第35話理不尽ですよね?
魔物の軍勢はソーサラにも押し寄せていた。
休日、惰眠を謳歌していた昼下がりのことである。
突然の地響き、そして訪れる災厄。無数の魔物が空から降り注ぐ。もちろん、ハルトたちも場に立ち会い、驚愕した。ハーピィーの一件があってから、装備を常備している状態でいたのが幸いした。
四人は転げるように家から飛び出し、状況を把握仕切れない脳でひたすらに魔物を狩った。
徒歩三分の大通りがやけに遠く感じる。とにかく、数え切れない魔物の軍勢が波のように押し寄せる。魔物のランクはDランクとEランクがほとんどで、ハルトたちではなくとも、冒険者であれば十分に対処できるレベルであった。
しかし、問題は冒険者ではない職業の人たちだ。家にこもる人もいれば、どこに逃げるというのかわからないが、街の門を目指してひたすら逃げ惑う人もいる。
「もぉー、きりがないわね」
マナツは鬱憤が見え隠れしている。。
「もう、何がなんだかわからないよ……」
ユキオも困惑している。いや、もちろん全員困惑していることは確かなのだが、一段と慌てているというか、時折周りをキョロキョロとせわしなく見渡していた。
モミジは相変わらず口数少ない。それでも、献身的に民間人と魔物の間に体を滑り込ませて対処している。
正直、魔物の数が多すぎて陣形なんてものはなかった。とにかく、ひたすらに迫り来る魔物を斬りふせる。大抵は一撃で沈む魔物だが、ハルトたち以外の冒険者はとてもじゃないが、捌き切れないだろう。かといって、実際ハルトたちも道すがらに人を助けるくらいしか余裕がなかった。目指すはひとまずギルドだ。
ギルドにたどり着くには大通りに出て、直線約百五十メートル。近そうに見えて、行く手を阻む魔物をさばきながら進むとなれば、順調に進めても三十分はかかるだろう。
「魔法はなるべく使うな! 二次災害起きるから!」
ハルトは意外にも冴えていた。正直、このパーティーになってから、色々なことが起きすぎて、脳が麻痺しているのかもしれない。この程度ならまだ、とすら思ってしまっていた。
周りを見渡し、個々に魔物を狩る三人の動きを常に頭に叩き込む。
細道にギチギチに詰まる魔物をスキルでなぎ倒し、大通りへの活路を開く。いつの間にか、ハルトたちの後をつけるようにして数人がついてきていた。まるで、守ってくれと言わんばかりのなんともいえない眼差しを送られるが、正直そんな余裕はない。
大通りはまさに地獄絵図であった。至る所で冒険者が魔物と対面し、地面に伏す人もそこら中にいる。やはり、Cランク冒険者やBランク冒険者はなんとかしのげてはいるが、それ以下の冒険者のパーティーは数に押されていた。壁を背にして、なんとか戦っている様子だ。怪我人の出ているパーティーももちろんあるが、残念ながらハルトたちは誰一人として治癒魔法を覚えていない。怪我人に目をつぶって、ひとまず辺りの魔物をなぎ倒す。
「どこ見渡しても魔物、魔物って流石に疲れてきた……」
「し、しっかりしてマナツ……。でも、確かに終わりが見えない……と思う」
大通りに出て道が拓けたこともあり、最前線をハルトが、その後ろをマナツ、モミジ、ユキオの順で一直線になって進む。広がって進んでしまうと、どうしても逃げる人や戦闘する冒険者の邪魔になってしまう。一列に並び、最低限の魔物を狩って進む。
「た、助けてくれぇ!」
聞き覚えのない男性の声が聞こえてきた。もちろん、助けを求める声はそこら中から溢れるように聞こえてくるが、どうやらその声は建物内からするようだ。
声のする左側面の建物に目を向けると、建物の二階の窓から身を乗り出すようにして、中年の男性が飛び降りようとしていた。二階といってもかなりの高さがある。それにどうやら酩酊しているようで、頬がやけに赤らみ、酒瓶を持っていた。
「おい! 落ちるぞ!」
誰かが言った。男性は前のめりに建物から落ちる。
男性はかなり大柄な体格だ。女性ではおろか、ハルトでも支え切ることはできないだろう。
「ユ、ユキオ!」
おもむろに叫んだ。
「う、うん!」
言わんとしてることは伝わったようで、ユキオは剣を前にいたモミジに押し付けて、スキルを発動する。十五メートルはあるかという距離を一瞬で縮め、最後はスライディングするようにして落下する男性を受け止める。
流石に焦ったが、どうやら男性もユキオも無事のようだ。しかし、息をつくのはもう少し先である。男性の落ちた窓から、追随するように魔物が三匹飛び降りる。緑色の人型の魔物で、手には鉄製の棍棒のような物を握りしめていた。ゴブリンの上位種的な魔物だろう。いや、なんせ今まで見たことがないからわからないが……。
ゴブリンもどきはユキオと男性に落下しながら棍棒を振り下ろす。スキルを発動した直後で武器も持たないユキオは無防備すぎる。しかし、今からスキルを発動しても間に合わない。
焦る脳とは裏腹に声はスッと出た。
「――『ファイアーボルト』!」
瞬時に簡易魔法を速射する。無詠唱では基本的に威力は八割ほど落ちるが、それでもやはり流石のパーティーバフだろうか、直径一メートルほどの火球が勢いよく射出され、空中で棍棒を振り下ろすゴブリンもどきの一匹に命中する。一瞬遅れて、さらに二つの火球がゴブリンもどきを吹き飛ばす。
すぐ横で立ち往生をしていた冒険者が生唾を飲む姿が横目に映った。
「ユキオ! 大丈夫か!」
「だ、大丈夫!」
ユキオは男性を先に起こし、体勢を取りなおそうとするが、男性に突き飛ばされる。尻餅をつく格好となったユキオは呆然とした。もちろん、ハルトたちも呆然とした。
男性は一度
「助けんのがおせーんだよ! ったく、冒険者ってのは普段からバケモンと戦ってるんだろ! さっさと助けろよな!」
そして、酒瓶に入った残りの酒を一気に煽る。
「ちょ、ちょっとあんたねぇ! 助けてあげたのにその言い草はないでしょ!」
「よせマナツ。相手は酔っ払いだ」
虚ろな目がハルトを捉える。
「俺は、酔っ払ってなんかいねーよ!」
男性が空になった酒瓶をハルトに向けて投げつけた。もちろん、反応できないわけもなく、ハルトは酒瓶を剣で打ち落す。粉々に砕け散った破片があたりに散らばるが、もとより既に魔物の鱗だとか、瓦礫だとかで散乱した地面である。さほど問題はないだろう。
荒れ狂う人を見れば見るほど、ハルトの頭は冴えていった。
そりゃ、そうだ。誰だって抗う術がなければ、助けを求める。助けてもらった相手になんともいえない歯がゆさというか、逃避したい気持ちを押し付けて当たり散らす。たまたま、この男性がそれを実行しただけで、冒険者以外の人たちはおそらく、冒険者や衛兵に助けを求め、それでいて理不尽のはけ口とする。自分だって、勇者の印なんてものがなかったら、もしかしたら声に出さなくても助けてくれない冒険者に憤りを感じていたかもしれない。
本来ならば、助ける義務などないのだ。冒険者は衛兵じゃない。
冷静に分析するが、まぁ感情的なマナツにそれを言うまでもなく、彼女は男性をぶん殴った。流石に全力ではなかったものの、男性は三度体をゴロゴロと回転させ、壁にぶつかった。
「……人に押し付けんな!」
マナツは相当、不機嫌に見える。
「そんなのいいから助けてくれ!」
「誰か! 誰か、私の娘を探してください!」
「血が止まらない! 誰でもいいから治してくれ!」
助けを求める声がやけに耳をつんざく。
わかっている。押し付けて逃避したくなる気持ちはわかる。わかるし、そこでイラついても仕方ないこともわかる。それでも、やっぱりなんか、ね? 言葉にはできないけど、あれだよね。うん……。
「――めんどくせ……」
わかってはいるが、逃避した。
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