
「魔力の漏れを感じてね。街の中で誰かが魔法を発動したってことさね」
コマチが律儀にアビトに説明した。
「なるほど。確かに僕にはまだわかりませんね」
「まあ精々集中して、カケラでも魔力を感じられるようになるこったな、後輩よ」
イアンは詠唱を行いながら、宙に指で何かを描くような仕草をとる。八の字を描いたようにも見えたが、どうやら三角を二つ、対立するように描いたようだ。イアンの指が一瞬、まばゆい光を立てると目の前に半透明の蝶が現れた。
蝶は少しゆらゆらと漂うと、まるで花の蜜を見つけたかのように迷いなく宙を滑った。
「おっ、召喚魔法ですか? お揃いじゃないですか、イアン先輩」
「いえ、これは召喚魔法ではないです。すみません。魔力感知の魔法と、傀儡魔法を組み合わせたものです。はい」
イアンはアビトに対してもへこへことして、離れすぎた蝶を慌てて追いかける。
イアンの後をついていくと、次第に魔力の濃さが増して来た。明らかに誰かが魔法を発動している状態だ。
突然、先行する蝶の動きがピタッと止まった。
「どーしたんだ? 魔法が切れちまったか?」
「いいえ、これは……たぶん結界系の魔法でしょう。外からでは、正確な位置の確認は難しいですね。しかも、ここは入り組んでますし」
結界魔法を街中で使用するとなると、いよいよ本格的に黒い何かが起きていると考えるべきだろう。
「場所がわかんねーんじゃ、しょうがねぇなぁ。ギルドにでも報告しときゃいいだろ」
ライズは少しだけ、俯いて考えた。
確かに最善手とすれば、ギルドに向かい現状を報告して調査してもらうことだろう。しかし、おそらくそれでは間に合わない。イアンに時間をかけさせれば、おそらく結界の場所を探知できるはずだ。あとは、間に合うかどうか……。
「イアン、結界の位置を探ってく――」
ズガガガガガガガガガ――――――ッッッッン!
激しい地響きと爆音が、前方の道を一本曲がった先から聞こえてきた。
思わず腰にぶら下げた剣の柄に手が伸びる。
爆音と地響きに遅れて、ひんやりとした空気が漂って来た。
ライズは無言で右手を横に広げ、手振りだけで見てくると仲間たちに告げる。
四人は無言で頷くと、その場で静止したまま各々武器に手をかける。
ライズは極力足音を立てずに曲がり角まで向かい、そっと音のした曲がり角の方を覗き込む。
まず目に飛び込んで来たものは、壁を大きくえぐってなおもゆっくりと回転し続ける巨大な氷塊。直径五メートルはありそうだ。とにかく馬鹿みたいにでかい。人が世人は並んで通れる通路が完全に氷塊によってふさがっていた。
回転する向きから察するに、正面から飛んで来たのではなく、T字路の向こう先からということになる。
皆を呼ぼうと、後方を振り返ろうとした瞬間、氷塊と地面の接着点から赤い液体が流れ出す。体の毛が一瞬で逆立つのを感じた。
ライズは振り返らずに手を後ろから前へ振りかぶり、すぐさま駆け出した。もちろん、音は最小限立てないようにして、だ。
剣を引き抜き、大きな盾を体の前に構えながらスキルを使用した。
「――
剣の刀身が光り輝く。ライズは勢いを殺すことなく、剣を地面と氷塊の接着点へと突きつけた。石畳の地面にスッと剣が滑り込む感覚が伝わってくる。一拍遅れて、地面より龍脈が漏れ出し、地面もろとも氷塊が粉々に砕け散る。
流石に氷塊をまるごと破壊するまでには至らなかった。しかし、人が通り抜けられるくらいの大穴を開けることに成功した。
「――ライズッ!」
後方からヤヒロの声が聞こえてくる。どうやら、ただならぬ気配を感じ取ったのだろう。
後方には目を向けずにT字路を勢いよく曲がった。
視界に映り込むは、二人の人間。一人は地面に伏し、もう一人は両手を前に突き出し、顔をうつ向けて肩で息をしている。
見た所、少女のようだ。後方で倒れている人物は……。
「――ッ! ハルト!」
次の言葉を発する前に、声が詰まった。そして、感じ取った確かな殺気。ライズは息をのみ、身構えた。
おそらく、一瞬でも盾を構えるのが遅れていたら体が吹き飛んでいただろう。
ライズの声に反応した少女が、バッと顔を上げ、次の瞬間、巨大な氷塊をまるで弾丸のごとく飛ばして来たのである。
少女の姿は一瞬で消え去り、視界いっぱいに氷塊がなだれ込む。
ズガガガガガ――ッ!
盾と氷塊がぶつかり合い、激しい衝撃を生み出す。氷塊の勢いは強く、徐々にライズは後方へと押し出される。このままでは後方の氷塊に挟まれて潰されてしまう。
歯を食いしばり、両足に全神経を注ぐ。しかし、やはり勢いを殺すことができない。
背後に冷たい物体が触れた。
その瞬間、炎を纏った三本の矢と、氷塊の三分の一ほどの大きさの炎球が横から飛んで来て、氷塊を激しく削った。
水蒸気がブワッと巻き上がる。熱波に肌が悲鳴を上げる。しかし、氷塊の勢いは明らかに落ちた。
ライズは剣を地面に突き立てる。
「――ッッッ
地面は割れ、龍脈が勢いよく噴き上がる。
盾に伝わる勢いが完全に消え去った。弾け飛んだ氷のつぶてが頬を掠める。
「おい、死んじゃいねえだろうな!」
大量の水蒸気で曇る視界の奥からヤヒロが姿を見せる。
「大丈夫だ! それより、警戒しろ! 無詠唱でこの威力だ」
「はっ? 無詠唱? イアンの三倍はあったじゃねーか!」
ヤヒロは眉を寄せる。大剣を十字路に向けて警戒を強めた。
コマチとイアン、そして一番後方にいたアビトも合流する。全員で固まり、白く曇った視界の奥にいるであろうバケモノ少女からの次の攻撃に備える。
口の中がカラカラになっていた。あたりは湿気ではすまないくらい空気に水分が満ちているというのに。
しかし、いつまで経っても追撃が来なかった。
「……逃げた、か?」
ヤヒロが声色を抑えて呟いた。
徐々に水蒸気の霧が晴れていく。
ぼんやりと映ったシルエットはやはり二つ。しかし、先ほどとは違い、今度は二人とも倒れているようだ。
霧が完全に晴れ、横たわって気を失う少女とハルトを確認する。
ハルトの姿を確認したヤヒロが思わず一歩踏み出したが、ライズは慌てて手を伸ばして止めた。もしかしたら、少女は気を失ったふりをしているかもしれない。
しかし、その心配は杞憂なもので、いつまで経ってもピクリとも動かない。むしろ、助けなければやばい状況なのかもしれない……。
「んんっ? シェリー?」
アビトが見知らぬ名前を出す。
「あの少女の名か?」
剣と盾を構えたまま、訪ねた。
「そうです、そうです。僕と一緒に召喚された異世界人ですよ」
アビトの発言を聞いて、確信した。ヤヒロとイアンが走り出すが、今度は止めない。
「イアン! 治癒魔法だ! 早くしろ!」
「は、はい! すみません!」
コマチは神妙な面持ちでその場を静観している。アビトは興味本位でか、のっそりとヤヒロとイアンの後を追った。
周りに殺気がないことを確認し、肩の力を緩める。
「……襲われたね。彼女たち」
コマチがすぐ後ろの氷塊に目を向けた。
「ああ……。間違いない」
おそらく、氷塊の下から流れ出す鮮血は襲撃者のものだろう。全員下敷きになっているのか、逃げ切った奴がいるのかはわからないが、確実に数人は命を絶っている。
異世界人。つまり、勇者。
危うく、下敷きになっている者たちの二の舞になるところであった。
明らかに桁違いな威力の魔法。まるで、彼女――モミジがあの時暴走して放ったライトニングと同等の威力だった。
無詠唱でイアンの有詠唱クラスの魔法を放ったのだ。それも、合わせて二発。
「化け物かよ……」
力尽きて意識を失っている赤毛の少女を見て、ライズは呟いた。
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