これは世界一不毛な短き攻防である
アイオイ アクト
これは世界一不毛な短き攻防である
六畳と少しのベッドルーム。
シングルベッドを二つ置いても、思い切ってキングサイズのベッドを置いても良い大きさはあるけれど、僕と彼女の選択はダブルベッドだった。
この部屋に越してくる前はシングルベッドに無理やり二人で寝ていたからか、ベッドを分けるなんて発想は、そもそも無かったのだ。
僕が起きる時間は六時半。
彼女が起きる時間は八時ちょうど。
僕は目覚まし時計をバイブ機能付きの腕時計に変え、彼女はiPhoneをけたたましく鳴らす。その時間には僕はいないのだけど。
腕時計が震える五分程前に、僕の目は覚めてしまう。
分厚いカーテンはほぼ完璧に部屋を暗くしているのに、体内時計というのは不思議なものだ。
彼女は僕と反対を向いて寝息を立てていた。
きっと、iPhoneを手に持ったままの姿勢で固まっているんだろう。
エアコンで冷え切った僕の足先を、彼女のふくらはぎの下へと滑り込ませる。柔らかくて、暖かい。もう片方も滑り込ませると、より幸福感は増す。
ついでに彼女の脇腹へと、冷えた手先を滑り込ませる。
あいたぁ!
彼女の情け容赦ない裏拳が顔に炸裂した。
鼻の奥に鉄の臭いが広がる。だが、その程度で怯む僕ではない。
起床時間まで恐らくあと四分。まだ勝負は始まったばかりだ。
数秒待ち、彼女が寝息を立て始めるのを待つ。先程裏拳と同時に蹴散らされた両足を再びふくらはぎへと滑り込ませるタイミングを計る。
ひぇっ!
彼女の冷え切った足先が僕のふくらはぎの下に差し込まれた。凍傷になるのではというくらい冷たい。
あと三分。
まだ暖まっていない手を彼女のおなかの上に置いてやる。
何ぃ!?
この暗闇で彼女の冷たい手が、僕の手を捕らえていた。僕の攻撃は完璧に読まれていたのだ。
起床時間まで、あと二分。
僕の体温は容赦なく彼女に奪われていく。
次の一手、まだ捕らえられていない方の手を、彼女の二の腕に置く。
はぁ、こりゃ暖かい。
しかし、彼女の未だ冷え切った足先が遡上し始めた事を、僕は察した。
うひゃぁ!!
膝と膝の間にアイスノンを突き込まれた気分だ。なんという無慈悲な反撃か。
恐らく、残りはあと一分。
もう容赦はしない。
この戦いに勝利する方法はただ一つ。
暗闇の中で彼女の体の上にのしかかり、彼女の唇があるだろう場所に、自分の唇を近づける。
彼女の手足から力が抜けるのが分かった。
このまま抱き締めて体温を奪ってくれよう。勝利は我が手に。
ガサッ。
僕の唇は、彼女の保湿マスクに阻まれた。
ぶいんぶいんと、時計が震えた。
ばーか。
マスクでくぐもった彼女の勝ち鬨が、僕の完全なる敗北を告げていた。
これは世界一不毛な短き攻防である アイオイ アクト @jfresh
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます