猫はしばしば夢を見る②

 サンドスター火山。


 今年初めの朝陽に照らされた山頂で、激しくぶつかり合う二体の獣がいた。


 否、二体とも獣というにはあまりにも大きく神々しい姿をしていた。


「グゥルルァァァアAAAAAAA!!!!!」

「キィァァァァァァアーッッッ!!!!!」


 一方は紅き翼の怪鳥… まさしく不死鳥の如く炎を纏い空を舞う、輝く尾羽を持つ神獣。

 

 守護けものである四神スザクだ。



 対するは白獅子… 化身となったスザク同等に大きな体を持ち、まるで雪でも降り積もっているのかと思わせるその白の中には、激しく燃え盛る真っ赤な炎、それはスザク同様に浄化の業火を纏うことができる者。


 彼の瞳の奥には、まるで時を刻むかのようにゆっくりと回る歯車が映り込んでいる。


 彼はユウキ… 人間とホワイトライオンのフレンズとの間に産まれた男、この島ジャパリパークでは親しみを込めて皆彼をシロと呼んだ。


 言うなれば人としての名をユウキ、フレンズとしての名をシロと呼ぶべきだろうか、どちらも彼が親からもらった大事な名前だ。


 シロとスザク。


 壮絶な戦いを繰り広げる二人だが決して互いを恨んだり憎んだりしているわけではない、寧ろその逆… この戦いは互いを想うからこそ始まってしまった。


 シロはある日、四神故に火山に縛り付けられた一生を送るスザクや他の四神達、そしてフィルターそのものとなったセーバルを救えないかと考えた。


 特にスザク、他の四神が物言わぬ石板となり眠っている状態なのにも関わらず、彼は己の自己中心的なことを理由に彼女を復活させてしまった。


 その為スザクは目覚めた状態で火山を動けない状態、さながらかごの中の鳥。


 シロはそのことに何十年もの間罪を感じていた。


 だが5人を助ける方法… 彼はいつしかその方法は自分にあるのではないかと気付き、それをやがて知った。


 そして実行するために彼は再びここへ訪れたのだ。



 スザクはそんなシロを許す訳にはいかなかった、自分達の代わりに彼が犠牲になるなどあってはならないことだったからだ。


 守護けものとしてフレンズ達を守る、そう思いかつて四神はフィルターを張ることに踏みきったのだ。

 ある日シロの手によって石板から再フレンズ化したスザクだったが、そうして再び肉体を取り戻してもその心が変わることは決してない。


 これは神である自身の役目、そしてシロもまた彼女にとって守るべきフレンズの一人であるのだから。


 同時に火口から動くことのできない自分の為に手土産を持ってきては話し相手になってくれる彼のことを、彼女個人の気持ちとして友の一人でもあると思っている。




 俺はあなたを解放したい。



 我はお前を犠牲にしてまで自由になろうとは思わない。




 この戦いはこうして二人の優しさがぶつかり合った結果始まってしまったものだった、互いを思いやるあまりに互いを傷付けているのだ。


 そして今まさに、この優しさから始まった戦いに決着が着こうとしていた。



 現在、戦況はスザクが劣勢。



 先程のシロとの戦いに余力を残しつつ勝利した彼女だったが、それでもその戦いが決して楽ではない厳しい戦いであったことには変わりなかった。


 数十年のうちに浄化の業火を巧みに使いこなすほどの腕に到達したシロを前に、流石の四神スザクも舌を巻いた。


 油断していては足下を掬われると考えた彼女は、使うつもりのなかった化身の姿になり彼に挑んだ。


 その時シロのほうも化身の彼女を見た時に出し惜しみしていては勝てないと判断した。


 そして彼自身の持てる力全てを出しきるほどの大技を使い一気に勝負をつけようとしたが、スザクはそれを守りに徹することで耐え抜くことに成功、結果そのまま力を使い果たした彼は敗北し地に背中を付けることになった。



 勝負は終わったかと思われたが、彼にはまだ切り札が残されていた。



 それは彼の友人から譲り受けた力、その手に持つは歯車型のなにか。



 彼はその力を使うと、普通のフレンズは愚か混血である彼には到底なれるはずのない姿へと変貌を遂げた。


 それは化身。


 炎を纏った大白獅子の姿なり、再びスザクへ挑んだ。


 スザクは余力があったとは言え先程よりも遥かに強力な力を持った化身のシロを相手にだんだんと疲れが見え始めた、故に彼女は劣勢… 仮に全快だったとしても歯車の力を借りた彼に勝てる見込みは少ない。


 つまり今の彼女が劣勢なのは当然でもあり寧ろよく耐えているほうだろう。


 四神スザクは、これから混血の男シロに敗北し地に落ちることになる。


 化身となった彼の姿を見た彼女は戦いの最中に心の中で叫んでいた。




 なんなのじゃシロ…!お前は何になってしまったのじゃ!




 攻撃に苦しみながらも彼女は急激に強くなってしまった彼の身をまだ案じていた。


 だが彼はそんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、今も尚あの巨体からは想像もつかないような速度で攻撃を容赦なく打ち込んでいく。


 その場に閃光が残るほど速い動き、それにより何度も決定打が打ち込まれ彼女は悲鳴を挙げる暇すらもない。


 1発来たと思えばすぐに反対から2発目が、加えて3… 4… 5… と間髪いれずに白き閃光が走る。


 疲弊したスザクには既に彼の動きを捉えるような余裕はなかった。


「キェェェァァァアッッッー!!!!!」


 だが彼女にも意地がある、甲高い咆哮を挙げ浄化の炎を発生させると迫り来る白き閃光を弾き飛ばした。



 やられっぱなしでいられるかッ!



 と隙を逃さず彼女は炎を纏う鉤爪を向けシロに向かい急降下していく。

 捉えてさえしまえば素早さなど関係はない、その爪を決して離さず着実にダメージを与えていくだけだ。


 しかし、無情にもその鉤爪は空を切る。


 彼は突如ボンッ!とその身を爆炎に包みその場から姿を消した、そしてその瞬間散っていったはずの炎がスザクの真後ろに集まり、そこには消えたはずの大白獅子が再び出現したのだ。

 

 そしてまたもや彼女に白き閃光が走る。



 馬鹿な!?更に使いこなすというのか!?我が浄化の業火を!!!



 彼は既に彼女の予想を遥かに上回る力を持っている、疲弊する前から彼女には本当に勝ち目がないのだろう。

 それでも尚も諦めないのは、彼にも意地があるように彼女にも意地があるからだ。


 狼狽え痛みを感じながらもその心を折るわけにはいかない、パークの守護けもの四神スザクとして責務を放りその悠久の時を生きる1つの命である彼に自分達の仕事を肩代わりさせるなどということは自分自身が許さない、許すわけにはいかない。


 

 負ける… ものか… !


「マ ケ ル モ ノ カ ァーッ!!!」



 瞬間彼女もまたその身を爆炎に包み姿を消した、そしてお返しと言わんばかりに彼の後ろに出現すると遂にその鉤爪は獅子の巨体を捉えたのだ。


「グゥァァァァァAAAAAAA!?!?!?」


 苦しみの声を挙げた彼の体に、容赦のない鉤爪がガッシリと食い込んでいく。

 

 決して離さない、決して逃がさない。


 その強い決意の心が力に変わり更に彼を苦しめる、そして彼女の生み出す浄化の業火は彼を包み込んでいく。


 劣性だった戦いが一変、スザクは見事反撃に移るチャンス掴んだのだ。


 これは彼との戦闘経験の差がでた証拠であり、ただ強いだけの力で彼女には勝てないという意味でもある。


 こればかりは彼も、彼に力を与えたその友人も少々誤算だったことだろう。


 彼は先程の爆炎を使った回避を試みるが、スザクもそれに合わせ着いてくる為にキリキリと体を締め付ける鉤爪から逃れることは叶わない。


 このまま彼の動きを捉え続けダメージを蓄積させればやがて歯車の力は効力を切らし勝てるかもしれない、スザクはその爪を死んでも離さぬつもりで彼を追い詰め続けた。



 しかし、その淡い期待もまた叶わず。



 その時、突如何かでスザクの首が強く締め付けられ始めたのだ。


「グェ… ギギギ… ギァァ…!」


 このまま首を折るつもりかというほど強い圧迫感を感じていた、無理もない… 見ると彼女の首根っこを光輝くサンドスターの手がこれでもかというくらい強く締め上げてきているのだから。




 これはサンドスターコントロール!?えぇい忌々しい技じゃ!




 サンドスターコントロール、これは与えられたものではなく彼自身が培ってきた技術。


 化身の姿とその神に匹敵する力… それにより彼女は失念していたのだ、彼自身がこれまでに身に付けてきた技術というものを。


 ギリギリ… ギリギリ… とスザクは鉤爪で彼の胴体を、対するシロはコントロールで彼女の首を締め付ける。


 どちらかが先に根を挙げるまで続けられるだろう、彼は体に爪が食い込む痛みに堪えて、彼女は飛びそうになる意識を必死に保つ。


 が、やがて絞め続けることでついに意識が遠退いてきたスザクはとうとう彼を掴んでいた爪を開き始めてしまう。


 彼はそれを好機と見た。


「ガゥルァァァッッッ!!!!!!」


 ズドンッ!


 地響きにも近いような衝突音が響く。


 再び気合い一閃、咆哮と共にスザクにキツい一撃が入った。


 メキメキと全身が悲鳴を挙げ始めるが、彼女も負けてはならぬと遠退いた意識をなんとか繋ぎ止め体制を立て直す。


 そのまま両者は爆炎を多用し互いの背後を取り合っていた。


 バンッ! バンッ! バンッ!とその光景を遠く離れた所から見るフレンズや職員の人間たちには、それがいつもより派手な花火にでも見えていることだろう。


 きっとシロがスザク様に頼んで何か始めたんだと。


 彼がお正月時期セーバルの為にジャパリマンを火口に落とすのは最早恒例行事であり、サンドスターの花火は年末年始の祝い事の1つとしてこのエリアに浸透している。



 それを見る度に、皆思うのだ。


 あぁ年が明けたんだね… と。



 今回に限っては長く何度も打ち上がる花火、それを見て今年は特別な年になるのだろうか?と皆期待に胸を脹らませていた。



 確かに今年は特別な年になるだろう。


 なぜならば…。

 

 今日この日を境にパークにとって大事な人物が一人姿を消し、代わりに四神とセーバルが復活することになるのだから。



 やがて戦いは、このまま決着へ向かった。





 連戦により疲れの出たスザクはだんだんとシロのスピードに着いていけなくなり背後を完全に捉えられてしまう。


 丁度火口の真上に来たスザク… その更に上に現れた白獅子の化身。


 彼の影に隠れスザクの視界がほんの少し暗くなったその時、シロの思いがけない行動に彼女は遂にその動きを止めることになった。


 否、止めるしかない状況に追い込まれた。


 動けなくなったわけではない。


 動くわけにはいかなくなったのだ。



 彼は上空からスザクを見下ろし大きく口を開けた。


 ゴォォ… と口の中には光が集まっていく。


 それは高エネルギー、彼の口にサンドスターのエネルギーが集束し始めているのがハッキリと彼女の目に入り込んでいた。


 彼は恐らく、このままブレス攻撃の類いを放つ気なのだ。


 だがこう溜めが長いと隙だらけ、スザクにもわずかに休む時間を与え容易に避けられてしまうだろう。


 そう… 本来ならば避けている、しかし彼女は避けることができない。


 彼女はその姿を見て正気を疑った、まさか本気ではないだろうと直前まで彼を信じた。


 しかし… 躊躇などしてるようには到底見えない、ここからハッタリではないことに彼女が気付くのにそう時間など掛からなかった。




 何をする?貴様正気か?この下になにがあるのか見えておるじゃろ?

 

 そこまで… そこまでするのかシロよ?


 そうまでして勝ちたいのか!そこまでしなきゃならんことなのか!



 

 スザクは避けられない、避けられるはずがない…。


 自分の真下には火口があるからだ。


 ここまで来ると彼は本当に勝つために形振り構うことはなかった。

  

 やることは外道に近い、スザクは火口を守るためにそこを動くことができないのだから。


 だからこそ彼は撃ち放つだろう。


 彼女が避けないことをわかっているから。


 躊躇なくそれを撃ち放ち。


 勝利をその手に掴むことだろう。




「ルァァァァァァァァッッッ!!!!!」




「オォ ノォ レェーッッッ!!!」



 

 その時、大きく開かれた彼の口から咆哮と共に大型の火球が何発も放たれた。



 この技。


 獅子究極奥義 獅子座流星群。



 化身の状態で放たれるその技が先程よりも強力で、疲れきったスザクに耐えれるようなものではないことは彼も承知の上だろう。


 だがこの戦いはあまりにも壮絶で一瞬の気も抜けないものだった、それ故に彼は手段を選ばす確実に勝てる方法をとった。


 それはスザクが彼が思っていたよりも粘り、歯車にも時間制限があったのでそれに焦ったのもあるだろう。


 だがそれにしてもずいぶんと卑劣な攻撃方法だった、普段の彼ならばどれだけ追い詰められてもこんなことはしないだろう。


 ましてやセーバルの眠る火口に向かい地形ごと変えてしまうような大技を放つなど。


 しかし… 今は形振り構っていられない。




 彼、シロはあれほど拘っていた英雄ひーろーを目的の為に捨てた。

 



 スザクは羽を大きく広げシロには背を向けた、そして火口には一撃たりとも通さないと決意し、まともに守り入ることもできず背中にその火球を全て受け入れた。


「ギィァァァァーッッッ!?!?!?!?」


 化身となった彼女の口から放たれる悲鳴、彼はそれを聞いても決して攻撃を止めることはなかった。



 背に受け入れる火炎弾の数々は彼女の体を確実に傷付けた、幾度となく体を爆炎に包まれその身を、翼を… 己の力でもあるはずの浄化の業火に焼かれていく。




 やがて、火球を全て受けきったスザクは。




「愚か… 者… 見損なった… ぞ… 嬉しいか…? ここまで… して… 勝ち取った… 勝利は…?」 




 化身の姿も解け、服も羽もボロボロに焼け焦げた四神スザクは。

 



 遂に敗北し、地に落ちていった。




 勝者はホワイトライオンとヒトのハーフ、シロのものだ。


「ッ!?」


 彼はすぐに落ちていくスザクの元に駆けつけ火口への落下を阻止した、優しく口に咥えられたスザクは丁寧に南方の位置に戻され横になった。



 しかしなんと後味の悪い勝利なのだろうか。



 化身となって戦った彼の目には勝利の余韻などなく、ただただ時を刻む歯車と哀愁だけが映り込んでいるように見えた。



 そしてスザクは、彼を止める事ができなかった自身への悔しさからなのか、あるいは手段を選ばず火口を盾にした彼に対する怒りや悲しみからだったのか。



 涙を流し、そのまま気を失った。

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