猫はしばしば夢を見る④

「どうしてここが?」


「わかりません、急にそう思ったんです… シロさんは火山に行ってそのまま帰ることはないって」


 なぜだ?予知か?


 いや、知っている理由には弱い気がする。


 俺は彼女に本当に何も告げていないし、相談すらしていない。

 分かりやすい俺だが普段から意識して隠していたつもりだ、でも俺の様子がおかしいと感じていたとしてもそれが理由でここに都合よく間に合うだろうか?


 もし予知で見てるとしても、彼女の予知は彼女の視界で起きることしか見えないはずだ。

 つまり遠く離れた彼女の知り得ない情報は見えない、見るとしたら翌朝俺が隣から消えている光景だとか、先程の戦いの光景を家から眺めて急いで向かう光景だとかになるはず。


 いずれも間に合うことはない。


 例えば、俺が火山で戦ってるところを彼女が見るには彼女はそもそも戦うことを知っていて同伴してくる予定だったとかそういう条件が必要になる、知らされていない以上その時彼女が見るのは勝負の結果という未来。


 故に、俺が火山に行くことすら知り得ない彼女には勝負の過程は見えず、駆けつけたその時俺はフィルターになっている。


 知ろうが知るまいが間違いなく手遅れになるのは確かだ、何が理由にそうなるのかわからない彼女にはどうにもできない。


 でも彼女はいる、まるで始めから知っていたみたいにここに来てしまった。


「シロさんがスザク様を倒して、フィルターになるって…」


「全部知っているんだね」


「どうしてそんなことを?どうして…?」


 妻の悲しむ顔が俺の胸を締め付けている、今俺を引き止めるのに一番効果的なのが妻だ… 妻が泣きながら「行っちゃやだ」って言えば、俺はそのまま連れて帰られてしまいそうだ。


 なぜだ… このことを知ってるのは他に。


 なるほどそうかわかったぞ!


「コクトだな?君に告げ口したのは?」


「え?誰ですか?」


 知らないか、当然だろう。


 彼は彼女に名乗らないし姿も擬態してた、メッセージだけ伝えるなら必要ないもんな。


 誰に向かうでもない… 目の前にいる妻に言うわけでもない、辺りを大きく見回しながら俺は叫んだ。


「コクト!見てるんだろ!妻に話したな!余計なことを…!なんのつもりだ!」


 しんと静まり、風が頬の横を過ぎていく。


 妻も四神も急に知らない名を叫ぶ俺に不思議そうな目を向けていた。


「くそ!やってくれるな!」


 そして彼は返事をしない、やられた… 妻の試練の続きでもしようというのか?味な真似をしてくれるじゃないか。


 彼のことは諦めて再び妻と向き合った。


「まさかもう勝負は着いたんですか?ボロボロじゃないですか…?」


「うん」


「でも、勝ってしまったんですね?」


「うん…」


 来たときから、妻は既に泣いていた。


 多分コクトの声を聞いて隣に俺がいないって気付いた時からずっと泣きっぱなしなんだろう、その足でずいぶん走らせただろう。


 俺もズタボロになったが、妻だって己の足でこんなところまで走ってきたんだ、先程から肩で息をして辛そうにしている。


「あ…」


 そして状況は変わらないにせよ俺を見つけたことに安心したのか、妻がフラりと倒れそうになった。


 だから俺は反射的に彼女をこちらへ抱き寄せてその体をこちらへ預けさせた。


「捕まえた… もう離しません」


「ダメだ、俺は行かないと」


「どうしてシロさんが行かなくてはならないんですか?誰かに何か言われたんですか?それは家族を捨ててまでしなくてはいけないことなんですか?」


「違うよ、そんなんじゃない」


 使命感みたいにこのことをやると決めていた、ほとんどの理由はそう… パークとスザク様への感謝、それの精一杯のものとしてフィルターになることを決めた、これが俺にしかできないことならやろうと思った。


「寝ていたスザク様を叩き起こして、目覚めたままフィルターを維持させることになったのも俺のせいだし、俺はパークにこないとこんなに幸せにはなれなかった、だから恩返しがしたかった… それに家族や友人が先に逝ってしまうのを見ていて思ったんだよ、俺はみんなに生かされてきたって、だからみんなのとこに俺も逝く前にできることはないかと考えた… それがこれさ?これは俺にしかできない、四神の代わりを一人で勤めてセーバルちゃんも解放できるんだ、俺一人でパークにとって大事な5人が助かるんだよ?」


 妻は言葉を遮ったりせず、黙って俺の話を聞いていてくれた。

 終始悲しい表情を向けていたが、ちゃんと聞いていてくれた。


 すべての思いと言葉を伝えたその時彼女は。


「じゃあ、僕にとって大事なシロさんがいなくなってしまうのはいいって言うんですか?」


「ゴメン… でもできることをわかっててやらないなんて、俺はそんなの嫌だった」


「どうしてもやるんですか…?もう、僕がいくら頼んでも無駄なんですか?」


 黙って頷く俺を見て、きっと君は泣いて泣いて俺を困らせるんだろう?

 でも君は俺がどうしてもやると言って聞かないのもわかってたんだね?


 きっと困らせるんだろうってそう思ってた。


 そしたら…。


「わかりました」


 なんと彼女は目を伏せがちにして諦めた、俺はそれを以外に感じて思わず驚きを隠せなかったほどだ。


 でも続けて君の言った言葉に、俺はさらに焦ったよ。


「どうしてもやるって言うなら、僕も連れていってください」


「何を言うんだ!できるわけないだろう?」


 こんなこと俺だけがやればいいんだって思ってた、でも俺が行くなら自分も行くと言いだしたんだ。


 だからできないって止めたんだけど聞いてくれなくって… やがてこんなことを。


「シロさんだってわかってますよね?」


「何… を?」


「僕は、シロさんがいないと消えてしまいます… もしシロさんがフィルターになって帰ってこないとわかったら、きっとその瞬間に消えてしまう… シロさんは死んでしまうのとは違うから、仮に消えずに残っても僕はその後を何年も何年も一人で過ごさなくてはなりません… そんなの耐えられない、シロさんがいない人生なんてとても笑って過ごせません」


 わかってた、俺のワガママの為に彼女が消えてしまうのは辛かった、それだけが心残りだった。

 それに生き残る可能性もわかってた、でもその時は俺の代わりにクロとユキ、それに孫達もいる。

 だから寂しくないって言い聞かせてた、君はとっても強いから… 俺なんていなくても大丈夫って。


「どうせ消えてしまうなら、一緒に行かせて?消えなくても愛する人が隣にいない人生を生かされるなら、それでもやっぱり一緒に行かせて?それに僕は何度も言ったじゃないですか?」


「…」


「僕は、シロさんのこと嫌いになったりしませんよ?」


 彼女は… それでも俺が好きだって。


 俺のせいで消えてしまうかもしれないのに、生き残っても孤独にしてしまうかもしれないのに。




 でも…。




 そうだね、君はそんな素敵な女性だったね?発情して襲いかかっても、セルリアンになって襲いかかっても、何人もの命を無惨に奪い去っても、君じゃない君にちょっかい出したって話した時もそう。


 最後には笑って許してくれたんだったね?


「シロさん、お願い…?一人にしないで?」


 妻の潤んだ瞳を見つめてから、一度四神の方に目を向けた。


 彼女達はただ黙って答えが出るのを待っている、「お前の好きにしろ」って… そんな風に見守ってくれているように見えた。


 止めるでもなく、急かすでもなく。


 ただ黙って俺達夫婦の行く末を見守ってくれている、だから。



 

「わかった」




 決めた、これからどうするか。






「一緒に行こうかばんちゃん?これからは本当に、ずーっと一緒だ!」


「はい!」

 




 

 本当はさ、俺だって一人で行くのは寂しかったさ?でも必要なことだと思って諦めてたんだ。

 このままフィルターになってしまえば意識もなにもないだろうし、セーバルちゃんだって一人でそうしてきたんだから今度は俺の番かなって。


 でももう心配いらないんだ、だって君が一緒に来てくれるから。


 俺がやると言ったらやるのと同じように、君も来ると言ったら来るんだろう?


 だから一緒に行こう。


 どこまでも君の手を引いて走ろう。


 立ち止まったら二人で並んで座ろう。


 休めたらゆるりと進もう。


 俺は君が大好きだ。




 妻を抱き上げてもう一度四神のほうへ振り向き、俺達は改めて挨拶をした。


「皆さん、お世話になりました!」


「うむ、また会おう!シロ!かばん!」

「なんだかよくわからんが、夫婦揃って仲良くな!」

「そなたら夫婦のことはパークでも伝説として未来永劫語り継がれるだろう、では達者でな?」


 スザク様、ビャッコ様、ゲンブ様からの言葉を頂いた。

 だがセイリュウ様だけは三人のあと一人で前に出て、なにやら神妙な表情で俺達に話し掛けてきた。


「永遠の愛… というのを間近で見せられた気がするわ、そんな貴方達に一つ尋ねたいの、いいかしら?」


「「はい」」


「私達が石板になってから、子供が老人になってしまうほどの時が過ぎた、私達四神にとっては大した時間ではないけれどそれは長い長い時間だと思う… 昔、毎日のように私に求愛する男がいたの、何度拒否しても諦めなくっていつしか私も彼を気にするようになってた、でもある日フィルターを張ることなって… その時は今のあなたが彼女に黙っていたように私も彼に黙ってた…

 でも彼も彼女があなたの前に現れたように私の前に現れたわ?だから最後のその時私言ったの… “もしもまた会えたらデートしてあげる、せいぜい楽しませなさい”って」


 セイリュウ様の目はどこか遠く、届くはずのないところに向けられている気がする。


 俺達を見て思い出してしまったのかもしれない… 俺は妻を連れていくと決断したが、セイリュウ様の時は一緒に石板になることなんかできないし、そんなことセイリュウ様本人も許さないだろう。


 四神でありながら恋というものを知ったのに、彼とのことは諦めるしかなかった。


 俺の腕に抱かれた妻はセイリュウ様に尋ねていた


「セイリュウ様も愛していたんですね、彼のことを…」


「わからないわ、でも彼以外にあんなに愛されたことはなかった… きっと後にも先にも彼以上に愛を囁いてくれる人はいないと思う

 二人に聞きたいのは、もしも彼が今も生きていてくれたらまだ私のこと愛してるって言ってくれるのかしら?ってこと… わからないわよね?ごめんなさい、あなた達を見ていたら少し恋しくなってしまったのよ… 引き止めて悪かったわね?さぁ行きなさい?」


 妻と一度顔を合わせて小さく微笑み合うと、目元を悲しく光らせるセイリュウ様に対し去り際の俺達は答えた。


「俺達にはわかりません、わかりませんけど…」

「約束通りその人とデートしてあげれば、その時にきっとわかると思います」


「そうね… ありがとう、混血のボウヤ?彼女を離してはダメよ?」


「言われなくても、離すつもりはありません」


「愚問だったわね、それじゃあ… いつまでも仲良くなさい?」


 俺達が「はい!」と大きく返事をするとセイリュウ様は背を向け四神達の元へ帰っていった。


 その背中を見送ると俺達はもう一度見つめ合い互いの意思が同じであるとことを確認した。


 そして俺は彼女を抱き上げたまま。




 飛んだ…。




 今、火口は俺達の真下だ。


「シロさん…?僕達宙に浮いています…」


「今の俺にできないことなんてないさ?さぁ準備はいい?次はあの子に挨拶だ」


「はい、僕はいつでも平気です」




 ゆっくりとフィルターに降り立つと、体に刻まれた四神の紋章は強く輝いた。


 やがて眩い光が辺り全体を包み前が見えなくなっていく…。


 それでも妻がこの腕の中にいることは分かる、決して離さない… 俺達は互いが離れることがないように強く強く抱き合っていた。



 そして…。









「セーバルちゃん?元気?」


「シロ…?また来たの?間抜けにも程がある… しかも今度は奥さんまで連れて」


「あ、初めまして… 妻のかばんです」



 以前と違い真っ白なとこで彼女と出会った、悪態を着きながらも呆れた顔で笑っている

 では妻との挨拶も済ませたし、彼女にはもうここからお引き取り願おう。


「今度はどうやってきたの?二人して?」


「その事なんだけどさ?交代しようセーバルちゃん?さぁ行って、出口はあれだ」


 なぜか全てを把握できるのは俺がフィルターを制御してるからだろう、指差す先には真っ白なここでも明らかに分かるほど輝く光柱が見える。


「交代?どういうこと?」


「今度は僕達でフィルターを張り直します、外で四神の皆さんも待ってます… 行ってください」


「バカだなって思ってたら、夫婦揃ってこんなにバカなことするなんて…」


「もういいんだよ?君は自由だ、好きなことやって好きなように生きられるんだよ?また友達作って、たくさん遊んで、美味しいもの食べて… 後は俺達がやるから?」


 嬉しいのか、悲しいのか… どちらとも取れる複雑な表情を向けていた。


 外に出られるのは嬉しいけど、代わりに誰かが犠牲になることを悲しんでるんだろう、優しい子だ。


「でもシロ達は?シロ達はどうするの?」


「寂しくなんかないよ」

「二人一緒だから」


「バカだよ… そんなの本当にバカ… でも、ありがとう… そういうことならセーバルは行くよ!外に出たらセーバルもジャパマン投げるね?」


「ははっ、待ってるよ?」

「ありがとうございます!」



 緑色の肌をしたサーバルちゃんそっくりな女の子、セーバルちゃんが光柱に向かって走り去っていった。


 彼女がそこに入るとそのまま光柱も消滅し、この真っ白な空間には俺達夫婦だけが取り残された。


 このあと俺達はどうなるのかな?溶けて混ざって消えてしまうのかな?このままこの真っ白なとこに居続けるのかな?



 でもまぁ、どうなったっていいのさ俺は?



 君と一緒なら、どうなったってね?

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