11.黒い雲の向こう
いきなり現れた人達に、駿君に群がっていた奴らは顔を上げて腰を浮かせた。
「なんだ!?」
私を捕えていた男が、私を突き飛ばして叫ぶ。その間に警備員達が素早く人間を取り押さえた。
「ここの安全設備がそんなに甘いとでも思っていたのか!」
木村さんの良く通る大声が駐車場に響く。吸血種達は立ち上がって身構えた。
あとに残された駿君は、首筋や腕から血を流し、痙攣している。
「駐車場の出入口を全て塞いでいます。皆様のご迷惑になりますからさっさと消してしまいましょう」
木村さんは腰を落とし、独特の姿勢で杭を構えた。その姿を見て吸血種達が一瞬たじろぐような様子を見せる。その隙に矢木さんは駿君に飛び掛かって拳銃を奪い、近くにいた男に向かって撃った。
がん、という轟音とともに男が灰になる。それを見て、矢木さんは「ひゅう!」と叫び、氷のような笑顔を見せた。
「さあー、どんどんいくよー!」
笑顔を顔に張り付かせたまま、矢木さんは私を捕えていた男に向かって銃弾を浴びせる。木村さんは襲ってきた男を易々とかわし、杭を打つ。飛び散る灰に目もくれず、他の標的を睨み据える。
「一旦引け!」
いつの間にか三人になってしまった吸血種達が逃げの体勢に入った。
「出入口は塞いだと言っただろう!」
木村さんの声に吸血種達の動きが止まる。駿君はよろよろと立ち上がり、矢木さんの手から拳銃を受け取り撃った。一人が灰になる。だがそこで弾が尽き、駿君は舌打ちをして膝をついた。
「ざまあみろっ!」
一人が駿君に飛び掛かろうとする。そいつに木村さんが杭を突き立てる。駿君の体の上に灰がばらばらと降りかかった。
それを見た最後の一人は私を盾にして背後から叫んだ。
「ここから出せ! 喰うぞ!」
私を捕まえると駿君が動けなくなるのを見ていたからだろう、そいつは牙を出し、私を掴んだまま出口へ向かった。
駿君は木村さんに支えられて立ち上がった。矢木さんはじりじりと間合いを詰め、飛び掛かる構えをする。
「ほら開けろって。いいのかなあ」
そして男は威嚇するためだったのだろうか、軽く、私の首筋に牙を刺した。
その瞬間、駿君は木村さんから杭を奪い、獣のような雄叫びを上げながら駆け寄った。左手の裏拳で私を掴む手を叩く。叫び声を上げて私から手を離すそいつの眉間に向かってもう一発。よろめいたそいつの首を掴んで引き倒し馬乗りになる。そして。
心臓に杭を突き立てた。
男は小さな音を立てて灰になった。
「矢木さん、救急車を呼んでください。私は今から駐車場の出入り口を開放します。皆さん、お手数をおかけいたしました。おそれ入りますが私が戻るまで彼らを捕まえていて頂けますか」
木村さんは皆に指示を出し、出入り口に向かった。矢木さんは既に電話している。捕らえられた人間達は観念しているのか、押さえられたまま大人しくしていた。
「花菜」
駿君が近づいて来た。私の首筋を見て、牙の痕にそっと触れる。
あたたかなその手は、自らの血でべたべたに汚れていた。
「ごめん、間に合わなかった」
藍色の瞳が揺れ、みるみるうちに潤んでくる。
「大丈夫、大丈夫だよ、刺されたけど血は吸われていないから。また熱出るかもだけど、大丈夫だって。それより駿君こそ」
「花菜」
そこで気力が尽きたのか、駿君はその場で崩れるように倒れ、気絶した。
気を失う前に、ごめん、と呟いた。
到着した救急隊員は、駿君の姿を見て小さく叫び声を上げた。
救急車には私だけが同乗した。木村さんは捕まえた人間達や警備会社への対応――なにしろ目の前で拳銃を使ってしまったのだ――など色々あるし、矢木さんも仕事を抜け出して来ている。
「ごめん、うち
昼食の休憩時間をずらしてここに駆けつけてくれたらしい。私は皆に何度もお礼を言って救急車に乗り込んだ。
「あなたも怪我していますね。どれ」
私の噛み傷を見た救急隊員は、首筋を覗き込んだ。
「ん、あれ? あなた」
「私はいいです。多分、血は吸われていないので」
売血の痕を見破られたかもしれない。私は俯いてそれだけ答えた。
救急車の中で、私はさっき一瞬だけ見た色を思い返してみた。
雲に小さな隙間があるな、というのは、何度か見かけたことがある。だが空の色まで見えたのは初めてだ。
小さな小さな穴のような隙間から、ほんの一瞬見えただけなので、気のせいかもしれないけれど。
闇色に広がる厚い雲の向こうにある空の、そのあまりにも美しい、澄んだ青色。
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