猫はしばしば夢を見る③
決着…。
壮絶なる戦いの末俺は勝利を掴んだ、が残念ながらまったく嬉しくはない。
ただ後悔もしていない、必要な勝利だったのでああいう手段に出ただけだ。
どうしても勝たなくてはならなかった、例えどんな手を使ってでも勝たなくてはならなかった。
それくらい俺は本気だったし、これまで座右の銘みたいに拘り続けた理想のヒーロー像… それすら容易く打ち砕くほどに今回の勝負の勝利には貪欲だった。
ズタボロになってしまったスザク様を見て胸が痛むのは、勝つことに拘り続けてもそれでもまだ俺が人として… いやフレンズとしての心を失っていないということだと思う、いやそう思いたいだけかもしれない。
さぁ、もう引き返せないぞ。
体内からは… カチッ カチッ と時計が時を刻むような音や感覚を感じている、これは化身の姿を解いても俺の体にはまだ彼の力が残っていることを意味している。
この音が俺を焦らせる。
時間が勿体無い、さっさとやるんだ。
俺は三つの光の珠を生み出した、サッカーボールくらいの大きさだがサンドスターの密度がまるで違う。
俺はそれを東と西、そして北の方へそれぞれ飛ばしていき、そこに設置される残り三枚の四神の石板に触れさせた。
強い輝きと共に、光柱が火口の三方向から天に向かい聳え立つ。
…
「スザク、起きなさい」
眠る彼女の耳に懐かしい声が響き渡る、その声は悪態でもつくようにツンとして少しだけ不機嫌そうな声、だがとても綺麗な声。
「傷は癒えておる、起きんか?」
また聞こえてきた、次も彼女の耳に懐かしい声だった… それはまるで少女のようだが力強く態度のでかそうな話し方で彼女に語りかけていた。
「さぁ目を覚ませ、わしらがこうして顔を合わせるなど二度と無いとさえ思うていたのだがな…」
まだ聞こえる… やはりその声も彼女にとって懐かしい声だった
静かで貫禄がある、だが彼女からしてみればそれはただの年寄り臭い話し方で…。
「…」
ゆっくりと目を開けた時、三人のフレンズと一人の男がスザクの目に映り込んだ。
「おはようございます」
白髪の男には猫耳と尻尾があり、瞳の奥で歯車が… カチッ カチッ とゆっくり時刻むように動いているのが見える。
目覚めた時挨拶をしてきた彼の顔に笑顔はなくまるで能面のように無表情だったが、どこか悲しみを秘めているようにも見えた。
そして…。
「お前達…」
そこにいる三人のフレンズ、勿論ただのフレンズではない。
もう、あれから何年経ったのだろうか?異変と共に石板になりその長い時を眠って過ごしていたフレンズ達。
一人は全体的に青く、竜のような尾を持っていた。
もう一人は白く、左右で違う瞳を持った猫のようなフレンズだった。
そしてもう一人は黒が目立ち、亀の甲羅のような衣服と蛇のような尾を持っていた。
スザクを含めたこの四人…。
彼女達こそ、四神。
「セイリュウ、ビャッコ、ゲンブ…」
「えぇ」「あぁ」「うむ」
この日、シロの力により四神は長い時を経て再びこの世に現れた。
およそ数十年ぶりになる四神達の再会。
四人はこの再会に感動して涙を流したり、久しく会った友人達のように肩を組んで大きく笑いあったりもしないが、その逆という訳でもない。
彼女達には彼女達が再会したときの感情というものがあり、それはまるで数年ぶりに会った友人のはずなのについ昨日まで一緒にいたかのように普通に会話を始めてしまうような… それに似た感情だったのかもしれない。
何十年も先に再フレンズ化してしまい、それからずっと一人で過ごしてきたスザク、彼女はやっと三人に会うことができた。
「事情は彼から聞いているわ」
「だがにわかに信じ難くてな?お前の口からも聞かないと判断できんのだ」
「教えてくれぬか?奴が本当のことを言っておるのかどうか」
シロ… まるで別人のようなオーラを放ち冷淡と彼女達を眺めている。
彼はスザクが気を失っている間に既に彼女達との対談を済ませていた。
自分ならフィルターを一人で維持できるので、どうかそのお力をお貸しください。
スザク様からの条件、彼女を倒すことは先ほど達成しました、突然起こしてしまい信じるに値しないかと思いますがどうかお力を与えていただけませんか?
あなた達を解放し自分が一人でフィルターを張ります。
彼はそう四神に話したが、やはり簡単には信じてはもらえずスザクの覚醒を待った。
目を覚ましそんな彼を見るなり、スザクにはすぐに怒りが湧いてきた。
「シロ貴様ぁ!!!」
三人を押し退け彼の前に立ち、そのまま大きく右手を振りかぶると彼の頬へ。
ピシャンッ!
という音が、ここサンドスター火山に響き渡った。
殴る方も心が痛い… というのがよく表れている光景だった、彼女はなにも彼が憎い訳でないのだから。
スザクは自然に溢れ出したその涙を拭うこともなく、彼に一方的に怒号を浴びせた。
「よくも…!よくもあんな卑劣な真似ができたな!あんなことをしておいて、よくそんな平然とした表情でいられるな!なぜあんなことを!?火口にはセーバルがおるのじゃぞ!まともにあれが落ちていれば三人の石板だって砕けていた!それがわからないお前ではないじゃろうッ!!!答えろ!何故あんなことを…ッ!」
シロは
彼は答えた。
「あぁすればあなたは火口を庇い確実に当たると思ったからです、そして当たってしまえば確実に勝てることもわかっていました
そして予想通りあなたはそれを全て受け止めて力尽きた、勝つために手段を選ばなかっただけです」
「そこまでして… そこまでして勝って何になると言うんじゃ!」
「決まってるでしょ、あなたを救える」
「…」
彼は真剣だった… 自分のしたことなど当たり前に全て理解している、卑劣で最低な方法を使い勝ったということもわかっている。
それでもその方法をとったのはそこまでする必要があったからだ、だから彼は躊躇もしなかった、これはある意味では彼女への絶対的な信頼とも言える。
スザク様なら守ってくれる、だから遠慮なく撃ち込めると…。
だから。
「あなたや残り三人の四神、そしてセーバルちゃんも… あなたに勝てばみんな救えるんですよ、いいですかスザク様?俺はあなた達を救えるなら鬼にも悪魔にもなってやる!ヒーローとして救うことができないならヒーローである必要なんてない!そして俺はあなたに勝ったんだ、約束通りフィルターは俺に任せて自由になってもらいます!」
スザクは泣き崩れた。
その理由は、己の無力さ…。
本気で戦い敗北した、それはつまり彼を止めることができなかったということ。
止めることもできず、勝つためにあのような決断をさせることになってしまったことへの罪悪感。
「すまぬ… すまぬシロ…」
自分は無力な神だ、一人の男の犠牲を止めることもできないなど…。
彼女の心はそれでいっぱいになり、神としてではなく一人のフレンズとしてただただ泣くことしかできなかった。
そしてその姿を見た三人。
セイリュウ、ビャッコ、ゲンブにも既に彼の説明は不要だった。
三人は、スザクが彼に対しここまで感情を露にしてしまうということは、彼がその実力以上にかなりの徳を積んだ存在なのだろうと感じていた。
スザクは四神の中でも甘い方だが、決して誰でも無条件で助けるわけではない。
四神は認めた者にしか力を貸さず、試練を与えその力と心を試す。
にも関わらず、スザクにここまで言わせる彼を見れば三人が認めない理由などない。
「今回の試練はスザクを超えること… そしてあなたが勝てばフィルターの役割を私達の代わりにあなた一人で担う… これで合ってるかしら?」
「はい、間違いありません」
水のように美しい青い髪を2つ縛りにした四神、セイリュウは尋ねた。
それに続き。
「再度聞こう、そのようなことが可能なのか?四神全ての力をその身1つで受け入れる、そんなことが…」
「可能です、それが俺の体質なんです」
少女のような姿でありながら嵐のような威圧感を放つ四神、ビャッコもその疑問を再度尋ねた。
そして最後の一人。
「さらにセーバルも救うのだろう?我等四神が力を合わせた上に一人の尊い犠牲を払うことになったフィルターぞ?それをたった一人で維持するなど…」
「できます… だから皆さんを復活させた、これは俺にしかできません、だから…」
堂々たる態度、黒き衣に身を包む四神、ゲンブも到底信じることができない事実に疑問をなげた。
疑うのは当然だ、しかしそれは彼の心を疑っているわけではない。
三人はそんな都合の良い話があるのか?と聞いているのではない、スザクが認める程の男… とは言えたった一人の力でそんなことが可能なのだろうか?その時彼はどうなってしまう?という疑問だった。
スザクに認められているのなら彼の言葉には嘘はないのだろう、しかしそれでもあまりに彼のやろうとしてることは無茶にしか聞こえない。
故に信じきることができない三人、そんな彼女達を見て彼女… スザクは言った。
「お前達、力を与えてやってくれ」
まだ涙が止まることはないが、スザクは三人を説得するように力を与えることを促した。
「こいつは一度やると決めたら、本当に我を倒すまでに至った… 中途半端な気持ちや根拠のない自信で言っているのだとしたら混血のこいつが我に勝つことなどあり得ぬ、だが勝ったのなら認めざるを得ないじゃろう?よくわからんがあれから何十年も過ぎたのじゃ… こういうことができるヤツが現れてもおかしくはあるまい、違うか?」
もう、スザクが彼を止めることはなかった。
約束通り役割を譲り、三人の説得も手伝うことにしたのだ。
無論心苦しいことに変わりはないが、負けてしまった以上彼女は彼の気持ちを素直に受け取り火山から離れることを既に決意していた、そしてスザクのその一言により彼の意思は四神全ての心に伝わった。
「わかった… 仕方ないわね?今回はスザクに免じて信じてあげる、では混血の方こちらへ?このセイリュウの清き水の力を受け取りなさい」
まずはセイリュウ。
彼女は彼を水で包みこむが、不思議と苦しくはない… やがてその水は彼の体に一斉に流れ込んでいき、それが済むとスザクの時と同じく今度は右肩にセイリュウの紋章が刻まれた。
「済んだわ、せいぜいやってみるのね?」
「ありがとうございます、汚れた心が洗われるようです」
「では、次は私の番だ… このビャッコの疾風の恩恵をその身に刻むが良い!」
次にビャッコ。
彼の周りに激しい風が渦巻いた、しかしその風はとても優しく彼を安心させるものだった… やがて同じようにその風は彼の体へ取り込まれていき、セイリュウと対になるように左肩にビャッコの紋章が刻まれた。
「よしできたぞ?同じ白き者としてよろしく頼む」
「ありがとうございます、邪念が吹き飛んでいった気持ちです」
「では、最後はわしか… このゲンブの力、大地の護りをそなたに授けよう」
最後にゲンブ。
砂嵐のようなものが彼の周りを包み込んだ、それは全身に纏うように彼の身体に溶け込んでいき… 最後に背中にはゲンブの紋章が刻まれた。
「その力が、そなたに降りかかる厄災を祓うだろう」。
「ありがとうございます、まるで母に抱かれている子供のように安心感を得ています」
神格化した彼の肉体は四神の力を全て受け入れることができた、これでついに準備は整ったのだ。
「シロよ…」
最後にスザクは再び彼の前に立った、未だに潤んだままのその瞳と、時を刻む歯車が映り込む彼の瞳が交差する。
「いつか… いつになるかわからんが、今度は我がお前を救ってやる!嫌とは言わせんぞ!良いな!」
「はい、その時はまた… 何か作らせてください?宴会でもしましょうか?」
「言ったな?男に二言はない、そうじゃろう?」
「勿論です… では、いってきます」
彼は火口へ歩き出した、復活した四神達に見守られながら堂々とした態度でまっすぐ火口へ向かった。
一度立ち止まり、天高く聳え立つサンドスターの結晶を眺めながら心の中で呟いていた。
待たせたね?君に初めて会ったとき、なんとか助けたいって漠然とだけどずっと思ってた… だから今、助けてあげるからね?
君はまたみんなと暮らすんだ、美味しいものたくさん食べて幸せになって、そんな風に一生を終えるんだよ君は?
だから待っててセーバルちゃん、今助けるから!
このあと彼が振り向き四神の方へ目を向けることはなかった、それは振り向くことで未練を感じてしまうから。
だから一切後ろに目を向けず、ただ前だけを見て…。
彼は火口へ…。
…
「シロさん!」
その時、誰かが彼の名を呼んだ
その声は耳にとても聞き馴染んだ声で、彼を引き止めるのに最も効果的なものだった。
その声を聞いた彼は火口へ飛び込むのを一旦やめて当たり前みたいに振り向いてしまった。
するとそこにはいた、今一番彼を引き止めてしまう人。
一番会いたくて、一番会いたくなかった人。
「かばんちゃん… なんで?」
「なんで!なんでいつも黙って行っちゃうんですか!僕の気持ちも考えてください!どうしていつも僕のこと一人にするんですか!」
復活した四神なんて気にも止めず、その四人を押し退けて突如妻は現れた。
俺は彼女に何も伝えていない、戦いに気付いて登ってきたとしても間に合うはずがないんだ…。
一体どうやって?
どうして来てしまったんだ?
帰る訳にはいかないのに。
帰りたくなっちゃうじゃないか?
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