突然の大声に、なつめの目元から無意識の内に涙がぽろん、とこぼれ落ちる。満足そうな顔をして、嵩地は最後にニカっと笑う。

「なつめちゃん、今の気持ちは、次のきみの背中を押してくれる。過去のきみは必ず今のきみを支えてくれる。自分のペースで自分らしく生きなよ、なつめちゃん。頼りたいときは俺でもいいし、お父さんでもお母さんでもいい、頼って良いんだ。そして諦めない限りきっと、きみが思う頂上までの道標が見えてくるから」

 ――心の奥にたまっていた何かが、崩れて消えていくような気がした。木漏れ日が差し込み始め、辺り一帯が煌めく。宝石を誰かがこぼしてしまったかのような煌めきの中、にこやかに笑う嵩地を見上げて、身体がすっと軽くなる――ずっと自己否定ばかりしてきた。自分に合っていないとわかっていながら合わせようとして、合わせ切れていない自分を責めてきた。

 今からでも間に合うだろうか、訊ねたくなった。

 あなたは背中を押してくれるのだろうか

 私のことを支えてくれるのだろうか

 今更だけれども、こんな私でも

 変われるだろうか

 どこからも声はしないけれど、涙は途切れることなく流れ落ちているけれど――ほんのりと笑っている自分に、なつめは優しくありたいと思った。自分を大切にしたいと思った。自分を大切にすることで、家族や嵩地に恩返しができるように思えたのだ。

「危ないから、一緒に下山するよ」言いながら、嵩地はなつめのザックを手に取る。「傾斜が緩やかになったら背負うよ。それまで我慢できるかい?」

 きっと、ついさっきまでの自分であれば断っただろう。頷き、痛みを堪えながら立ち上がる。ザック二つを背負いながら、嵩地は丁寧になつめをリードしながら下山し始める。下山中、彼は「いつかまた、一緒に登ろうよ」と誘ってくれた。足手まといで、会話もろくにできないこんな私でもよければ――なんてことは言わない。自分を否定するのは、もう辞めだ。

 踏みしめる紅葉、降り注ぐ木漏れ日、山粧(よそお)う山々の心温まる景色。木枝が揺れて山道に影が躍る中、頷き、なつめは「はい」と答えた。


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