第12話忘れてた感情は恐怖ですか?
時は少しだけ遡る。
ハルトたちは爆発音が聞こえた場所にたどり着き、その惨劇を目の当たりにした。最初に目に入ったのは一面の血だまり。そして横たわる三人の冒険者。内二人は原型をとどめていなかった。残りの一人もおそらく息を引き取っているだろう。
「ひっ……!」
マナツが小さな悲鳴をあげる。ハルトとユキオも思わず口に手を当てて目をそらす。鉄のような血なまぐさい臭いと、爆発による焦げ臭さがあたりを充満している。
冒険者が死ぬことは日常茶飯事だ。四人も実際にディザスター内で息を引き取っている冒険者には多く出会った。しかし、この惨劇は流石に慣れているとはいえ、気分が良いものではない。
「あ、あれ……!」
マナツの声に引き寄せられるように顔をあげる。
思わず息を飲んだ。冒険者なら誰もが知っている災厄の魔物。
漆黒のローブを身に纏い、骨のむき出しになった手に握られる大きな鎌。そして、深淵のように深い暗闇に包まれた顔。
「デ、デッドリーパー……!?」
過去にこんな事件があった。一匹の宙に浮く死神がとある国に侵入し、数多の冒険者、そして市民を大きな鎌の餌食として、わずか一晩で国一つを崩壊させた。その後、名の知れた冒険者が棲み処を特定し、厳重に封印魔法を重ねて事はひとまず片付いた。討伐は不可能だと考えられたからだ。
もはやおとぎ話のような昔の話ではあるが、冒険者ならば最初に通う養成学校で散々聞かされる話だ。
「な、なんで……。こいつは確かAランクの魔物……」
デッドリーパーは大きな鎌を頭上高く掲げ、うずくまる一人の冒険者に手をかけようとしている。ハルトは動くことができなかった。
負の感情が一気に押し寄せ、危うく胃から込み上げるものを吐きそうになる。
膝を尽き掛けるハルトを突き飛ばし、ユキオが目にも留まらぬ速度で走り出す。剣を低く構え、振り下ろされるデッドリーパーの鎌を下から叩く。
耳をつんざく金属音があたりを反響する。その音で我に返ったハルトは目に光を取り戻した。
竦む両足に鞭を打って地を蹴る。ぎこちない走りで、何度もこけそうになって前方につんのめりながら剣を構える。
「モミジとマナツは魔法の準備!」
モミジとマナツは顔面を蒼白させながらも、両者距離をとって魔法の詠唱を始めた。その様子を走りながらちらりと確認する。
ハルトはデッドリーパーの側面に入り込み、がら空きの横っ腹に剣を突き立てる。肉を断つ感触はない。ダメージが入っているかも不明だが、デッドリーパーは鍔迫り合いをしていたユキオの剣を軽々とあしらうと、ハルトに向けて大鎌を振り抜いた。
迫り来る巨大な鎌に一瞬、身がすくむ。歯をギリっと食いしばり、ハルトはスキルを発動する。
――ツイスト!
心の中で叫ぶと、体が半自動的に動き出す。身をよじり、迫り来る鎌を空中で避けると、右手に握られた剣で鎌を持つ手を叩き斬る。
またしても骨を打つ感覚のみが剣を伝い、体に響く。まるで鋼鉄を叩いているみたいだ。
デッドリーパーは底なしの闇のような顔面に、不気味に光る
その瞬間、ハルトの全身が硬直する。足は制御を失って震え、額には脂汗が滲む。呼吸は荒くなり、視界がぐにゃりと歪んだ。
単純な恐怖などではない。これは幻惑魔法だ。
「ハルト!」
ユキオは大きな体で力任せにデッドリーパーを吹き飛ばす。
後方の大木に叩きつけられたデッドリーパーに鋭利な氷結の矢が無数に突き刺さる。次いで、光の球体がデッドリーパーを飲み込むように包み込み、その場で爆散した。
「――ハルト!」
ユキオに頬を何度か叩かれ、ハルトは意識を覚醒させる。過呼吸寸前に陥っていたハルトは地面に手をついて、激しく咳き込む。
「くそっ! サンキュー、ユキオ」
デッドリーパーは動く気配を見せない。しかし、よく見ると全身を薄緑のオーラが包み込んでいる。おそらく回復魔法だ。
その様子を見て、軽く絶望するが、すぐさま切り替える。思考を止めている時間なんか一秒たりとも存在しない。
「おい、あんた! 街に行って助けを呼んでくれ!」
ハルトは地面にうずくまり、小刻みに震える冒険者に声をかける。冒険者は恐る恐る顔をあげ、デッドリーパーが動かない状態であるのを見てゆっくりと立ち上がる。
「た、助かった……」
「バカ! まだ終わってない! 私たちが食い止めるから、早く助けを呼んで来て!」
マナツが強引に冒険者の背中を押す。
「で、でも、あなたたちはどうするんですか!? あいてはあのデッドリーパーですよ。……死んじゃいますって!」
「こいつを止めておかないと、私たちの街が壊される……と思う」
ハルトは剣を杖代わりにして立ち上がり、汗を拭う。
正直、これだけの魔法とスキルを当てても、回復魔法によってほぼ満タンまで回復されているのであろう。
自分たちが急激に強くなって、軽口を叩いていたが、実際にAランクの魔物と対面すると、正直勝てる気が一切しない。むしろ、次の瞬間にはあの大きな鎌に首をちょん切られる可能性も大いにある。
――怖い。
いつしか忘れていた感覚だ。冒険者は常に死と隣り合わせで魔物と対峙する。このパーティーになって忘れていた感情だ。
「やるしかない……。それに、俺たちは四人いなくちゃ本気出せないんだ……!」
冒険者はキョトンとした目でこちらを見るが、四人の覚悟を感じ取ったのか、一度大きく頷くと街に向けて走り出した。
デッドリーパーは立ち上がり、何事もなかったかのように宙をゆらゆらと漂う。しかし、先ほどとは違い、体を赤いオーラが包み込んでいる。
ハルトは剣を構える。
「さぁ、第二ラウンドだ!」
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