第31話水臭いですか?

 マナツは早起きだ。まだ陽が出る前に一度起きる。そこから再び横になるか、そのまま起きるかは日によってまちまちだが、今日はそのまま起きていることを選択した。


 ベッドから降りて、窓を開ける。冷んやりとした空気が部屋に流れ込み、火照った体を冷ます。大きく伸びをして、部屋を出ようとしたその時、誰かが廊下を歩く音が聞こえた。


 こんな早くに誰だろうか。

 昨日までエルフの大森林でクエストを受けていて、帰ってきたのも遅く、今日は休みにしようということになったので、こんな早くに起きるメンバーなどいなそうだが。


 気にせず扉を開ければよかったのだ。なぜか聞き耳を立ててやり過ごす。本当、なんでそのまま出なかったんだろう。


 どうにも足音はすり足、というかとりあえず音を立てないように静かに歩いているようだ。

 階段を降りる音が聞こえ、こっそりと扉を開けて廊下を見回す。誰もいないことを確認して、廊下に出る。


 ゆっくり、足音を立てないように一階に降りると、ガチャという音がして玄関の扉が閉まる。どうやら例の人物は外に出たようだ。


「うーん、誰かな……」


 普段であれば真っ先に顔を洗い、眠気を完全に覚ますのだが、好奇心に駆られ、そのまま後を付けるように外に出る。


 元が宿屋であった家の玄関は、この街では珍しい施錠付きだ。四人は一人ずつ一本、鍵を持っている。外から施錠し直されている形跡があったので、空き巣のような類ではないだろう。


「うえ、寒っ」


 上着を着てくるべきだったかな、と思ったが、今から戻っていたら例の人物を見失ってしまう。

 小走りで庭先を駆け抜け、小道を朝早くから疾走する。


 なんでこんなことしてるんだろ、と不意に疑問を抱くが、今更やめられない。もしかして、自分にはそういう趣味でもあるのだろうか。

 大通りまで出て、周囲を見渡す。例の人物はそこにいた。


 猫背な後ろ姿。身長はきっと背筋を伸ばしたのなら百七十ちょい。髪は長いとまではいかないものの、ボサボサだ。腰先にマナツと同じ剣をぶら下げている。


「……ハルト?」


 呟くように疑問が漏れた。今の顔は相当訝しげだろう。

 何してんだろ……。


 正直、ユキオかモミジのどちらかだと思っていた。休みの日、ハルトは四人の中では必ずと言っていいほど、最後に起きて来る。逆にクエストでディザスターなどに滞在しているときは、見張りを除いて一番先に起きる。実に怠惰なのか生真面目なのかわからない。


 ハルトは大通りをのらりくらりとゆっくり歩き、南門をそのまま抜ける。


「ちょっと、あいつ街の外に出てるじゃない……」


 今はディザスター外とはいえ、魔物が出現しないとは完全に言い切れない状況だ。冒険者とはいえ、魔剣士は弱い。四人揃っていない時に魔物と遭遇してしまったら、目も当てられない状況となることは必至だ。


 しかし、それを言ってしまえば今のマナツも同じような状態。むしろ、ハルトは剣を携帯しているものの、マナツは薄着一枚で剣も防具もつけていない丸腰状態。


 それでも、マナツはこそこそと南門を出た。街の外は一面の草原で、身を隠せそうな場所も少ない。あまり遠くまで行かれてしまうと、正直帰るのがめんどくさい。


 しかし、ハルトは街を出てほどなくして歩みを止めた。急にあたりを見渡し始めたので、慌てて近くの細い木に身を寄せる。


 周りに人影がないことを確認し、いや正確にはハルトから見える範囲でいないことを確認して、剣を鞘から引き抜いた。

 素振り、素振り、素振り、素振りと軽く体を温めるように、それでいて一回一回力を込めて剣を振り抜く。


「自主練習みたいなものかな……」


 でも、どうしてだろうか。


 ハルトは五分ほど素振りをすると、休憩することなく、スキルの型を一通り試す。ちなみにスキルや魔法は同職業でも個人によって覚えるものに差があり、魔物を倒した際に、稀に頭の中にスーッと何かが入り込んで来る感覚で取得することができる。


 スキルはどれも見たことのあるものだった。とはいえ、ハルトのスキルや魔法はパーティーバフのかかった時の凄まじい威力のものしか見ていないため、同じスキルであるかは曖昧だが……。


 やはり、四人でいるとき以外の個々のスキルや魔法は、通常の魔剣士と同等レベルの言ってしまえば乏しいものだ。


 ハルトはスキルを一通り試すと、再度あたりを見回す。そして、剣を地面に突き立てて魔法を詠唱し始める。

 マナツはハルトが目を閉じている間に、その場を離れた。ついていけば、単純に自主練習だった。冒険者なら珍しいことではない。

 スキルや魔法は、個人の力量や発動タイミング、体が半自動的に動くまでの型への入り具合で威力が変わって来る。練習して練度を上げておくに越したことはない。


 でも、正直四人でいるときのスキルや魔法は、そういった個人の練度によって変わるほどの差ではない。もっと圧倒的なものだ。

 もちろん、謎の力に慢心してはいけないことはマナツも重々承知であった。しかし、やはり怠惰になっていたのだろうか。パーティーを組んでから自主練習など、考えたこともなかった。ディザスターが封鎖されていた時でさえ、することはなかった。


「うーん、でも、あのハルトが……?」


 少しして、歩みを止めた。大通りの真ん中で、既に見えるはずのない彼の姿を探すように振り向いた。

 開いたばかりの露店で、果実を絞った飲み物を二つほど買い、ベンチでボーッと彼を待つ。


 陽が徐々に出てきた。先ほどまでほとんどいなかった通行人も、ちらほら増えてきた。


 ハルトが朝早く、皆に内緒で自主練習。似合わないといえば、似合わないが、彼は一応パーティーのリーダーである。何か思うところがあるのだろうか。

 責任感? あー、少しだけありそう。

 水臭いと思わないこともないが、ハルトからしても、やはり積極的に言うべきことでもないと考えているのだろう。


「うーん、似合わないなぁ……」


「何が?」


 上の空、突然声をかけられて思わずビクついた。もちろん、彼だ。汗を服で雑にぬぐい、剣は……後ろに隠しているようだが、全然隠せてない。つくづく、ダサい。本当にダサい。あーダサいダサい。


「な、なんでもない。散歩! ハルトは?」


「あー、俺もそんなところかな……うん」


「へー……」


 手に持ってた飲み物を片方、無言で突き出す。ハルトは受け取ってやはり疑問に思ったのか、首を傾げた。


「一人で散歩して、二つ買ったの?」


「バカなの? 剣見えてるよ」


 返答を待たずに立ち上がった。


「ちょっ……、バレてた?」


 後ろから慌てたような、恥ずかしがっているようななんともいえない抑揚の声が聞こえた。

 振り向くことなく、言い放った。


「……ダッサ」


 たぶん、顔は少しだけニヤついていた気がする。

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