ふと、嵩地は頂上のある上方へ顔を向ける。灰色の雲が、薄くなっていくのがわかった。

「早く登るだけが登山じゃない。高い場所へ向かうだけが登山じゃない。自分のペースで、誰でもない、自分自身を一歩一歩確認しながら、見つめ直しながら、軌跡を残していくもの。俺はそう解釈した。だから俺は無理をするのを辞めた。あの日以降、俺は自分を偽るのを辞めた。受け入れてもらえなくても、これが俺だって言えるように、努力した。認めてもらえるようにね」

 ニッと笑って、嵩地は「実はね」と切り出す。

「なつめちゃんのお父さんに、先週だったかな? 初めて相談されたんだ。歳が近いからって、なつめちゃんのことで相談を受けた」

 お父さんが私に? なつめは目を点にして首を傾げる。何か困らせるようなことをしてしまったのだろうか、心配になったなつめは前のめりになって耳を傾けた。

「最近、なつめちゃんの元気がないって、昔から慣れない友達付き合いに苦しんでいるように思えるって……ごめんね、こういうのを当人に話すのは間違っているかもしれない」

 小刻みに顔を振る。そんなことはない、むしろ父親が自分のことで頭を悩ませてしまっていることを知れて良かったぐらいだ。まさか、自分の悩みが父親にとっての悩みになってしまっているとは、思いもしなかった。それに――何より、見抜かれていたことに、驚いたのだ。

「でも、今日会ったのは本当に偶然だったんだ。だから、最初は一緒に登ろうと思った。前にみたいに……でも、登山口で断られちゃった」

 苦笑する嵩地に、なつめも苦笑する――登山口で、なつめは嵩地と会っていた。それもタイミング的にまったく同じ、登山届を記入していた時に互いの存在に気付いたのだ。どうせ足も遅い、休憩ばかりで迷惑をかけるだろうと一緒に登ることはしなかった。顔を左右に振って断った時は、自分を責めたくなった。自分の思いとは真逆のことをしていることに腹が立ったのだ。

「気にしないで。一人で登りたい時があることも、わかるから」

 言いたいことを汲み取ってくれる嵩地の優しさに涙が溢れそうになる。ごめんなさい、その一言すらやっぱり口から出てくれない。その煩わしさに瞳が潤む。

「でも……無理したら駄目だよ、なつめちゃん。登山も、人生も。無理をすることと、頑張ることは違うんだ。途中でリタイアしたっていい。誰かに助けてもらったっていい。負けるかってリベンジしてやればいいんだ。リセットはできなくてもリベンジは何度だってできる。でも、一度リタイアしても諦めない気持ちを持ち続けないといけないよ。それが成し得たいことなら尚更ね」

 すると――嵩地は突然声を大にして叫んだ。

「次は登り切ってやるから、覚悟して待ってろよ!」


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