猫ワガママを言う3
かばんさんという人物は。
ヒトのフレンズである。
力は弱く足も遅い、無論鳥のように空は飛べないし泳ぐのが得意というわけでもない。
でもとても頭がいい。
知識も豊富で知恵が回り発想力も他のフレンズと比べると飛び抜けていた。
性格は温厚で困っている子を放っておけない優しいフレンズ、現在は数人を引き連れてゴコクの方へ旅立った。
そう聞いている…。
そして今俺の目の前にいるお姉さん、彼女こそがそのかばんさんだと言うのだ。
「私に用があったの?なら丁度良かった、うちまで一緒に行こう?乗って?」
話を続けるうちにわかったことだ、博士助手と共に暮らしているらしいイエイヌさんの言っていた“あの子”というのが、まさにこのかばんさんだったのだ。
つまり、このまま着いていけば博士達の元へ帰れる?いや、どーも“帰れる”って気がしない。
「シロくん… って呼んでいいかな?どうしてこんなとこに?二人とはいつ知り合ったの?」
バスが出発して軽快に走り抜けている最中にも彼女とは少し話していた、身の上話というほどではないがお互いパークでは珍しい存在なので、彼女も俺の素性をある程度知っておきたかったんだろうと思う。
と敢えて変な言い回しをしてみるが、要はせっかく知り合ったのだから相手のことを聞くってただそれだけのことだろう。
隠す理由もないので彼女の問いに正直に答えた。
が、一応ハーフであることは隠しておく。
「昨日目が覚めたら森の中にいて、帰ろうとしてたら例のビーストに会いました、イエイヌさんが助けてくれたから一緒に逃げて一晩泊めてもらって、それで今に至ります」
「そう、無事でよかった… そういうことならうちに行くより君の家に送るのがいいかな?帰り道はわかる?」
「それがなんかおかしくて… 二人がいるのってジャパリ図書館ですよね?俺もそこに住んでたんですけど、でも二人はかばんさんのとこにいるみたいだし」
「図書館…?」
この時の俺にはさっぱり理解できていなかったが、かばんさんはこの瞬間に答えを出していたのかもしれない。
「とりあえず、うちに行こうか?二人にも会わせてあげる」
「ありがとうございます!」
「会ってみたらわかると思うけど、気を落とさないでね?でもその時ある程度の結論が出せると思うから…」
彼女の言う、結論。
おかしいのは俺も分かってた、でももっと単純なことだと思っていたんだ。
例えば寝ている間に博士達にイタズラされたとか、何かしらの理由で図書館から出なくてはならなくて途中で落とされたとか。
でも彼女の言う通り、目の前の現実は少々残酷なものであった。
かばんさんの家は大きな塀で囲まれていて門が自動で開く立派なものであった。
「ここが私のおうち、バスをガレージに置いてくるからここで少し待ってて?」
しかもガレージ付きである。
そう、ガレージだ。
いいなぁ~!何ここ!?何々ここ!?光子力研究所みたい!カッコいい!プールは!?プールの下にロボットいるんだろ!?俺知ってんだ!←知らない
流石英雄かばんさんは格が違う、とそう思った。
彼女は俺なんかと比べるとヒトとしてのレベルが根本的に高い、ハイスペックだ。
しかも美人、あの頼りになりそうなお姉さん感はライオン姉さんとはまた別の頼り甲斐がある。
言うなれば姉はおおらかでなんでも許してくれそうで、かばんさんはフォローが上手くて改善点を丁寧に指摘してくれそうという感じ。
とこのようにテンションが上がっていたのだがよく考えてみてくれ俺よ?
「…」
黙って辺りを見回してみたが、これはとても妙だ。
俺だって一応島を一週してるんだ、だからこんなでかいところ見逃すはずがない。
来たことがないだけならまだわかるが、こんなとこ見逃すだろうか?
だとしたらここはどこなんだ?
「お待たせ?さぁ入って?」
好奇心と違和感の混ざりあった奇妙な感覚を感じたまま中に連れられた。
すぐにリビングみたいなところへ案内されて、彼女はとても住み慣れた感じで帽子を掛けたり腕時計みたいなやつを引き出しに放り込む。
ぼーっと立ち竦む俺を座るように促し、テーブルを挟んで向かい合わせにイスに腰掛けた。
「さてと… なにから話そうか?聞きたいことはたくさんあると思うけど」
たくさんあるとも、あなたはなぜここに?一緒に旅にでた仲間は?ビーストって結局なんなの?博士と助手は?いるとしたら図書館はどうした?そもそもここはどこ?
キョウシュウじゃない。
明らかに違うのはわかる、俺に何が起きてるんだ?
「混乱するよね?話しててわかったけど、君はあの島から来たみたいだね?だから二人が図書館にいたことも知ってた」
「博士と助手、いるんですよね?」
「うん」
彼女が頷いた時、まるで狙ったようなタイミングで二人の鳥フレンズは現れた。
何故だかその姿に妙に安心感を覚えたものだ、すっかり顔馴染みのフクロウ二人はお盆に紅茶を乗せてこちらまで歩いてきた。
「かばん、おかえりなさいなのです」
「ビーストによる被害はどうでした?」
「何でもないみたい… それより二人にお客さんだよ?」
嘘でしょ?あの博士と助手がお茶出ししてる… そっくりな別人?でも喋り方まで一緒だし何より二人一緒にいるなんてあの二人以外にありえないんじゃ?
「我々にですか?」
「誰なのです?」
「シロくんだよ?この子は二人のこと知ってるみたいだけど、その様子だと初対面なんだね?やっぱり…」
二人は紛れもなくアフリカオオコノハズクの博士とワシミミズクの助手。
でも、俺のことは知らない。
「よくわかりませんが… どーも、かばんの助手をしているアフリカオオコノハズクの博士です」
「そして、かばんの助手の博士の助手をしているワシミミズクです」
「あ… シロです、初め… まして?」
かばんさんの助手?長の仕事は?
俺今どこにいるんだ?二人はなんで俺のこと知らないんだ?
いよいよわからなくなった俺は目の前の現実に頭を抱えるしかなかった。
「落ち着いてシロくん?二人とも、この子にも紅茶を出してあげてくれる?」
「もう淹れているのです」
「これでも飲んで落ち着くのです」
頭を抱える俺の前に紅茶が置かれたが、正直今飲んだところで大してリラックスはできなさそうだ。試しに口をつけてみるが冷静に味を楽しめるほど今の俺に余裕はない。
「二人とも、俺のこと本当にわからない?シロだよ?」
「知らないのです」
「初対面なのです」
「シロって名前、二人がくれたんだよ?白いからって」
「我々がそんな安易な名前を付けるはずがないのです!」
「もっとちゃんとしたのを考えるはずなのです、賢いので」
間違いなく二人だけど違う、俺の知ってる二人じゃない?本人だけど本人じゃないんだ… こんなことあるか?
俺は何も言えなくなり、ただひたすらこの状況に混乱するばかりだ。
二人が二人であって二人でないとするならば、俺の帰る場所は?ここはどこなんだ?そもそも俺はなんなの?
「大丈夫?辛いだろうけど、これは現実なんだよ?多分何かの手違いで本来来れないとこに来ちゃったんだね、気が済むまでここに住んでもいいから落ち着いたらまたいろいろ聞かせて?」
「はい…」
疲れているだろうとかばんさんから少し眠ることを勧められると、ベッドがいくつか並ぶ綺麗な部屋に案内された。
突然のことだったし図書館では眠っていたので当然ではあるんだが、俺には荷物という荷物は無く手ぶらのままあの森にいた。
だから上に着ていたシャツを脱ぎ適当に放るとただそれだけ、それだけ終えると横になり目を閉じた。
多分疲れているというより昨日大して眠れなかったせいだが、遠慮無く布団に倒れ込むと俺はそのまま深い眠りに落ちてしまった。
…
この時俺はいろんな不安で頭がごっちゃになっていた。
自分を知る人が誰もいないであろう世界。
今の俺は、帰るはずもないヒトを笑顔で待ち続けるイエイヌさんとそう変わらない、誰も知らない存在として帰る場所を失ったのだから。
尤も彼女と違うところは必ずしも帰れないと決まったわけではないというとこだが。
答えがほぼ出ていることを自覚している分マシと考えるべきか、何も知らないで過ごすことができる彼女がマシと考えるべきか… いや、イエイヌさんも本当はわかっているのかもしれない。
わかっているのに、まだその小さな光に希望を見出だせる強いフレンズなのかもしれない。
でも俺が一番恐れているのは帰れるかどうかではない。
ビースト…。
フレンズになれなかった狂暴な獣。
…と、後から詳しい説明を受けた。
フレンズでありながら心を失い、セルリアンだろうがフレンズだろうが誰彼構わず襲い掛かる彼女。
まるで腫れ物のような扱いを受けるビーストに対し、始めは俺も単に危ないヤツなんだと恐れを抱いていた。
だがあることに気付いた、自我を失い獣同然に暴れまわるビースト。
これは俺の野生解放と同じじゃないか?
単に下手なだけとか、慣れてないとか、楽観的にも考えていた。
でもそのせいで小さい頃怪我もさせたし、危険な生き物だと迫害を受けてきた。
加えてパークに来てからは野生解放すると酷く落ち着きが無くなる、思考も攻撃的になっていくのがわかるし現に地下迷宮でセルリアンを倒した時はほぼ意識が消えて一心不乱にセルリアンを倒していた。
限界が訪れたからそのまま倒れ込んだものの、暴れ足りなかったらツチノコちゃんやスナネコちゃんにも襲い掛かってたということだ。
フレンズになれなかった獣… ビースト。
そういう意味で言うのなら、俺は?
俺もビースト?
…
あれから数日経った、俺はまだ帰ることができないのでかばんさんの手伝いとか家事を引き受けて住まわせてもらっている。
「ありがとう、助かるよ?」
なんて笑顔で言われると、なんだかくすぐったい。
そう感じている間は不安も少し薄れるので俺自身率先して仕事をこなしているつもりではいる。
そしてそうしているうちにやがて居心地が良くなってきた。
変な話、博士達の扱いはわりと慣れているしかばんさんはしっかりしているのであまり困ることも少ない、強いて言うなら女所帯に男が一人なので洗濯だけは任せるしかないというところだ。まぁそれは元の場所にいても変わらないのだけど。
そんな日々を過ごし、ビーストとの接触も無く不安も薄れてきた頃だ、俺はあることを思い付いたのだ。
「かばんさん?イエイヌさんにもここに来てもらいませんか?」
そう、帰らぬヒトを孤独に待ち続けるイエイヌさんもここに率いれるのだ。
だってそうだろう?かばんさんはヒトだし、俺だって半分はそうなんだ。
彼女の望むヒトとは違うが寂しく一人で待つことなんてない、みんなで家族みたいに賑やかに暮らせばいいんだ。
そう思っての提案だった。
けど…。
「あの子がそう言ったの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど…」
「なら必要ないよ、そっとしておいてあげて?」
かばんさんはそれを拒否した。
意外… と思ったのは俺の勝手な彼女へのイメージ故だろうか?「それ私も思ってた」くらいのことを言われると期待していたせいでもある。
とにかく、どこか冷たくそう言い放つとまた何か書き物に集中し始めた。
なんだよそれ、なんか納得がいかない。
「あの、なんか冷たくないですか?なんでそんな態度を?」
「言われなかった?“あなたは違うみたい”って、あの子が求めているのは私達じゃない
ヒトなら誰でもいいように見えたかもしれないけれど、あの子が待ち望んでいるのは帰ってきてくれるヒト… あのおうちに帰って一緒にいてくれるヒトだよ?既に住むところのある私でも本当に帰るべき場所がある君でもない」
確かに彼女には言われたし、あなたの言っている意味もわかる。
でもなにもそんな切り捨てるみたいな言い方しなくてもいいんじゃないかとも思った。
少しムキになってしまった俺は散々世話になっているかばんさんに反論に反論を重ねていってしまった。
「確かに言われたし違うんだろうけど、寂しがってることに変わりはないじゃないですか?じゃあせめて一緒に待ってあげるとか!」
「こうも言ってなかった?“この場所を守るために留守番をしてる”って…」
言ってたさ、言ってたけどさ!
そう思うとつい力が入り拳を握り締めていた。
「あそこに留まることはあの子自身が選択したこと、私だってビーストが出没しやすいあの近辺に一人置いていくのは危険だと思って一度誘いはした、だけどそれでもあの子はあそこに居ることを選んだ… もしただ意地を張っているだけならとっくにここに居ると思わない?私はそう思う」
「かばんさん… 思ってたより冷たいんですね?」
「…そうかもね」
そうかもねって…!
だんだんこの人が何を考えてるのかわからなくなってきた。
俺がみんなから聞いてきたかばんさんは優しい人だと思ってたし、実際親身になってくれる優しい人だった。
でも、なんだよそれ?他人は他人だって言いたいのか?この人は腹の中でなに考えてんだ?
「気持ちはわかるけど、優しさがいつも相手にとって良いこととは限らないんだよ?とにかく、あの子自身が望まない限りはこちらから何かするつもりはない、たまに様子を見に行くくらいはするけど…」
俺はこの日からかばんさんに対し少し不信感を覚えていった。
それからまた数日経ったある日のことだ、溜まった不信感が俺の中で不安に変わり、その答えをハッキリさせるためにまた彼女の部屋を訪れ、尋ねた。
「一個、聞いてもいいですか…?」
「なに?」
相変わらず淡々と何か書き記している、今こうして見てみるとなぜだかとても冷酷な目しているように見えてしまう。
この数日で俺なりにビーストについて考えていたんだ、自分のことと重ねてみて… そして最終的に出した答えがある。
理想に過ぎないし綺麗事だと思う、けどこうなったらどんなに素晴らしいかって思うし結果的にそれは俺の今後の在り方に繋がる。
「ビーストのこと、かばんさんは最終的にどうしたいんですか?」
質問としては残酷なものだろう。
要は生かすか殺すかって聞いてんだから。
「君はどう思うの?」
質問を返してくる彼女に対し正直な意見を述べようと思う。
何故ならこれを押し通さないと俺が結局孤独になるしかないからだ。
「受け入れたいです、姿がフレンズなら何かしらの方法で意志疎通ができるはずだし、そしたらみんなは友達だよって教えてやれます!」
「どうやって?」
「わかりません!でも話せばわかるはずです!ビーストだなんて呼んでるけど、フレンズと何が違うんですか?ただ不器用なだけじゃないですか?」
俺の言葉を聞くと彼女は一度目を閉じ黙り込んだ、そして小さく息を吐きもう一度その目を開くと俺の目をじっと見ながら答えた。
「どうにもならないことも… あるんだよ?」
諦めてんのかよ… 最初っから!
「私は… あまりにフレンズ達に被害が及ぶようならその時は何か手を打たないとってずっと考えてる、理想は確かに君の言う通りだけどね?」
「…そうかい!」
そうか、よくわかったよ…。
のけものはいるって言いたいんだな?このパークにも?
あんたの言いたいことも俺はわかってるさ?でもイエイヌさんにしたってビーストにしたって聞かなきゃわかんないことだってあるだろ!
俺はあんたなら!あんたならなんとかできるんじゃないかって思っていつか正体を明かすつもりだったのに!ありのままの自分としてあんたと向き合おうと思ってたのに!
怒りが込み上げると俺の体は変化を始める… 怒りと共に外に出ようとするそれを抑えきれず、両目には野生の輝きを灯し髪が伸び、耳や尻尾が発現する。
「シロくん!?君その姿は…」
「お世話になりました!俺は出ていきます!でも、あんたの言葉を借りるなら俺のこともさっさと手を打った方がいいぞ!早くしないとビーストになっちまうだろうからなぁ!」
俺はそのまま彼女の家を飛び出した。
走って走って走って走って…。
最初に彼女達に出会った森までまっすぐ。
存在を全否定された気分だった、俺はフレンズになんかなれない。
半端なフレンズとして生まれた俺はみんなと同じとこにはいられないって。
ビーストになって傷付けることしかできないんだって…。
いや、なんとかなる…。
なんとかするんだ。
証明してやる!
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