第10話物足りないくらいがちょうどいいのでは?

 激しい地響きが辺り一帯に轟く。大地が割れた。いや、正確には割ったというほうが正しい。


 ハルトの振りかぶった剣士スキル――『スマイト』は地面をえぐるように衝撃波を飛ばし、十メートル先にいる大きなゴリラのような魔物――エンパリーゼを文字のごとく一刀両断し、薄暗い森に鮮血が咲いた。

 見上げるほどの巨大な図体に毛むくじゃらな肌、三つ目の気色悪い魔物だが、この時はほんの少しだけ綺麗だと感じた。


「よし、これでクエスト完了だな。さっさと帰ろうぜ」


 パーティーを結成して、三か月が経過した。共同生活にもそこそこ慣れた四人は、今日もクエストをひたすらにこなす。身に着ける装備は、家を買って余ったガロを多額に投入し、Dランクの冒険者が装備するにはもったいないくらい上等な品を買った。

 装備が良いに越したことは無い。それだけで、命拾いすることだってあるのだから。


 冒険者ランクに関しては、長い年月をかけてコツコツと名声と功績を残す必要があるため、今はまだDランクでとどまっているが、正直な話、Dランクのクエストは骨がなさすぎる。


 現に、今回のクエスト対象であるエンパリーゼの討伐に関しても、本来であれば、Dランクパーティーが三日かけてクリアするようなものだ。しかし、ハルトたちはわずか半日で終わらせてしまった。運よく、暗躍の森に足を踏み入れてすぐにエンパリーゼを見つけることが出来たとはいえ、その場で倒し切ってしまうのだから、物足りないというのは本音である。


「なーんか、つまんない」


 マナツは口をへの字にして不機嫌そうだ。 

 エンパリーゼはユキオの初手斬り込みからの、マナツとモミジの幻惑魔法、そしてハルトの剣士スキルによって、なす術なく落ちていった。


「そうは言っても、今はDランクのクエストしか受けられないんだからしょうがないだろ」


「でもでも、今の私たちならBランクの魔物……ううん、Aランクの魔物だって倒せるよ!」


 鼻高らかに妄想するマナツを横目に、帰りの荷自宅を整える。寝袋とか諸々持ってきたが必要なかったなと、背負いながら思った。


 Aランクの魔物といえば準災害級。もしも、ディザスターの外に解き放たれてしまったら、街の一つや二つは簡単に吹き飛ぶであろう。

 そもそも、Aランクの冒険者などほとんど存在しない。過去に四パーティー。現存するAランクパーティーは二組のみ。

 一応、Aランクの上にSランクが存在はするが、過去にだれも到達したことのない、伝説のランクだ。


 噂ではあるが、Sランクに到達した冒険者パーティーは、国王陛下より正式な勇者一同としての名を与えられ、世界のどこかにいるであろう魔王の討伐を直々に命じられるらしい。とはいっても、どうせいるかもわからない魔王とやらが暴れ出さない限り、Sランクのパーティーは生まれないのだろう。

 勇者の印を持つハルトではあるが、自分が勇者になれるとは一切思っていないし、この痣が煩わしいと思った時期も多くある。

 そもそも、勇者の見習いなどと言われている冒険者なんて、魔物側からすれば勝手に自分たちの寝床を荒らす野蛮な侵略者でしかない。


「何のために魔物を狩るんだろう……」


 考えていたことが思わず口に出る。


「ん? なんか言った?」


 近くで同じように荷物を整理していたユキオが不思議そうに見る。


「あぁ、いやなんでもない。今日の飯当番誰だっけかなと思って」


 苦しい誤魔化しだ。しかし、ユキオは何の疑問も持つことなく「モミジとマナツだよ」と答えた。


「お、モミジがつくるなら期待だな。マナツの料理は毎回グロいからなぁ」


「ちょっとちょっと! グロいって何よ! 毎回すこ――し焦げちゃうだけじゃん!」


「なら私が焼き物つくるから、マナツはサラダとデザートをつくって」


「あっ! その発言! モミジも私が料理下手だと思ってる証拠! くーっ、悔しい!」


 こんな冗談も言い合えるような関係になってきた。

 最近は一緒に住んでいても、しばしば熟睡することができるようになった。あの晩以降もモミジはことあるごとに気にかけてくれる。献身なサポートもあってか、過去のトラウマは今ではほとんど思い返さなくなっていた。


 ふと、問題の晩のことを思い出してしまう。ソファーで寝ると固持したが、それを上回る反対によって広いとは言えないベッドに二人で横になり、一夜を過ごした。もちろんだが、過ちは犯していない。もちのろんだ。

 モミジに気があるわけではない。ただのパーティーメンバー。そのように考えていたが、その夜だけはやはり自制心を保つことに必死であった。悶々と寝れない夜を過ごしていたが、いつしか聞こえてきたモミジの寝息をぼーっと聞いているうちに、いつの間にか浅い眠りに落ちていた。


 次の日、マナツによって乱暴にベッドから落とされて目が覚めたことも思いだしたが、正直これに関しては忘れたい。顔を真っ赤にしたマナツに土下座を繰り返し、「何もしていません!」と強調した。思い返すと、もう少し堂々としていても良かったのではないかと思った。実際、手を出してはいないわけだし、合意の元だし……。


「――君? ハルト君?」


 物思いにふけっていると、名前を呼ばれていることに気が付く。声をかけた主はモミジだ。ハルトの顔を覗き込むように怪訝そうに見つめている。

 妙にこっぱずかしくなって思わず顔をそらした。


「ほら、ハルト。なにあほ面してるのよ、行くよ!」


 マナツとユキオは既に荷物を持ち、歩き出している。ハルトも急いで立ち上がり、荷物を持つ。


 ――刹那、爆発が轟く。次いで聞こえて来る女性の悲鳴。


 一瞬で全員が荷物を手放し、剣の柄に手をかける。


「近いな」


 四人の表情が険しくなる。周囲を警戒するピリピリとした空気が漂う。


「やばそうな悲鳴だったよね……」


 ユキオがうなずく。


「助けに行く?」


 マナツはやけに冷静だ。普段は小うるさいほど元気だが、戦闘になると四人の中では一番冷静に立ち回る。


 本来であれば、聞かぬふりをして早々に立ち去るのがセオリーだ。


 冒険者が他の冒険者に助けられることは、ある意味屈辱と言える。自分たちの力及ばなさを露呈することになるからだ。そのため、基本的には冒険者はディザスターでは、他の冒険者に関与しない。

 そして、もう一つ理由がある。冒険者がディザスター内に、一定数以上固まっていると、魔物が大量に集結してくるというディザスターにおける謎の現象が発生してしまう恐れがあるからだ。


 少し考え、ハルトは「助けよう」と口にしていた。

 思えば、この選択は間違いだったのかもしれない。後から考えれば、完全に浮かれていた。いや、うぬぼれていた。自分たちの力を過信しすぎていた。


 ――この世界はそんなに甘くない。


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