デリバリーのお兄さん・灰崎

霞羅(しあら)

プロローグ

「お待たせしましたー、パシュトのデリバリーです」

 俺は灰崎辰哉、しがない25歳のフリーターだ。

 今は日本でも最大手の、ファミレス・パシュトでデリバリーの配達員のバイトをしながら生活している。

「いつも美味しいお料理ありがとうねぇ……」

 常連のおばあさんの朗らかな笑顔に釣られて、こちらも笑顔になって返事を返す。

「こちらこそいつもご利用ありがとうございます!またのご利用お待ちしてます」

 最近は流行りの感染症や、国際不和などで以前から稀薄だった人間同士の繋がりがこれ以上無いほど細く、今にも切れそうなの繋がりをギリギリのラインで保っているような状態だ。

 だが、そんな世の中でも温かい料理を届けた時のお客さんの笑顔、それを糧に俺は働いている。

 昔より人間関係が冷えている、そう言われる世の中だが、直接お客さんの笑顔が見られるこの仕事を俺は誇りに思っている。

 配達用の原付に跨り、店指定の黒いヘルメットを被った俺はまだ若干冷え込む春の夜の道を、店に向けて駆け出した。


 ***


「ただいま戻りましたー」

 店に戻ると、外とは違い温かい空気が身を包む。

 厨房へと向かうと、この時間一人で厨房を切り盛りしている店長がこちらに気付いて声を掛けてきた。

「灰崎さんおかえりなさい、次のお届け先の料理出来てるのでお願いします」

 店長の荒井陽子さんは、真面目で仕事に粗もなく細やかな気遣いのできる理想の上司の様な女性だ。

 他のスタッフからの信頼も厚く、転属して欲しくないとの嘆願書が本部に送られる程だ。

「分かりました、いつも時間までに仕上げてくれてありがとうございます」

「それが店長としての仕事ですから」

「それもそうですね、じゃあ安全運転で行ってきます」

「行ってらっしゃい、よろしくお願いします」

 何気ないやり取りを交わして、次のお客さんの所へ向かう、今日の仕事はまだまだこれからだ。

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デリバリーのお兄さん・灰崎 霞羅(しあら) @xest1852

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