5.スマートフォン
私が顔中にあらゆる糖分をくっつけまくって超大盛りクレープを食べ終わったのを見て、駿君は懐に手を入れた。
「これ、使って」
そう言って内ポケットから取り出したものを無造作に手渡された。私もつい無造作に受け取り、手の中に納まったものを見る。
え、ちょっと待って。
これ!
「この間の事でさすがに持っていないのはまずいと思ってな。すぐ使えるようになっているから、とりあえずここの電源押してみな」
手渡されたのは、スマートフォンだった。しかもいかにも私が好きそうなゴールドがかった淡いピンク色。
私は生まれて初めて持つ、自分のスマートフォンの電源を恐る恐る入れてみた。
画面に様々な表示が現れる。
凄い。
これ、私のなんだ……。
「使い方はおいおい教える。勝手に俺のと色違いにしたんだけど、これでいいか? 一応最新機種だけど」
勿論、いいに決まっている。自分用のスマートフォンを持てるだけでも嬉しいのに、駿君と色違いのお揃いなんて嬉しすぎる。
でも。
「ありがとう。本当にありがとう。凄く、すごーく嬉しい。でも、これって、その、よく分からないけれど値段とかって」
「そんなのはどうでもいいんだよ。それより」
駿君は言いにくそうに下を向いき、少しつかえながら言った。
「そんなつもりは全然ないんだけど、なんか、こういうの持たせて、束縛しているとか、自立を妨げられているとか取られるとやだなあと思って、ずっと買うのを躊躇っていたんだ」
私の目をちらりと見る。
「でも、この間の件、もし花菜がスマホを持っていたら、もっと早くに助けられたかもしれない、とか、花菜を一人にしても、いつでも連絡が出来れば安心だ、とか、色々考えて、で、しょうがねえ、とりあえず買っちまえ、それでもし自立したら買い替えでも乗り換えでも勝手に自分でやらせよう、って。だからこれ、要は俺が安心したくて勝手に買っただけだから」
言葉の端々に、「負担に思われたくない」という思いが現れている。だからなのか何度か「自立」という言葉が出て来た。そのことに少し寂しさを覚えながらも、私は何度もお礼をした。
もうそろそろ帰ろう、と言われて早速スマートフォンで時間を確認すると、午後三時過ぎだった。
「えー、もうちょっといいじゃない」
「だめだ。無理をするなと渡貫が言っていた」
それを言われると反論できない。私は渋々従った。
「じゃあさ、あと一つ。これだけは絶対外せないの。観覧車だけ乗ったら、ね」
今日の締めのために取っておいた観覧車。私の幸せな思い出の中でも特に印象深かった観覧車に乗ったら帰る、と約束をして行列に並んだ。
この観覧車からは街が一望できる。暗闇に宝石をまき散らしたような光景は格別だった。
「ここね、昔、四人で乗ったの。覚えている?」
「……ぼんやりと」
あ、本当は覚えていないな、と気づいたが仕方がない。彼にとっては、何度も乗った観覧車の思い出の一つに埋もれているのだろう。
「あのね、観覧車に四人で乗っているとき、駿君が私にいきなり、俺の本当の妹になれ、あんな家に帰るな、って言ったの。そういえば駿君って、あの頃からいきなりで強引だったなあ」
「俺、いきなりで強引か?」
首を傾げる駿君に向かって大きく二度頷いた後、言葉を続ける。
「でね、私その時、やだもん、って言ったの。私は駿君のお嫁さんになるんだから妹にはならない、って。その時駿君はやだよ、はなちゃんなんかガキだって言って私のことをソッコー振ったんだよね。……って、あ、あの時既に振られていたのか」
今頃になって今更な事実に思い至り、私は勝手にびっくりしていた。
そんな私を見ても、彼は私の方を見て話を聞いていた。
「考えてみたら、あの頃の駿君って、多分十一歳とか十二歳とかだったと思うんだ。その当時の五歳差って、大きいよねえ」
でも今は、あの頃と違う。
私だって大人になった。大人になったのに、駿君にとって、私は未だに九歳で止まっているのだろうか。
観覧車の順番が少しずつ近づいてくる。狭い階段で並んでいると、駿君の指先に私の指が触れる。
さっきからずっと手を引っ張って歩き回っていたが、本当は手を「つなぎ」たいんだ、なんてことを思い、少し指先に力が入る。
その私の手を、駿君の手が強く握りしめた。
強く握られた自分の手を見、駿君を見上げる。彼は私を見て少し笑い、すぐに前を向くように視線を逸らした。
手を握られたのは、勿論これが初めてではない。だって私は『妹』だから。
だからこの手も、今までと同じ意味なのだろう。
甘えん坊で危なっかしい妹が、寂しがったり階段で転んだりしないように、という。
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