10.駐車場での襲撃
しまった、こんな所で。
ここには木村さんの目がない。男達に間合いを詰められる。駿君は拳銃を取り出し、私を庇うように前に立った。拳銃を見て男達の動きが止まる。
「やっぱり兄ちゃんが『狼』だったんだ」
女は小馬鹿にするような顔をして嗤った。
「じゃあ、あんたらの社長や仲間を消したのはこの兄ちゃんで決まりだね。かわいいかわいい妹の『嫁入り』が気に食わなかったのかな。あんたらの社長達は運が悪かったよ。この兄ちゃん、マンションの住人に話聞くとさ、妹をべったべたに溺愛しているらしいもん。ねえ」
ここにいる奴らは、前に私を『花嫁』として買った奴の部下か何かか。こんな所でも相変わらずよく喋る女は、駿君を囲む男達の輪から少し外れた所に立っている。
「この兄ちゃんをまともに調べなかったあんたらには呆れるよ。じゃあ如月さん、ごきげんよ」
女が手を上げた瞬間、がん、という轟音が響いた。駿君の拳銃から煙が立ち昇る。
駐車場の低い天井に轟音がわんわんと反響する中、女が灰になった。
「拳銃目の前に無駄に喋りやがって、俺も随分なめられたもんだ」
駿君は低い声でそう言うと、小さく息を吐いた。また、男達との無言の睨み合いが続く。
駿君の背中越しに奴らを見ていた時、ふと一人の男の様子に目が行った。
それを見た途端、心臓がどろりと暗い音を立てる。
その男は、頬を紅潮させ、額に汗を浮かべていた。
人間だ。
「駿君、この中に」
「人間が混じっている」
駿君の言葉に、男の一人が口元を歪めた。
「よく分かったな」
男は腰を沈め、襲い掛かるタイミングを見計らっている。
「これだけの人数、いちいち人間かどうか確認しながら撃ってみるか? そうだ、俺だって人間かも知んねえよ」
男の言葉に、駿君は少しの間沈黙した。だがやがて口の端で嗤い、銃を構え直す。
「人間の急所を外して撃つ。どうせてめえらごときに雇われているような人間だ。死にさえしなけりゃなんだって揉み消してやる」
そう言い終わらないうちに再び轟音が響いた。たった今話をしていた男が小さな音を立てて灰に変わる。それを合図に男達が一斉に飛び掛かって来た。
「ひぁっ!」
声にならない叫び声をあげて、私はその場に
拳銃は立て続けに火を噴き、轟音の中を灰が舞い散る。一人が拳銃を掴みかけて叫び声を上げて掌を押さえる。そこに間髪を容れず銃弾を浴びせる。その隙に別の一人が駿君の左腕に掴みかかる。私は反射的にその手を振りほどこうと男の手を掴んだ。
手は汗ばんでいてぬるりと滑った。
人間だ。
「てめえは引っ込んでろ!」
人間の男は駿君の腕を離して私の頬を張り飛ばした。駿君が驚いてこちらを見る。私は咄嗟に叫んだ。
「大丈夫! こいつ人間だから!」
口の中が切れたようだが、人間から受ける暴力なんて子供の頃から慣れている。駿君は私を張り飛ばした男の顔面に拳をめり込ませた。
私は立ち上がって壁にもたれかかった。少し足首を痛めたみたいだ。足首に気を取られて駿君から少し離れた途端、首を掴まれて引っ張られ、そのまま男に羽交い絞めにされた。
「おい!」
男の叫び声に皆が一斉にこちらを向く。男は私の耳のすぐそばで怒鳴り続けた。
「大人しくしろ! こいつを喰うぞ!」
耳元で牙の突き出す小さな音が響く。
今までに数え切れないほど聞いた音。駿君は男の一声で固まったように動きを止めた。
男は背後で小さく嗤った。
「おい兄ちゃん、俺らは社長の仇を討ちたいだけだ。この女に用はない。だからな、お前、大人しく俺らの餌になれ。そうしたらこいつを放してやる」
誰が聞いたって嘘だと分かる事を言い放ち、男は私の首筋に牙を触れさせた。
「やめろ……」
駿君はその言葉に完全に捕らわれ、ふらりとこちらに歩み寄った。今まで攻撃していた男共は、それを見て手を止め、歪んだ笑みを浮かべ合う。
「駿君、だめ! こんなの嘘に決まっているじゃない!」
締めつけられた腕から逃れようともがきながら必死に叫ぶ。ヒールを履いた足で男の向う脛を蹴ったが、何のダメージも受けていないのか、男は微動だにしなかった。
男が背後で軽く顔を動かした。それを見て他の奴らが一斉に駿君に襲い掛かる。
五、六人の男達に同時に噛みつかれ、駿君はその場にゆっくりと倒れ込んだ。
「いやあっ!」
脳裏にまざまざと甦る。
かつて路地裏で何度も見かけた、強盗に襲われた人の姿。
そして「狼」の末路。
暴れる私を見て男は鼻で嗤った。
「あのな、そもそも『狼』なんかになるような奴は、愛情深くて弱い人間なんだよ。そんな奴にあんたみたいな守るべき人間がいたらどうしようもない。分かるよな。あんたはあの男の急所なんだよ」
そして私から腕をゆるめて離れかけた。
「おーい、お前ら、俺にも少し残しておけ」
その時。
「今、如月さんを襲っていない奴は人間だ! そいつらをお願いします!」
いつの間にか目の前に、杭を持った木村さんと矢木さん、そして数人の警備員が現れた。
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