第9話手を出しちゃダメですからね?

「ほぇー、大きいー……」


 口をぽかんと開けながら煉瓦造りの屋敷を見上げるマナツ。同じように顔を上げて呆け面のモミジとユキオ。皆、それぞれ大きな荷物を抱えている。

 呆然とする三人の横で、やはり乗り気には全く見えないハルト。その表情はいつになく曇っていた。


「宿屋くらい大きいね。四人じゃもったいなく感じるけど」


「実際、この物件は潰れた貴族向けの宿屋をリフォームしただけらしいよ」


 結局、購入した家に直接住めるようになるまでに、一週間を要した。それでも早い方だ。

 中に入ると、一階は広間と厨房、風呂がある。奥手にある階段を登ると、小部屋が計八部屋の二階。一人一部屋使ったとしても、半分余ってしまうくらいには広い。

 しかし、これならば一応はプライベートな空間の確保は出来そうで、ハルトはほっと胸をなでおろす。

 

「内装も綺麗だね。空き家っていうから、今日は大掃除をしなきゃいけないと思ってたけど」


「奮発した甲斐があったねぇ」


 マナツとユキオは年甲斐もなく、子供のように家の中を探索しだす。


「ハルト君、入らないの?」


 玄関の入り口で思いつめるようにしているハルトに気がつき、モミジが声をかける。しかし、ハルトからの返答はない。

 少し悩み、モミジは「外は暑いから気をつけてね」と言い残してマナツとユキオの後を追いかけるように二階に上がる。

 ふと、振り返り玄関に目を向けるがいまだにハルトは動こうとはしない。どこか怖がっているように見えた。


 結局、ハルトが家に足を踏み入れたのは小一時間が経過してからだった。一歩足を踏み入れてからは、思いのほかいつも通りだ。

 その様子を見て、ひとまず安堵する三人。反対するハルトを押し切って家を購入した手前、やはり各々少しなりとも罪悪感を感じていたのだろう。そんなにも共同で生活したくないのに、理由があることは三人とも、何となく察していた。


 その晩、一階でささやかなパーティーを楽しんだ。ハルトも吹っ切れたように酒を飲んだ。四人ともつられて速度を上げたためか、程なくしてマナツとユキオが自分の部屋に戻ることも叶わないまま、一階のソファーで酔いつぶれる。

 その様子を見ていたモミジもうたた寝をしてしまうが、目を閉じてしばらくすると、玄関が開く音が聞こえて意識を引き戻す。ゆらゆらと揺れる頭で部屋を見渡すと、ハルトがいないことに気がついた。


「ハルト君……?」


 頭をブンブンと振って朦朧とした意識を覚醒させる。ハルトの後を追うようにして家の外に出ると、備え付けの小さな庭に胡座を組んで座り込む人影があった。


「どうしたの? 急に外に出て」


 モミジの声に気がつき、振り返るハルト。モミジはハルトの隣に座り込む。芝生のチクチクした感覚が、程よく酔いが回った今は心地良い。


「いや、ちょっと風に当たりに、ね……」


 気まずそうに俯いて誤魔化すハルト。その様子を横でじっと見つめる。


「みんなでいることが怖いの?」


「そういうわけじゃ無いよ。……いや、本当はそうかもしれないな」


 少し自問自答するように間を開けて呟く。


 モミジには今のハルトがいつになく小さく見えた。最初はまだ出会ってから日が浅く、信頼関係も完全に築き上げていなかったため、共同での生活を拒否していたのかと思っていた。しかし、この様子を見るにやはり別の理由があるのだろう。


 夏の夜にしては涼しい夜風が頬を撫でる。伸ばした前髪がふわっと浮き上がり、視界が開けた。


「……話せない?」


 かいつまんで放った一言にハルトは無言を貫くが、しばらくして「いや、話すよ」と言った。


「俺の両親は南の農村区で農家をやってたんだ。小さい根菜類を毎年育てていた。もちろん、農民なんてみんな貧乏だったから、例外なく俺の家もかなりひもじかった。理由はハッキリはわからないけど、日照りの続いた夏の夜。俺がちょうど七歳の時、」


 ハルトはためらうようにして口を紡いだ。目を閉じて、両手をぎゅっと結んでいる。


「――父親が俺を殺そうとした」


「えっ……?」


 モミジは思わず聞き返した。


「父親が寝てる俺をクワでぶっ叩いたんだよ。二度、殴られた。一度目は激しい痛みとともに血もドバドバ流れるのがよくわかった。そんで二度目、もう痛みも感じなくて、でも地面に流れる血が止まらないのを見て、あぁこれはもう死ぬなって思った」


「……」


「結果的には母親が怪我してまで父親を止めてくれて、今はこんな風に生きてられてるけど、それ以来、誰か他の人がいる場所で寝るのが怖くてさ。情けないよな……」


 モミジは何も返さない。いや、返せないのだ。聞いたことを後悔すらした。言葉が出てこない自分が悔しくて、思わず涙が溢れ出した。


「おいおい! なんでモミジが泣くんだよ。え、なんかごめん。いやほんと、昔の話だから」


「ひっ、く……ち……違うの、辛い思いしたんだなと思って……」


 その様子を見て、ハルトもつられて目頭が熱くなる。酒が入っているせいだ。そう強く按じた。


「……三人のことはまだ短い期間だけど、すごく信頼してるよ。でも、体が言うことを効かないんだよ。どんなに酒を飲んでも、眠くならない。悪寒みたいな震えが止まらないんだ……」


 握りしめた手の震えを見て、ハルトは唇を力強く噛むが、一向に震えは止まらなかった。過去のトラウマを引きずる情けなさが一層、ハルトを眠りにつかせてはくれない。

 しばらくモミジのすすり泣く声だけが、静まり返った夜の庭を――正確には二人の間を奏でる。

 どれほど時間が経っただろうか。伏せ込んでいたモミジが顔をガバッと勢いよく起こし、ハルトの震える手を包み込むように握りしめた。その手も、少しだけ震えていた。


「大丈夫! ……信じて!」


 単調な単語二つ並べただけ。しかし、ハルトにはとても重たく、そして暖かく感じた。二人の目線が交差する。


「今日は私が一緒に寝てあげる!」


「……はッ!?」


「早く部屋戻ろ! 明日もクエスト行くんだよ! 早く寝なくちゃ……と思う」


 モミジは立ち上がり、強引にハルトを引きずって家の中に入る。


「ちょッ! 待って、待って!」


 いつの間にか震えは止まっていた。あまりの突拍子の無さに、自然と苦笑いが溢れた。

 その様子を見てモミジもようやく微笑む。


「あっ、でも変な気を起こしたら駄目だからね?」


「なっ! わ、わかってるわ!」


 次の朝、一緒に寝ている姿をマナツに見られてしこたま怒られることを、この時の二人はまだ知らない。

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