猫はしばしば夢を見る

「おめでとうユウキ、君の妻は試練をクリアした… 約束通り力を貸そう」


「ありがとう… ッ!?おい何を!?」


 そう言うと彼は俺の体に手を突っ込んできた、驚いたさ?だって体に手が刺さってるんだから… どう見ても刺さってる、ずぼっとしっかり手首まで俺の胸板に突き刺さってる。

 

 力を与えるって… 彼は俺の体に何か埋め込んだということか?否、その逆だった。


「これだ」


 彼が取り出したのは透明の歯車のようなもの、それはまるでガラス細工のように美しく歯車越しでもしっかりと彼の顔が見えるほどに透き通ったものだった。


「はぁビックリした、それは何?歯車… でいいのかな?なんでそんなものが俺の体から出てきたの?え?俺ロボットとかだったってこと?」


「覚えていないんだったな… ユウキ?以前君はこれを使ったことがある、その時に使われた私の力は消えてしまったが君の体内にはそれの残骸のような物が残った、だから今それをかき集めて器のような物を作り出したんだ… 今は何の力もないが、これからもう一度使えるようにする」


 以前使った?俺が?さっぱり思い出せないのはなぜだろう、また記憶に鍵が掛けれているのだろうか?


 さておき透明の歯車だが、要は空の容器を用意してそこに水を入れるような感覚と認識しておこう、でもそれならそのまま俺の体に直接力をねじ込めばいいのではないか?とそう思い尋ねたのだが、なんでもそれをやると俺はパンクしてしまうそうだ、なんだその力はどこまで強大なんだという感じだが… 故に見た目通りまさに歯車の如く俺の体に部品を組み込むという使い方らしい、勿論実際は組み込むと言うよりは取り込むというやり方になるが。


「しかしできるか怪しかったが、やってみるものだな?本当に力の残骸が残っていて器を作り出すことにも成功した」

 

「確証なかったんだ…」


「まぁな?ところでこれの使い方だが実は以前と違うところがある… といっても覚えていない以上これは初見だな」


 彼の説明に寄ると、俺の体内で長い年月を掛けて熟成された歯車の残骸は彼の力でありながら俺の体によく馴染むような性質に変化しているらしい。


「故に、充填された私の力は以前のものとは似て非なる効果を発揮する… 恐らく君自身の力が限界を超え無限に増え続けるようなそんな力になるだろう」


「増え続けるとどうなる?」


「わからないか?」


 一瞬の沈黙、だが俺にはそれがやけに長く感じた… すると彼は真剣な目でこちらをじっと見て答えを教えてくれた。


「サンドスターの力が極限まで増大し、君の体は混血でありながらフレンズ化を通り越して化身の姿になることができる」


 化身、それは力の化身のことか… 獣神化とも呼べるだろう。


 守護けもの、この中でもどれだけのフレンズがその力を使えるのだろうか?少なくとも俺が知っているのは四神だけだ。


 以前スザク様が力の化身を使い魔のように生み出しているのを何度か見ている、その姿はまるで鳥の姿を奪ったセルリアンのようで大きさはフレンズが1人乗れるくらいのものだった。


 スザク様からどうしても呼び出しが必要な時はそれが俺を連れ去っていくこともあった、あれには正直参った。


 セルリアンのようにも見えるのはサンドスターとサンドスターロウが対になっているからであり、四神のようにサンドスターの力を完全に掌握している者ならばサンドスターロウの性質をサンドスターで再現可能ということなのだと思う。


 四神は力を解放したとき化身の姿となり、迫り来る敵を迎え撃つ。


 化身とはフレンズにとって究極の力であり、同時に究極のコントロールが必要になる。



 そして俺はその力を手にすることになる。



「無限に増え続けていながらもその力が溢れだし君の体を出ていくこともなければ破裂するようなこともない、その理由は私の力で君の体が一時的に神格化するからだ」


「わかった、だから四神全ての力も受け止められるようになるのか」


「そういうことだ、時間制限はあるが問題はない… スザクを打ち倒し全ての四神を復活させてもまだ余裕が残るはずだ」


 時間制限?


 それには少し引っ掛かる、神格化した状態でなんでもできるのはわかるがそれなら効力が切れたとき俺は四神の力に耐えられず爆発四散するのでは?フィルターを張ることができても元に戻ってしまうんじゃ?


 だがそれは彼が言うには心配ないらしい


「さっきも話したが君の体質はサンドスター由来の物を取り込み定着させるというものだ、たから神格化した状態で受け入れて定着させたあとは私の力が失われるだけだ、一度定着させてしまえばそれはもう君の力として残る… 化身にはなれないがな」


「なるほど、でもそれならなぜコクトの力は定着しないのかな?」


「そんな簡単に神になどなられてたまるものか… というのも人間だった私が言うのはおかしな話だがな?自分で言うのもなんだが守護けものよりも高位の存在なんだよ、流石のホワイトライオンでもそれは無理だろ?」


 そっか残念… という訳でもないな、彼の言う通り神様とかいう訳のわからない存在がポンポン誕生していいものではないだろう、大変そうなので正直神様なんてやりたくもない、なので丁度いいと言えばそうだ。

 


 やがて力を込め直された歯車は虹色の輝きを放つ、手に取るとずっしり重たい物かと思っていたのでやけに軽くて驚いた。


「さぁ受け取れ… なぁ?ここまでしておいて言うのも今更おかしな話だが、本当にやるのか?」


「やるよ」


「フィルターになってしまえばそこから動くことはできない、その時意識がどのような状態になるのか私にもわからないが… 当然そうなると家族には会えない、君がどう考えるかにもよるが周りとしては死んだも同然だ、そして君が死ぬということはつまり、その時君の妻がどうなるのか… それも覚悟しているか?」


 俺も妻も長いこと一緒に生きてきた、俺は勿論彼女を愛している、それはこれまでもこれからも変わらない… フィルターになったところで同じことだ。


 妻も俺を愛してくれているだろう、自信を持ってそう言える。

 でないとあんな素敵な女性ひとが俺のような男の為に何十年も妻はやってくれないだろう。


 俺達は愛し合ってるんだ。


 つまりそれは…。


 俺がフィルターとなって彼女の前から消えてしまったその時点で、彼女は輝きを失い消えてしまうかもしれないということだ。


 俺は彼の忠告に答えた。


「わかってる」


「それでも、やるんだな?」

 

「やる」


「わかった… では友よ、俺は時が来るまでお前を見守り続ける」


 俺達は固い握手を交わすとそのまま拳同士を突き合わせた。


「ありがとう、コクトも… 神様の仕事?頑張って?」


「あぁ、この身が朽ちるまでやり遂げるさ」


「…?それは何かと戦ってるってこと?」


「さぁどうだろうな? …もう行けユウキ、さっさと帰ってお前のために苦しんだ妻を労ってやれ?彼女は何も覚えていないがな」


 返事をしようと思ったのだが、なぜかこの時目の前が真っ白な霧に覆われていくように視界がボヤけていった。


 彼の姿も次第に霧に包まれていきやがて見えなくなっていく…。





 そして気が付くと俺はイルシオンの外にいて、その手には彼から受け取った歯車がしっかりと握られていた。


 まるで夢でも見てたみたいな時間だった、すっかり暗くなり街頭もない道をバイクに跨がり突き進む、船に帰ってきた頃には夜も更けており皆眠りについていた。


 自室に帰り妻が寝ているのを確認すると、俺の使っていた枕を強く抱きしめたままどこか寂しそうに眠りについていた。


「ありがとうかばんちゃん、俺も幸せだよ?嘘じゃない… すごく幸せだ」


 俺も彼女の試練をこの目で見届けたんだ。


 最後は妻の決意の言葉で終わり、スクリーンに映し出されていた映像は暗くなりやがて消えていった。


 彼女が眠っている間に見た夢なのに、こうして彼女が今眠った状態なのは少し不思議だ、今もまさにその夢を見ているはずなのだから。


 これは時間軸のズレ?神様というのは本当になんでもアリだと思った。



 眠る前にシャワーを浴び、熱めのお湯を頭から被りながら歯車をグッと握り締めて考えていたことがある。


 スザク様は、彼の言う通り俺を止めに掛かるんだろう… きっとそんなことは俺の気にすることではないって突っぱねるんだ。


 でもそれでもそれでも…って俺が引き下がらないでいると、怒って言うんだ。



 ならば我を倒してみろ。


 我を超えてみろ。


 我に劣る者に神聖なる火山を任せる訳にはいかん。



 ここまで言えば俺が引き下がるって多分スザク様はそう思ってる、でも俺も諦めるつもりは毛頭ない。


 諦める訳にはいかないんだ。


 スザク様を倒さなくてはならないのなら俺は倒しにいくつもりだ、スザク様に打ち勝ち彼女を四神の役割から解放し救うつもりだ。


 残りの四神だってスザク様を倒したと知れば何も言わない、いや何も言わせない… スザク様からも説得を手伝ってもらう。



 この役目をかけた勝負に負けた、こやつにフィルターを任せ、我らは自由になるのだ。



 ってさ?最後はセーバルちゃんも自由にできる、5人を解放して俺1人がフィルターを維持する。


 やっと君にも恩返しができるよ?待っててセーバルちゃん?


 ただ…。


 戦いが避けられないとわかったその時、俺は可能な限りこの歯車無しで戦おうと考えている。

 それはこれが得体の知れない力だと思ってるとかそういうことではない、彼の力は確かだしこれがあれば間違いなく勝てるってわかっているんだ。


 でも1人でやってみたい。


 どこまで通じるのかとかそういう男の見栄とか意地みたいなものでもある、でも一番はこれまで俺のことを気に掛けてくれたスザク様に対する礼儀や敬意だと思っている。


 ダメだダメだと突っぱね続けることだってできるのに「戦って勝てば譲る」とチャンスをくださるのだとしたら、それはある種の優しさ以外の何でもない。


 だからできるだけ戦いには己の力で挑もうと思います、これが精一杯の俺の意地です。


 だからその時どうしても戦いになってしまうのだとするならば…。


 手合わせ、よろしくお願いします。





 浴室から出て寝間着に着替えると俺もベッドへ体を倒した、枕は妻に奪われているが寂しい思いをさせた俺が悪いのでおとなしく枕なしで眠ろうと思う。


 もう俺も君もずいぶん歳だね?ここまで着いてきてくれてありがとう、だけどもう少し… よろしくね?


 寝顔はまるで少女のように可愛らしい、妻は本当にいつまでも可愛らしい。


「おやすみ、それから… ただいま」


 怪しい魅力を放つ歯車を眺めていると、未知の経験によりその日は疲れが溜まっていたのかすぐに眠たくなってしまった。





 ティラノのカウンセリング4日目、ようやく俺達にも敵意を向けず慣れてくれたようなので船を出発させた。

 このまま帰りにゴコクエリアへ寄りティラノを先生に任せることになっている、その頃にはまだまだ練習が必要とはいえ彼女も言葉を交わし、ライともヘラとも仲良くやっているようだった… ケンカをしない分二人より付き合いが上手いと思ったのは内緒だ、そして当然イエネコちゃんの優しさにも気付いていた。


 先生は快く彼女を側に置くことを了承し、イエネコちゃんと共にティラノを受け入れた。

 

 それを見たら俺達も安心して家に帰れる、「それじゃあ」と先生の家を後にしようとしたその時、先生は唐突に俺を呼び止めて聞いたのだ。


「ユウキくん?」


「はい?」


「またね?」


「はい、もちろんです… それじゃ」


 さよならの挨拶はみんな一斉に済ませるが、急に呼び止められてこんなことを言われたのは初めてだったかもしれない。

 先生も不思議な人なので、もしかしたら俺の考えていることもお見通しだったのかもしれない、きっと顔に出やすい俺のことだからこれからフィルターになりますって顔に書いてあったんだろう。


 

 でもごめんなさい、きっとあなたとはこれで最後です… だからこれからも家族をよろしくお願いします。







 ある日スザク様に俺の考えを話した。


 話し合いで了承してくれるならそれが一番だと思ったからだ、でも答えは予想通りだ。


「なんと言われようとお前にそんなことはさせられん、だがどうしてもやると言うのなら我と戦って勝ってみろ… 時間をやる、その間に頭を冷やしてよく考えろ?お前の命は最早お前一人のものではない、家族と過ごしてその考えを改めるのじゃ」


 でも、いくら考えても答えは変わらない。


 そしてその年の暮れ、家族と過ごす最後の夜はあっという間に訪れた。


 妻は笑っている。


 俺がこれからやろうとしてることも知らずに笑い掛けてくれる。


 正直未練はある、彼女のその笑顔を見るたび心は揺さぶられてしまう、けれど一度決めたことを曲げるつもりはない。


 5人を救えるのは俺だけ、俺の仕事だ。


 それを天命か何かだと思ってる。


 だから最後の夜、その未練を断ち切るつもりで俺は逆に妻に目一杯時間を使うことにした。





「ねぇ?こっちへおいでよ?」


「どうしたんですか?今夜はずいぶん甘えん坊ですね?」


「いいじゃないか?少し飲み直そう?少しだけさ?」


 もうすぐ年が明けるそんな時間だった、先程まで相変わらず慣れないお酒を子供達と 飲み、今年一年皆で過ごせたことに感謝した。


「来年もよろしく」


 皆にそう言われた時少し胸が痛み、涙を堪えきれずに少し泣きながら「よろしくな」と返すと、泣き虫だ泣き虫だと笑われてしまった。


 やがてほろ酔い気分で妻と寝室に戻り、今は静かに二人で飲み直している。


「何か悲しいですか?」


「なぜ?」


「泣いていました」


「みんなすっかり大人で、馴染みの友人達も先に逝ってしまって… そう思うと少し寂しくなってしまっただけさ?」


 グラスの氷がカランと鳴ると、俺は残った酒をグッと飲み干した。

 そして一度立ち上がり妻の前に膝を着くと、その手を優しく両手で包み今一度彼女に気持ちを伝えた。


「俺はねかばんちゃん、君が好きなんだよ」


 急だったものだから少し驚いていたものの、すぐにニコりと笑いこう言った。


「どうしたんですか急に?わかってます、ちゃんと伝わってますよ?」


「何度でも言うよ、かばんちゃんが好きだよ?大好きだ… 君はどう?」


 今でもハッキリ覚えてる、君に告白したロッジでのこと。


「僕も好きです… シロさんのこと、愛してます」


 あの時は俺は君をたくさん苦しませてしまった、だからその分これから目一杯幸せにしないとって思ってた。


 でも君は言ったね?


「でも僕は嫉妬深くて束縛の激しいシロさんを一人占めしたいだけの悪い女ですよ?いいんですか?」


 そう、隣にいる資格なんかないんだって俺の前から走り去ってしまったんだ… 俺もあの時は参ったことになったけど、後でちゃんと気付いたよ。


「それは君の意見だね?俺はそうは思わない、仮にそうだとしても俺はそれでも君と一緒にいたい、君が好きだから… ダメかな?」


「本当の本当に… いいんですか?」


「君が自分を許せなくても俺が君を許すよ、嫉妬は俺だってするんだから… それでかばんちゃん?もしいいお返事が貰えるなら… さぁほら?」


 俺は立ち上がり一度手を離すと両手を広げ受け入れる体制をとった。

 すると彼女もはにかんだ笑顔を見せると立ち上がり、こちらへ静かに身を任せ腰に手を回した。


 フワリといい匂いがして、優しく彼女を抱き寄せる。


「僕のシロさん、誰にも渡さない…」


「うん、どうかよろしくね?」


 ほんの少しの間だが、この静かな夜に夫婦で抱き合ったままお互いの温もりを感じあっていた。

 やがて顔を合わせると、最早言葉などいらず引き寄せられるように唇を重ねた。


 夫婦だもの、もう何回こうしたか数え切れない。


 なのになぜか毎回胸が高鳴る、心が震える。


 唇を離すと、少し照れくさそうにする彼女が愛しくて仕方がない。


「あの… なんだか緊張します、僕達もすっかり歳をとったでしょう?さすがに落ち着いてきたからこんなの久しぶりで僕…」


「じゃあ今夜は、お互い若い頃を思い出してさ?ダメ?」


 聞くと、彼女は首を横に振り俺をベッドへ倒れるように引き寄せた。


 そのまま優しいキスを何度も繰り返し、夫婦はしっとりと夜に溶けていく。


 まるで初めて体を重ねた夜みたいに…。









 やがて夜も更けきった頃、隣であられもない姿でシーツにくるまる彼女の頬にもう一度キスをした。


 俺は服を着直して起こさぬようにそっと部屋を抜け出し、ドアを閉めると最後に心の中で呟いた。



 愛してるよ?

 

 ずっと…。


 ずっと…。




 それから。




 さよなら…。


 



 俺は一人、人知れず。


 今年の終わりにバイクを火山に走らせた。

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