愛するが故

薫風ひーろ

第1話

静かな夜だった。

月は満月で街の明かりが煌々と輝く夜景に更に明るく大きく我を照らしていた。

それが窓から差し込む光は

まるでスポットライト。

ひとり舞台に立たされたヒロインは正邪曲直を明らかにする

次のセリフを言うまで呼吸を整える。

静かなる観客達の息を潜める緊張した場面。


「でも、あたしじゃあないわ」


裏返る声を発した事により

ヒロインは舞台から居なくなり七滝かをりに戻る。

そうよ!

あたしじゃあない。

七滝かをりは冷静な頭で考える。


あたしじゃあないんだと思う。

だけど、感じるリアルな鉄の匂いと生温い液体。

あたしの口から滴るそれらの物。赤い血。

目の前に倒れている早沢まさるくん。


記憶が飛んだほんの5分。

あたし、早沢くんに何をした?


早沢まさると七滝かをりは恋人同士でありお付き合いを始めてもう一年ではあるが、

手を握ったのはいつだったかしら。キスは?

恋人同士なのにお互いの温もりを知らない。

純情児戯な恋愛関係を続けていた。それが今夜恋愛の進展がやっと訪れた。

映画を観て、お食事をして、綺麗な夜景が見える部屋でお泊まりする。これはどう言う事を指すのか二人は理解している。

かをりは朝から今の今まで心臓が飛び出しそうなドキドキが止まらず、鑑賞した映画の内容なんて頭に入ってなかったり、食事した美味しい味も覚えてない。

だけど、あたし達は良きムードに包まれていた。はず。

グラスに入った赤ワインを一口飲んだとたん、七滝かをりの記憶はあまり確かではなくなった。


それはアルコールに酔った訳ではなく、身体の深い底の方から熱く湧き上がる細胞の一つ一つが七滝かをりを変貌へと導いていく。

早沢まさるがシャワーを浴びている間

七滝かをりの身体は熱さで焼けそうだった。

喉が異様に乾く。


「我、此処に、戻らうとも、我は、贖うものなり」

自分ではない声が自分から発している。


「かをりん、出たよ」

早沢まさるの緊張した声を耳にした途端、

七滝かをりは早沢まさるの身体を押し倒し、首に噛み付いた。




ゴクリ。


喉の渇きが一先ず癒される。


ゴクリ、ゴクリ。


一口二口、早沢まさるの身体を吸い尽くす。


それは、キスとは程遠い血を吸う吸血鬼の姿。


愛する人の血を体内に吸収する事により

一つになる。

大切な人だから一滴残らずあたしの中に

取り入れてあげるわ。


そうよ、あたしは吸血鬼。

まだまだ渇いているの。

満月の夜、愛する人と一緒に過ごす夜は

お気をつけ下さい。

あたしは変貌する。

貴方のことを愛するが故の行為をお許し下さい











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愛するが故 薫風ひーろ @hi-ro-ko

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