紅葉の季節は早くに終わりを告げようとしている。今年の秋は短かった、そう思いながら足首を確認する。ぐりぐりと動かしても痛みはない。

 あれから二週間、しっかり治療に専念したおかげで完治した足首。これなら、もう登山をしても大丈夫。

 日曜日、晴天で登山日和。綺麗に洗ったザックと登山靴。荷物のチェックも終えて、いざ登山へ、と玄関へ向かう。すると、そこに母親がやって来て「まさか、また登山?」と言った。心配してくれているのだろう、顔に『行かないでほしい』という思いが見え隠れしている。しかし、自分にとって唯一の趣味で、唯一の――と、戸惑っていたなつめに、父親がリビングから顔を覗かせた。

「行って来い」

 その言葉に母親は「もうっ」と頬を膨らませた。そしてザック越しに背中を叩いて来る。

「気を付けてね」

 うん、と頷いたなつめはザックを背負い直して玄関扉に手を伸ばす。そして「行ってきます」と両親に微笑み、少しだけ驚いた顔をした二人を背に、二週間前と同じ道を辿る。


 あの日と同じ時刻、同じ電車、同じバス、そして――登山口には嵩地の姿があった。駆け寄ると嵩地はニカっと笑った。

「行けそうかい」

 力強く頷き、一緒に登山届を出す。そして嵩地とはそこで別れる。本当は、もちろん一緒に登りたいのだが、今回の登山はいつもの登山とは少し違う。先を行く嵩地を見送って、山を見上げる。その時だった。背後からやって来た女性グループ、その声には聞き覚えがあった。

「あれ? なつめじゃん!」

 大学の同期だ。ぞろぞろと、他の四人は知らないメンバーの五人組で登山の装備を身に纏っている。一応、彼女を含めたグループとなつめは行動を共にしてきた。この子が登山をしていたことは初めて知ったが、とくに驚きはなかった。好きなことをするのに、誰かに伝える必要はない。好きなことは好きなように。

「良かったら一緒に登らない?」と彼女は言って他のメンバーに確認を取ろうとする。それを見て、なつめは見えないように小さく拳を握る。大丈夫、と自分に言い聞かせる。

「ごめん! 今日は一人で登ろうって決めてるの!」

 加減が難しい、少し大声になってしまったが、なつめは勇気を振り絞ってそう言った。ぽかんとしていた五人組だったが、次第に表情が緩み出す。そして知り合いである彼女が代表するように言った。

「じゃあ、また今度、なつめが良ければ一緒に登ろ」

「……うん!」

 勇気を出せたよ、となつめは静かに心の中で報告する。手を振って、彼女達五人組が山へ向かって歩き出す。今はまだ、未定の約束でも、いつかきっと一緒に登ることができたら――その時はきっと、もう少し変われた自分を見せられるはず。そのためにも。

「ふー……」

 大きく深呼吸をして、一度リタイアした山を今一度見上げる。周囲に人が居ないことを確認して、いざ行かんリベンジ登山。今日こそは登り切って見せる。嵩地の声量とまではいかないが、頂上を指差して腹の底から、今までの自分と違うところを見せつけるように言う。

「――覚悟しなさい」

 山がどよめいたような気がして、思わず一人で笑う。

 最初の一歩を、なつめは力強く踏み出す。


 さあ、道標を探して、目指すは頂上だ。



『道標、その先へ』了

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道標、その先へ 黛惣介 @mayuzumi__sousuke

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