僕が一番になった日

獺野志代

僕が一番になった日

彼は非常に優秀で、非の打ち所のない人間だった。一方で、僕も人並み以上の才能を兼ね備え、人徳もそれなりにある人間だった。

僕はあらゆることを的確にこなすことが出来た。しかし、彼は数多あまたの役割を完璧に成し遂げることが可能だった。僕が一番になれないのは、紛れもなく彼がいるからである。かと言って、彼に憎悪を覚えることはなかった。純粋に勝負心がそそられるばかりである。


時々僕らは勝負をした。テストの点数や短距離走のタイム、大食い、早飲み、色々なことで競い合った。

結果、あれもこれも彼には敵うことはなかった。やっぱり君はすごいや、僕は笑いながらいつも彼にそう言った。彼はどこか寂しそうに笑った。

彼から勝負を挑んでくることは非常に少ない。なので、その日彼が僕に勝負を挑んだことには驚きを隠せなかった。

勝負と聞いた以上買わない話はないと身を乗り出して内容を耳に通す。

それが、"どちらが学校の屋上から先に飛び降りることが出来るか"なんていう物騒なものだとも知らずに。

"そんなのめちゃくちゃだろう!"と言うことも出来ただろう。しかし、その言葉を"売られた勝負は死んでも買う"という僕のポリシーが妨げた。

気づいた頃には僕達は二人揃って学校の屋上に立っていた。観客は無し。彼は僕に、怖い?と聞いてきた。負けず嫌いな僕は、まさか、と笑ってやった。

僕らの立っている位置は大体高校生の足一つ半。踏み外せば真っ逆さま。じりじりと緊迫感は増していく。怖くないなんてのは全くの嘘で、先程のは、どうしようもない意地だった。

考えるな、考えるな!僕が気にするべきことは目の前の勝負だけでいい! そう心に言い聞かせ、ついに目を瞑って意を決した。


目を開けると目の前には変わらない青空が広がっている。

足がすくんで、出かけた一歩は弧を描いて元の位置に戻ってきていた。僕の膝がケタケタと笑っている。僕の意気地無さを笑っているようだ。すっかり意気消沈してしまった僕は、その誰もいなくなった屋上から立ち去った。

彼は無惨な姿のまま病院に運ばれて間もなく死亡が確認された。


僕は今回もまた勝負に負けた。


それと同時に、僕は一番になったのだ。



その後、自殺という扱いで片付けられた今回の出来事だが、どうやら彼の部屋から遺書が見つかったという。筆跡も彼で間違いないらしかった。

"親友を一番にしてやりたかった"

一番意味が分からない文章に、一番涙を流して泣いた。

僕は永遠に、二番のままだ。

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僕が一番になった日 獺野志代 @cosy

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