第36話恐れていましたか?

 結局、酒乱男性を助けたことを皮切りに、道すがらの非戦闘員、もしくはかなりやばそうな状況の冒険者を助けながら少しずつ、少しずつ進む。

 冒険者を助ける際はハルトたちが魔剣士だと気が付くと、露骨に幻滅したような顔をするが、そこはまあ、しょうがない話だ。しかし、窮地を救うと、手のひらをクルッとひっくり返す。中々、癪に障る。


 民間人などに関しては、自分のことで精いっぱいになっているのか、礼を受けることもあったり、なかったり。罵倒はさすがになかったが、なぜか睨まれることは何回かあった。そのたびに虫の居所の悪いマナツが一蹴している。


「全然進めないじゃない!」


 街の中央へ行けば行くほど、人は四方八方から押し寄せ、入り乱れる。冒険者は一様に本拠点ともいえるギルドを目指し、民間人に関しては、冒険者の後をつけてきたせいだったり、単純に方向関係なしに逃げていたり、まちまちだ。


 あぁ、これは……本当にめんどくさい。


 それにしても人の量が半端ない。以前から思っていたが、この街の人口密度は中央の大通りに集まりすぎだ。人を追いかけて魔物も集結するものだから、それはもう芋洗い状態。魔物と戦う冒険者の周りを避けるように円形の空白が数多在り、そこ以外はもはや人の波だ。


「絶対にはぐれるな!」とわかりきっていることを大声で伝える。完全にパニックと化している現場では、声も通りにくい。近くに居ようとそれなりの大声で発さないと、喧噪にかき消されてしまう。


 パーティーバフの届く効果範囲はまだ未検証だ。人の波にのまれて流されてしまえば、パーティーバフの効果範囲外に出てしまう恐れもある。そうなった場合、ハルトたちは魔剣士だ。魔物の群れに立ち当たってしまった場合は死の危険すら容易に考えられる。


 しかし、はぐれるなといったのはいいものの、各方面からの圧が非常に強い。右に押され、後ろに押され、斜めに押され、とこれでは歩くこともままならない。


「い、いったん、脇道入ろう。大回りしてギルド裏手へ……!」


 マナツとユキオは人にもまれながらも頭をひょっこりと出して、承諾。モミジの姿も見えたため、視線を前に戻そうとしたその時――


「あっ……! ちょっ……ちょ、ちょっとまっ……!」


 モミジの姿が人の波に消える。


「モミジ! ねえ、モミジ!」


 モミジのすぐそばにいたユキオが大きな声を出す。ハルトも急いで身を反転……することはできないので、体勢を変えてモミジを探す。

 この群衆の中から、背丈の低いモミジを探すことは容易ではない。ハルトでさえ、自分の思ったように進めなかったのに、モミジとマナツの女性陣がこうなってしまう可能性をおろそかにしていた。完全に失態だ。


「モミジ! モミジ!」


 次いで、マナツの姿を見失った。かろうじてモミジを探す声は聞こえているが、むしろモミジのことしか頭に無いようで、ふらふらっと消えてしまった。

 まずい。非常にまずい。


 ユキオは大柄な体格のため、常に視界に収めておくことができた。せめてユキオだけは見失わないようにモミジとマナツを探すが、一向にそれらしき人物は見当たらない。


 不意にユキオが何かを発見した。でも、モミジとマナツを見つけたわけではないようだ。何しろ突然、生気を失ったように蒼白し、そして何かを呟いて、我を失ったように群衆をかき分けてハルトの目の前から消える。


「お、おい! ユキオまで――ッ!」


 やってしまった。

 恐れていたことが起きてしまった。全員がバラバラになる。


 リーダーとして手綱を握れていなかった未熟さと、浅はかな考えを心底恨んだ。結局、どこか他人事のように考えていたこのパニックに、ハルトたちはまんまと取り込まれたのだ。しかし、起きてしまったことは仕方ない。ここから立て直すしかない。


 一度、大きく深呼吸をして息を整える。


「みんな! 聞こえるか! ギルド裏手集合! 無理そうなら南門だ!」


 たぶん、人生で一番大きな声だったと思う。周りの人々は一瞬ハルトを見たが、即座に目を離す。思ったより、そこまで大きな声では無かったのかもしれない。


 決死の叫びが仲間に届いていると信じて、ハルトは仲間を探すことをやめた。近くの細道に身を寄せ、最後は転げるように群衆の波から這い出す。


 このまま地面に手をついて一休憩したいところだが、そうもいかず、前方からは一匹のゴブリンもどきが迫っていた。一瞬、生唾を呑んだ。しかし、それも杞憂だったようで一太刀でゴブリンもどきは地に落ちた。

 大丈夫、まだパーティーバフはある。


 その事実を突きつけられ、後方の人波に一瞬目を向けたが、すぐに前を向き直った。ここで待っていれば、ハルトと同じように三人のうち誰かが来るかもしれないが、それを待つのは得策ではない。

 リーダーとして三人に言ったのだ。

 今はただ、ギルドを目指す。それだけだ。


 細道は横幅がほとんどなく、ぎりぎり人がすれ違えるくらい。そのため、魔物もゴブリンみたいな小型の魔物しか入ってこなかった。好都合だ、と思っていた矢先、前方より泣きながら走って来る子供。その後方にはゴブリンもどきが二匹、子供を追いかけていた。


 子供はハルトの姿が見えているんだか、見えていないんだか、そのまま突っ込むぞと言わんばかりにますますスピードを上げて向かってくる。子供を受け止める、という手も一瞬考えたが、そうなれば後方から迫りくるゴブリンもどきの対処ができない。

 仕方なく、すれすれで子供を避けてゴブリンもどきに目を向ける。チラッと後方を確認すると、既に子供は人の波にのまれていた。むしろ、あの大群の中にいたほうが安全かもしれない。


 ゴブリンもどきの一匹が突進するスピードを落とすことなく、大きく跳躍。体長一メートル弱しかないゴブリンもどきは、すさまじい跳躍力を保持していた。ハルトの伸長を優に越えて、そのまま落下の勢いに身を任せて金属製の棍棒を振りかざした。

 ハルトは剣で棍棒を受け止めるが、その際にかかる重圧にヒヤリとした。


 ――重い。


 忘れていた感覚を抱く。危惧はしていたことだが、突然起きたその事態に、思わず汗が穴という穴からドバっと噴き出す。


 何もかも、悪い方向に流れる。


「離れ、すぎた……?」

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