第11話Aランクですが?

「ライズさんが帰ってきたぞ!」


 民衆の誰かが弾んだ声で叫んだ。もちろん、その声はライズの耳に入っていた。

 青みがかった紺色の髪が風になびき、そのたびに女性の歓声が上がる。城門から街に入り数分。群がってくる人が多くて中々すすめない。


「鬱陶しい」


 思わず口に出していた。この街に帰ってきたのは一か月ぶりだ。Aランククエストの『炎龍』との長きにわたる死闘の末、奴の息の根を止めてようやく帰ってくることが出来たにもかかわらず、この街はゆっくり休ませてもくれない。


「あの、通してください。すみません、すみません!」


 横でペコペコと頭を下げているのはチームの魔導士――イアン。ずれかかった眼鏡にぼさぼさの黒髪でダサいという言葉がよく似合う人間だが、これでもAランクパーティー主火力担当の優れた魔導士だ。


「いつまでもアホみたいに頭下げてんじゃねーよ。舐められんだろ! おらおら! お前ら、このヤヒロ様がお通りだぞ! 道を開けろ!」


 イアンの尻を鞘に納めた大剣の側面でバシッと叩くヤヒロ。赤い髪と常に怒っているようなクセ顔は、一か月の長期クエストの後でも健在だ。


「あぁ、この美しい私を照らす黄色い歓声……。んふぅ!」


「ゴラァ変態! うるせーぞ! だいたいこの歓声は全部俺様目当てだっつーの!」


 イアンに続いてヤヒロが罵声を浴びせた相手はコマチ。長く艶やかな黒髪と女性にしては長身のスレンダーな体が特徴だ。ちなみに重度の変態ナルシシズム。


 個性的過ぎるメンバーを横目にライズはため息をつく。こんなメンツでも世界に二チームしかいないAランクパーティーの一組だ。

 冒険者としてパーティーを組んでから約十二年。特に困難など感じることもなくAランクまで進んだ彼らは、巷では近いうちにSランクに昇格するのではないかと噂されていた。つまり、現在勇者に一番近いパーティーである。


 ごった返す人々をかき分け、どうにかギルドに足を踏み入れたライズたちは、早々にクエスト完了の報告を済ませる。

 その間も、ギルドにいる冒険者たちの眼差しを一点に引き受け、得意げにするヤヒロとコマチ。イアンは相も変わらず誰に対するでもなく謝っている。


「ライズさんお疲れ様でした。報酬の二千万ガロですが、こちらはいつも通りの分配でよろしいでしょうか?」


「あぁ、四頭分にして俺の分はいつも通りに頼む」


「かしこまりました。それでは、ライズさんの分は今回も教会の方に寄付させていただきます」


 ライズは四つに分けられた袋のうち、三つを受け取り、それぞれパーティーメンバーに手渡す。


「ライズぅー。お前また善人ぶって教会なんかに寄付してんのかよ。教会なんて、おぉー神のお告げが来ましたーとか適当なこと言ってる連中だぞ? それよか、俺にくれ! 俺は自分の城が欲しいんだよ!」


「鬱陶しいぞヤヒロ。俺は帰る。次のクエストが決まったら連絡しろ」


 迫りくる赤髪を押しのける。

 全く、ヤヒロに付き合っていたら埒があかない。それよりも、早く帰って連日の疲労を取り除きたかった。


「てんめー! それでもリーダーかこの野郎! 見てろ、次はスライム退治のクエストにしてやるからな!」


「スライムか。あのつぶらな瞳でこの超絶美人の私が見つめられるのも悪くない。よし、スライム討伐賛成!」


「やーかましいわ、黙っとけブス!」


 瞬間、ヤヒロの頬を矢が掠める。叫びすぎて赤らんでいた頬が一気に蒼白し、あわや昏倒するのではないかと思うほどに顔をひきつらせた。


「次、ブスって言ったら脳天に特製の毒矢ぶち込んでやるよ」


「こ、コマチさん。落ち着いてください。すみません。すみません」


「ちょ、待てーい! なんでイアンが謝ってんだよ。へっ、こ、こんなの屁でもねーよ。次は跳ね返してやるからな!」


 あーうるさ。何でこいつらこんなに元気なの? 国一つ潰した炎龍と闘った後だよ? 人類が龍を倒すとか本当にそうそうないことをやり遂げた後だというのに、全然実感沸かないわ。


「じゃ、そういうことだから、しっかりクエスト選んどけよ」


「そーゆーことってどういうことだよ! っておい! シカトすんな!」


 口うるさいヤヒロをスルーしてギルドの門をくぐる。空は昼間だというのに薄暗く曇り、一雨来そうだ。

 ギルドで少々時間をつぶしたおかげで、入り口までついてきていた観衆は綺麗にいなくなっていた。

 

「た、たすけてくれ――!」


 ふいに前方から泥まみれの男性が走ってくることに気が付く。身に着けた鎧は所々陥没して、髪は何か鋭利なもので切られたのか、不規則に乱れている。頭からは鮮血が滴り、ただならぬ事態であることは容易にくみ取れた。


 男性はライズに声をかけているわけではなかった。特定の誰かに声をかけているというよりは、とにかくそう騒ぎ続けるしか出来ないといった具合だ。


「なんだなんだ?」


 ヤヒロとイアンが他の冒険者に交じってギルドから顔を出す。少し遅れてコマチも外に出てくる。


「デ、デッドリーパーが出た!」


 その単語を聞いた瞬間、周りの冒険者たちがどよめく。


「おいおい、デッドリーパーといえばAランクの魔物じゃねーか。炎龍より弱いとはいえ、倒せんのはこの街で俺たちくらいだぞ」


「で、でも私たちでも油断したら一瞬で負けます。すみません」


「それで、そのデッドリーパーはどこに出たんだい? あいつは確か深淵の谷底に潜んでいる魔物だけど」


 男性は力尽きるように膝から転がった。


「あ、暗躍の森だ。俺たちパーティーが遭遇して、俺以外の仲間はみんな死んだ……。今は後から来た魔剣士のパーティーが外に出ないように食い止めてくれてる」


 ライズは眉をピクッと動かした。


「その冒険者たちのランクは?」


「たぶんDランク……」


「Dランク……」


 ライズは呟くように繰り返す。

 Dランクのパーティーではデッドリーパーの一撃で壊滅するだろう。どうやって耐えているのか知らないが、一刻も早く助けに行かなくては、デッドリーパーが暗躍の森を抜け出してこの街に侵略してくることも考えられる。そうなれば、被害は想像もつかない。


 ライズは三人を見る。疲労の色を見せないとはいえ、コンディションは良くない。正直、いまこの状況でデッドリーパーと事構えるのは厳しい。

 ただそれでも――


「よし、行くぞお前ら」


 冒険者は戦わなければいけない。

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