第13話油断、じゃないと思うんだけど?
さて、かっこつけて第二ラウンドだ、などと言い放ったはいいものの、正直一緒に逃げればよかったのかなと思う。というか、今街に助けを呼びに行って、デッドリーパーに勝てる冒険者などいるのだろうか。
あー、しんどい。アンラッキーだ。帰ってこの重たい体を解放してあげたいと切に思う。
ハルトは前方の死神から意識をそらすことなく、仲間の様子を確認する。あまり動いていないにも関わらず、三人とも息が荒い。デッドリーパーの放つ威圧のせいだろう。
たぶん、元々の魔剣士の状態では恐れおののき、地面に膝を着いてしまっているのではないだろうか。理不尽すぎるパーティーバフが付与されているとはいえ、あまりにも素の実力に差がありすぎる。
怠惰を極めすぎたなと、遅ればせながら感じた。
だってしょうがないじゃん。このパーティーになってから、どの魔物もワンパンだったのだから。
眼前で悠々と漂うデッドリーパーは黒交じりの赤いオーラを身に纏っている。肌を刺すような感覚も、脳を激しく揺らす早鐘も、先ほどまでとは比べ物にならない。
刹那、本当に一瞬だけ目をそらした。コンマ一秒にも満たない、微弱な視線の動きだった。
「――ハルト、前!」
不意に鋭利な刃が首元へ迫る。喉元を切り裂く寸前のところで、反射的に体を後ろに反らして避ける。
数コンマかかってようやく理解する。デッドリーパーはハルトめがけて、鎌を思い切り投げつけていたのだ。
主の手を離れた大鎌は虚空を切り裂いて、そのまま宙を浮かぶ。
そして、当の死神の手には新たに二本目の鎌が存在していた。
「コピー魔法と操作魔法……どちらも高度な魔導士が覚える魔法を、しかも同時展開なんて……」
マナツの説明じみた発言でようやく仕組みを理解した。
焦るな、鎌が二つに増えただけだ。落ち着けば対処できる。
一瞬、四人は目配せを交わす。言葉は出さなくとも、事前に決めた通りの動きを瞬時に実行する。
ユキオが最前線を切り開き、ハルトはユキオのサポート、隙があれば剣で直接攻撃を仕掛ける。マナツとモミジは再度、魔方陣を展開した。
「どっせーいッ!」
独特の掛け声でデッドリーパーが振り下ろす鎌を受け止めるユキオ。やはり、先ほどよりも数段パワーアップしているのか、ユキオの体が沈む。なんとか受け止めた、というような具合であった。
ユキオの背後に宙を漂っていた鎌が迫りくる。
「させねーよ!」
ハルトはユキオと鎌の間に体を滑り込ませ、鎌を弾き飛ばす。思ったよりも軽い。どうやら、操作魔法で操っている方の鎌に関しては、さほど威力はなさそうだ。とはいっても、たぶんまともに喰らえば、人間の体など紙切れのごとく両断されるだろう。
弾かれた鎌は自我を持っているかのように、一度ハルトたちから距離を取り、スーッと怪しげに宙を漂う。
「くそ、敵が二人いるみたいだ」
何とか隙を見てユキオの加勢に行きたいところだ。ユキオはかなり押されている。猛烈に迫りくる鎌の連打を間一髪で弾いている状況だ。しかし、下手に今の距離感を崩してしまえば、今度は主無き鎌が魔法詠唱組に突っ込んでいくだろう。
ユキオを信じ、どちらにも動けるような中間にポジションを取る。
「魔法行くよ! 3、2、1――!」
パーティーを組んで幾度となく聞いた、マナツの独特な魔法を知らせる掛け声が聴こえてきた。
ハルトとユキオは迫りくる鎌をそれぞれ大きく弾き飛ばし、左右に避ける。
巨大な火球が地面を焦がしながらデッドリーパーに迫り、大きな爆音とともにデッドリーパーの目の前で爆発する。
土煙が晴れないうちに、デッドリーパーの足下に紫色の魔方陣が浮かび上がる。禍々しい、大きな魔人の手が魔方陣から飛び出し、デッドリーパーを鷲掴みして握りつぶす。
「――チェンジ!」
すかさずハルトは叫んだ。ユキオとハルトは後方に下がり、魔法を詠唱。マナツとモミジが前線に変わり、鎌と対峙する。このチェンジにより、魔法のクールダウンを待たずしてすぐさま次の魔法に繋げることができる。前衛も後衛もできる魔剣士パーティーだからできる戦術だ。
ハルトは剣を地面に突き刺し、目を閉じる。魔法は精神の集中が必要。詠唱中は無防備になってしまう。そのため、仲間の絶大な信頼が無ければ戦闘中に目をつぶって集中など、できたものじゃない。
頭の中でひたすら術式を羅列する。体の奥底がじんわりと熱くなるのを感じた。その熱は徐々に火力を増し、身が内側から焦げるのではないかと思うくらい、ひたすらに熱くなる。
そして、魔法の詠唱が完了した。最後の一単語を脳内でつぶやいた瞬間、灼熱に火照った体から魔力を開放する。
「魔法いくぞ!」
宙に巨大な魔方陣が展開され、眩いほどの光の刃が射出される。文字通り光速で発射された刃はデッドリーパーに直撃し、その体を光の縄でがんじがらめにする。
攻撃と束縛の両方を備えた光魔法――『ラストレルスカージ』だ。
一拍遅れて、ユキオの魔法が炸裂する。ユキオの足元の地面が隆起し、そのまま前方に波打つ。速度は速くはないが、デッドリーパーはハルトの魔法によって身動きが取れない。そして、デッドリーパーの足元の地面がボコっと膨らみ、地面からマグマの剣が勢いよくデッドリーパーを貫いた。
灼熱魔法――『トリッドランジ』。命中率こそ低いものの、すさまじい破壊力を秘めた魔法だ。
「――チェンジ!」
ハルトは叫ぶ。無我夢中だった。でも、微かに勝てそうな気がした。気のせいかもしれない程度の本当に微かなものではあったが、その希望が体を動かした。
再びユキオとハルトが前線に踊り立つ。モミジとマナツは既に目を閉じて魔法の詠唱を始めている。
宙を漂い、隙あらばユキオの背中を狙い飛び込んでくる鎌をハルトが叩き落す。ユキオは相も変わらずデッドリーパーと刃を交えている。しかし、先ほどよりも辛くなさそうだ。というか、デッドリーパーの方が押され始め、ユキオの剣が浅くではあるがデッドリーパーの身を削り始めた。
A級魔導士の魔法に匹敵する魔法を四発叩き込んだのだ。普通であれば魔法のクールタイムなどを加味して、二人のA級魔導士のいるパーティーで二十分かかるところを、ハルトたちはスワップによって十分で行った。
準災害級以上の魔物は自動再生能力が著しく高いため、時間をかければかけるほど回復されてしまう。つまり、魔剣士パーティーの効率的な魔法のローテーションは今までのどのパーティーよりも魔物を苦しめるものであった。
目に見えてデッドリーパーの動きが鈍っている。ローブは所々破れ、不気味に浮かび上がる深紫の眼光が弱まる。
これは、行けるのでは……?
油断ではない。現実的に状況を見ての感想だ。無意識に感じていたこと。おそらく、他の三人も感じているだろう。確かな手ごたえというのだろうか。なんとなく感じる冒険者特有の感覚。
ユキオに背を向ける形で、目の前に迫りくる鎌を叩き落とす。
そして、不意に身を貫く殺気と歪む視界。
後方で魔法を詠唱するモミジの背後に、そいつは忍び寄っていた。
視界がスローモーションになる。息が詰まり、声が出ない。いや、出したとしてももう遅い。地獄の刃は既に振り下ろされている。
意識を置き去りにして体が動き出す。何のスキルを使ったのかわからない。視界が薄暗い森を置き去りにする。
それでも、鎌の方が早い。
どうして――?
なんで……。
どうしてもう一体いるんだよッ!
無我夢中でモミジを押しのける。
間に合ったのかもわからない。
視界が揺れる。――涙?
一瞬、焦点が合う。
モミジと目が合った気がする。その体に傷は一つもない。
ああ、よかった。
――? どうしてモミジが泣くんだよ。
遅れてハルトの全身を燃えるような痛みが貫いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます