第32話1対18ですか?
馬車が一つ、バウンドするように大きく揺れた。その反動でライズは目を覚ます。
馬車は苦手だ。全身が打ち身のように痛い。凭れ掛かって睡眠を取っていたため、特に下半身は痺れているような感覚を覚える。
横には大層寝相の悪いヤヒロが大きないびきをかいている。まるで殺人現場のように四肢が別の方向に向いて寝ているが、どうやったらこんな寝相になるのだろうか。
ヤヒロのさらに左、馬車の中でも奥側にはイアンが杖を大事そうに抱きながら浅い眠りに落ちている。
『ソーサル』を出発してから一日と半日、目的の街である『イルコスタ』まではまだまだ道のりがある。馬車の中はヤヒロのいびきのみが蔓延していて、とても不愉快極まりない。
「あら、起きてたのかい」
ふいに馬車の奥手、イアンよりも奥の白幕が開き、そこからコマチが馬車内に入って来る。大方、寝れずに馬車の後方の縁に座っていたのだろう。
「今のうちに寝ておけって言ったろ。寝れないのか?」
「いやいや寝たさ、二時間ばかし。長い睡眠は苦手なのさ」
そういえば、クエストにいってもコマチが寝ている姿はあまり見ない。見張りなど、パーティーの半分は時間を費やしてくれている。といっても、本人たっての希望なので特に罪悪感などはない。
馬車の中に差し込む光がいつの間にか、月明かりから日差しになっていることに気が付いた。今回は変則的な移動だ。本来、馬車は運転手の負担や馬の負担などを考えて、一日に移動できても十二時間が限度だ。しかし、ライズたちのパーティーには優秀な傀儡魔法を使うイアンがいる。
右手に視線を移動させる。土で出来たカカシのような傀儡が、同じく土でできた馬を走らせる。一見、外からみると気味が悪くてしょうがない馬車だ。
何も知らずに夜道をこの馬車が通り過ぎたら、たぶん鳥肌ぐらいではすまないだろう。
しかし、何事も効率重視である。馬主どころか馬すら必要ない。イアンの負担も特に無いそうなので、ライズたちが遠出をする際は、いつもこの馬車スタイルなのである。
「そういや、さっき興味本位で近づいてきた盗賊が数人いて、追い払っちゃったけど良かったかい?」
一応、Bランク冒険者程度でなければ破ることの出来ないプロテクション魔法を馬車全体に付与してあるため、一介の盗賊が何人束になろうと破れることは無いが、コマチはそのプロテクション魔法の効果範囲に盗賊が足を踏み入れる前に撃退したことになる。
「悪くは無いが、別に必要ないと思うんだが」
「何言ってんだい。身ぐるみ剥いで金品置いて行かせた方がいいじゃないか。まぁ、さっきの盗賊たちは特にめぼしいものは持っていなかったけどね」
「うーん、金か……。そういえば、無いな。このパーティー」
コマチは幅を大きくとるヤヒロを半ば蹴り飛ばすように足で端に寄せて、空間をつくってそこに座る。
「あんたは協会に寄付、ヤヒロはただの無駄遣い、イアンは魔法研究、そして私はつい最近、貯めていたお金で念願の一軒家を買いました、というわけでこのパーティー、駆け出しの冒険者くらい金が無いよ」
特に金が無くて困ったことがないので、いまいちピンと来ないが、今のままではイルコスタについてから、宿が取れない。馬車で身がボロボロの中、さらに街の近くで野宿なんてなったら、たぶん寝るどころの騒ぎではなさそうだ。
「金、稼いで来る。このバカと傀儡主を見張っておけ」
「はいはーい、いってらっしゃいな」
まぁ、いつものことだ。ライズたちはいつも金がない。Aランクのクエストなど、一回クリアすれば半年は生活できるほどの報酬が手に入るにも関わらず、全員例外なく金がない。
そんなわけで、クエスト先などで金が必要な場合は、いつもライズかヤヒロが道草を食うように稼いで来るのだ。
ライズは馬車から飛び降り、辺りを見渡す。剣を引き抜き、盾は背負ったままで魔法を発動する。
全身から体の一部のように振動波が、シュンシュンと謎の音を立てて飛び出す。辺りの外敵を探索する光魔法『アンチサーチ』だ。
数秒、その場に立ち尽くす。
「……いた」
後方に数十人の反応。おそらく、コマチが先ほど追い払った盗賊の本拠地だろう。盗賊には例外なく懸賞金がかけられている。名の通った盗賊であれば、そこそこの金額の報奨金がもらえる。
ライズは飛ぶようにゴツゴツした岩肌を駆けた。大きな盾を背負っているとは思えないほど軽やかな足並みだ。
だんだんと反応が大きくなる。ちょうど良いタイミングで太陽が顔を出し、彼らが見えた。
大きな焚き火を囲み、酒に溺れる盗賊の群が。
ライズに正々堂々という趣味はない。走りながら、簡易魔法を詠唱。拳程の光の球体がライズの周りに六つ出現、ためらうことなく勢いよく射出する。光の球体はまさに光速で手前にいた六人の盗賊の腹元を貫いた。
人間の血はいつしか慣れた。冒険者は血が怖いなど言っていられない。人を殺している、という罪悪感も最初のうちはあったものの、いつの間にか全く感じなくなっていた。もちろん、善良な人間を殺したいなど微塵も思わないが。
ライズは盾を背中から取り、慌てふためく盗賊の群れに盾ごと突っ込む。短剣や斧、弓矢などの様々な武器を構えた盗賊に囲まれるが、そんなこと関係ない。むしろ、あえて中央に身を寄せたといっても過言ではない。
「――『
右手に握りしめた剣の刀身が光り輝く。剣を勢いよく地面に突き立てた瞬間、大地は割れ、ライズの周りを龍脈と呼ばれる光のオーラのようなものが、鋭利な槍と化して盗賊を貫く。
目算で十五人。反応にあった数は十八人。辺りを見渡すが、残りの三人の姿は見えない。……見えはしないが、ライズのアンチサーチはなおも継続中だ。
後方を勢いよく向き直り、突然そこに現れたように沸き立つ殺気を捉える。ガキキッッッ――ン! という金属音が響き渡る。
眼前の視界には未だ、何も捉えていない。しかし、確実にそこにいる。姿を消した残りの三人が――
ライズはアンチサーチを頼りに右手の剣で、ただの空間を斬り裂いた。手に伝わる確かな肉を裂く感触。遅れて、そいつは姿を表した。しかし、すでに息絶えている。
残り二人。……いや、残り一人か。
どうやら、一人は尻尾を巻いて逃げ出したようだ。追う必要は特にない。そして、残りの一人の武器は既に盾が捉えている。
ライズは無言で剣を前方に突き出す。盾に伝わる重量が、ふっと消える。
「……姿を見せろ。消えていても意味ないぞ」
ライズの言葉に従ったわけではなさそうだが、使うだけ無駄と判断してか、そいつは姿を表す。上裸で長いサーベルを手に持ち、息を切らす盗賊。
「ち、ちくしょう! なんなんだよお前! 俺はケリン様だぞ! き、聞いたことあるだろ、冒険者殺しの異名を持ってんだぞ!」
ライズは無意識に首を傾げた。
「……聞いたことないな」
「Bランクの冒険者だって地獄に送ったことがあんだ。テメェ、絶対にゆるさねぇからな!」
ケリンはサーベルをライズに向ける。しかし、その手は明らかに震えていた。Bランク冒険者を倒したという話は、嘘だろうが本当だろうが、正直どうでもいい。名前さえ聞ければ十分だ。
「Bランク……そいつは無理だな」
ライズの剣が再び輝きを取り戻す。盾を手放し、両手で剣を握りしめた瞬間、体は半自動的に制御を失い、おおよそ人間ができっこない速度でケリンとの間を詰める。
ケリンの息を飲む音がリアルに伝わってきた。
「俺は、Aランクだ」
ライズの剣が舞う。
盾がライズの元を離れ、地面に落ちる頃には、全てが終わった後であった。
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