最終章 俺たちのこれから

『完』


 なんやかや色々あったが、俺たちは皆、無事に高校を卒業することができた。


 俺は俺みたいなバカでも入学できそうな大学を片っ端からリストアップし、受験した結果、なんとか第三志望である滑り止めの滑り止めで合格した。

 この春から新たに「大学生」という肩書きを背負う俺は、将来のことなんてなに一つ考えることなく、またぞろ四年間バカをすることになるのだろう。大学には一体どんなバカがいるのかと、今から楽しみで仕方がない。


 そんな俺は俺たち最後のバカをするべく、卒業式の翌日にバカ共を高校の校門前に呼び出した。


「おはよう、シン。って、あれ? なんで私服なの?」

「うーっす。うん? おいロッテ、なんだその格好は?」


 最初にやって来たのはロッテだった。首からは買ったばかりの一眼レフを下げ、肩に三脚を担いでいる。しかも、俺が「私服でいい」と言ったにもかかわらず、やつはなにを考えているのか、しっかり高校の制服を着ていた。

 ロッテもこの春からは大学生となり、大学に通いながら小説家を目指すのだと言う。未だ受賞には至っていないロッテだが、幾つかの賞では二次選考突破まで漕ぎ着けていると言うのだから、そう遠くない将来には小説家・松本燿平が誕生しているに違いない。

 ロッテとは今後も関係を絶やさず、いずれ訪れるであろうおいしい印税生活のおこぼれに与ろうと思う。


 次にはサコツが来た。相変わらず身長は低いままだが、堂々たる強者の風格は健在である。

 サコツは二百パーセント不可能と言われた難関の私大を、死に物狂いの猛勉強でまさかまさかの合格を果たした。

 それもこれも、彼女である相崎百合香とのキャンパスライフを満喫するために他ならない。そう、サコツは彼女である相崎百合香と一緒に、同じ大学に合格したのだ。まるで、一昔前に流行ったラブコメみたいだ。

 この頃の二人は互いの親同士も交際を認める仲となっており、同棲こそ許されなかったものの、卒業後の結婚については大筋で合意を得られている。

 サコツは自分の将来について、「俺は刑事になる!」と高らかに宣言している。

 有言実行、やればできるサコツは、今や正真正銘の「文武両道」となったのだ。

 サコツの夢を笑う者など、誰一人としていやしない。


「……あ、あ、あ、あ……」


 サコツの後ろには、背後霊・ヤブが憑依していた。

 ヤブはまだ高専の課程が一年間残っている。その後は大学に編入するか、どこぞのIT企業へでも就職するのだろう。こいつの腕はその道のプロも認めるところなのだから。


「なあヤブ、アキラのやつはどうした?」


 俺はこっそりヤブに聞いた。サプライズゲストとして、あいつもこの場に連れて来るよう、俺はヤブに頼んでいたのだ。


「……え、えーと、あの、それが……」


 ヤブの黒魔術を解析した結果、アキラのやつとヤブは、どういうわけかここ最近連絡が取れなくなっていると言うことだった。俺は少しがっかりした。が、まあそういうこともあるだろうとは思っていた。

 あいつのことだ、きっと今頃は次元の境界を越えて、二次元の世界で千人の嫁とのハーレムライフでも堪能しているのだろう。


「おはよう、瞬君。みんなも揃ってる?」


 続いてそこへ、レイリと相崎百合香が連れ立ってやって来た。

 相崎百合香は先述の通り。レイリも念願叶って、地元の国立大に推薦で入学が決まった。そしてそこにはもう一人、レイリを追って一般入試から合格を決めたやつがいた。


「ねえ、あいつは……まだ、来てないの?」


 きょろきょろと辺りを窺いながら、レイリは俺の顔を見ずに話し掛けてきた。


「別にいいじゃねえか。どうせ大学入ったら、毎日二人でイチャイチャできんだろ?」

「は、はあ!? そんなことしないし! あんたって、ほんっとバカ! そんなんだから彼女もできないのよ!」

「じゃあさ、大学でかわいい女友達できたら、俺に紹介しろよ」

「あんた、なに言ってんの? この私がそんなことするわけ、ない、じゃん――」


 そう言うと、レイリは俺の後ろを見つめ、そのまま固まってしまった。


「うん……?」


 俺が振り返ると、数メートル先からこっちへ向かって歩いて来る、あいつの姿があった。


「よお」

「おう」


 いつもみたく、俺たちは素っ気ない挨拶を交わした。


 俺はそれが嬉しかった。


 それだけで、十分だった。


「ったく、おっせーんだよ、バーカ!」


 俺はマシバの肩を軽く小突いた。


「わりぃ、わりぃ」


 そう言って、やつはへらへら笑った。


「マシバ!」


 サコツとロッテも加わってきた。みんなが集まって来て、俺たちは大きな輪になった。

 誰からともなく、俺たちの間からは笑いがこぼれた。みんながみんな、ふざけ合い、じゃれ合って――。

 そこには、以前と変わらぬ俺たちの日常があった。


「なあ、写真撮ろうぜ」


 俺たちはロッテの持って来たカメラで、記念写真を撮った。

 しかし、高校はもう卒業してしまっているので、これは卒業記念ではない。では、一体なんの記念だ?


 ……いや、そんなことはどうでもいい。

 所詮、こんなものは口実だ。俺たちがバカをするための口実にすぎない。

 俺たちはただ、みんなで集まってバカがしたいだけなのだ。

 だって俺たちはみんな、バカなんだから。

 これは、俺たちのバカの記念だ。

 写真を撮った俺たちはその後、「これからどうしようか?」なんて他愛もない話をしながら、誰もその場から動こうとしなかった。


 頭上には咲き誇る満開の桜。その下で、俺たちはいつまでもバカみたいに笑い合っていた。



                               終わり


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バカのすゝめ 杉本創太 @Souta_S

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