ヒト夢を見る⑤
ある朝、長の二人とツチノコの前に顔を見せた彼は酷く息が荒く目が血走っていた。
顔も紅潮して熱でもあるのではないか?と三人に心配され、その時ツチノコはピット器官を使い彼を見た。
『大丈夫か?だいぶ熱そうだな?ほら見ろやっぱりこうなったろ!念のために側にいて良かった…』
『ハァ… 待ってツチノコちゃん、こっちへこないで…?頼むから、そこを動かないで?』
『バカなに見栄張ってんだよ?肩貸してやるから、今日はおとなしく寝てろよ?』
彼は理性と戦っていた、頭の中で獣が叫ぶのだ。
食らえ 食らえ メスを食らえ
抱け 犯せ 孕ませろ
フレンズなのが仇となった、皆等しく人間の女の子のような姿になるということは即ち種族は問わないという意味である。
全てのフレンズが対象、それは当然目の前にいる彼女も例外ではない。
『ツチノコ… 離れるのです』
『ゆっくりとこちらへ?シロ?落ち着くのです、負けてはなりませんよ?』
『お前らまで何を?おいシロ?お前どうし… は?』
彼はグッとツチノコの華奢な肩を掴んでいた、彼女はそれでも尚恐れることはなかったのだが、彼のそのおかしな様子に少し不安を感じた。
『おい?いてぇよ!お前!なんだよいきなり?あのな…?こういうのはもっと優しく、その…』
まだ状況を把握できないのか満更でもないのか、肩を強く抱き舐め回すようにじっと見つめてくる彼にツチノコは思わず赤面し目を逸らした。
何か期待でもするようにチラチラと彼の様子を伺い、しきりに服の裾に触れたり片腕を撫でたりと落ち着かなかった。
「ダメシロさん… やめて?お願い」
「果たしてどうするのが正解なのだろうな?君の時のように必死に我慢した末に落ち着きを取り戻すべきなのか、あるいは互いに気があるもの同士なのであればいっそ受け入れてもらい気が済むまで事に及ぶのか…」
かばんと歯車もまた発情期に苦しむ彼を見ていた、ただ見るだけだ。
こればかりは彼の意思の強さに頼るしかない、自分の欲望に負けて彼女達を傷物にしてしまうなど彼自身が許すはずもないのだ。
かばんとてこのような形で彼が既成事実を作ってしまうなど見てはいられない、ツチノコだってこれにはさすがに幻滅するかもしれない。
そんな中彼女が期待していたのは本来の歴史通りこの時の自分が彼の元に赴き受け入れる姿勢を見せるというものだ。
「僕だって彼を受け入れましたよ、きっと辛くて辛くて仕方ないんだと思ったしあぁいう形でも僕を見てくれるのが嬉しかった… でも彼は自分の腕を噛んで理性を保ちました、優しいから… 自分から僕を守ろうとしたんです」
「彼は優しい、まったくその通りだ… だが君の時より耐え難いように私には見える」
「どういう意味ですか…」
「いや… 火山にいた時間が改変前よりも長かったのか、あるいは君の時はあと少しで収まるというところだったのでギリギリ理性を保てたのかもしれない、だが認めた方がいい… 彼にとって君は勿論だが、ツチノコもまた意中の女性だったという事実を」
当時のシロには恋愛というもので自分の心がどのような状態なのかわからず、かばんが好きなのかまたはツチノコが好きなのかわからないという心理状態だった。
どちらかわからないというのは、つまりどちらにも少なからず女性としての魅力を感じているという意味でもあり、どちらかが大きくリードするようなことがあれば彼はその時にそちらへ傾くということ。
そして恐らく決定打になったのはこの事件だろう。
『『やめるのです!』』
ガツン!
長の杖が彼の後頭部を捉え、鈍い音を出しそのまま床に倒れこんだ。
『グエッ!?』
『は!?お、おい大丈夫か!?お前らなんでいきなりこんな!』
『いいんだツチノコちゃん!早く離れて!二人ともありがとう… 少し正気に戻った』
『もっと離れるのですツチノコ』
『今シロは発情期です、そうですね?』
どうやら危機は脱したようで、この光景にはかばんもホッと胸を撫で下ろした。
これから改変前と同じく彼は己を地下室に監禁するように三人に指示をした、三日間近寄らず声も掛けるなと伝えると彼は地下室に引きこもり外から鍵を何重にも掛けさせた。
「よかった…」
この言葉には、何事もなくてよかったという意味ともう一つ。
自分意外の女に手を出さなくてよかった。
これが自分でも傲慢でワガママでただ彼を独占したいという束縛、独占欲だということもわかっている。
わかっているがあまりに苦しかった。
彼女もまた、人間なのである。
…
「本来の歴史であればここでアライグマからの伝言で心配になった君が駆け付ける事になるが、今回は違うようだな?」
まずアライグマは来た、無論長とツチノコの三人は彼の尊厳を傷付けないように発情期であることを隠したが、あまりしつこいのでツチノコが思い切り威嚇して追い払う事になった。
同じようになるのかと思われたが、本来ならばシロが不自然に追い払った為にフェネックがそれを不信に思いかばんに報告することになる。
が、ツチノコが追い払うことによりアライグマの心はそれほど傷付かず、かばんに不自然なことがあったと報告は伝わらない。
そもそもこの時かばんはシロを避けている、ツチノコとの仲を邪魔しないように自らを身を引いているのだ。
しかもこの歴史ではそのツチノコが彼の元にいるものだから、仮に報告があったとしても彼女が図書館に近寄ることはないだろう。
これが意味することは、歴史が変わりほんの少しツチノコとの距離が近くなることで彼とかばんが結ばれることは無くなったということである。
「やはり君は来ないな、これから時が来る」
「…」
もう、彼女には何も言えなかった。
『約束の朝なのです』
『様子を見に行きましょう』
『オレが行く、昨晩からおとなしいし流石に落ち着いたんだろう』
今回は無事3日目を迎える、約束の朝ツチノコは地下の階段を降りて一つ一つ鍵を開けていく。
その間も彼はまるで眠っているように静かで物音一つ聞こえない。
扉を開けた時、彼は扉に背を向けてただそこに立ちすくしていた。
『無事か?よく耐えたな?約束の朝だ、迎えに来たぞ?一度アライグマが訪ねてきたが緊急事態だったからな、追い払っちまったよ… おい?なに黙って… ッ!?』
彼の肩に手を掛けようとツチノコが手を伸ばしたその時、彼は手首を掴みそのまま乱暴に彼女を床に押し倒した。
『ま、まだ治ってなかったのか?落ち着けシロ!』
『何でもなかったんだけどさ?ハァ… 声聞いたりしてたら、なんか…』
『負けるな!大丈夫だすぐに治る!オレが着いてる!がんばれ!だから… やめろよ?やめ… ン!?』
彼はそのまま強引に唇を重ね貪るように彼女を求め始めた、乱暴だがどこか人間らしいのは一度は落ち着いていたからだろう。
だがやがて服を剥ぎ取り、その柔肌に食らい付く。
「結局、こうなってしまったか… 彼には本当に女難の相が付きまとうな」
「イヤ… イヤ…!」
それを、間近で見る事になったかばん。
彼女は階段を駆け上がった、見届けることなどできるはずはない。
歴史が変わったところで彼女にとって彼は夫であり、愛していることに変わりはないのだから。
…
やがて体の熱が収まり正気に戻った彼の前には。
『ごめん… ごめん俺!俺なんてことを…』
服を剥がれ、いくつかの歯形をその柔肌に残されくたっと横になるツチノコ。
それは彼に何度も何度も何度も何度も、乱暴に体を弄ばれた後だった。
『気… 済んだか?』
『ごめん… ごめん… 最低だ… 君にこんなことしてしまうなんて!死んだ方がましだ!』
後悔と悲しみ、もっと方法があったはずだと自責の念に囚われた彼。
それを見たツチノコはゆっくりと体を起こし、強引に脱がされボロボロになったパーカーワンピースで体を隠しながら震える彼の前に立った。
スパンッ!
とその時彼女の尾は彼の頬を叩いた、そして涙ででぐしゃぐしゃの顔を上げ赤くなった頬に触れながら彼女を見上げていた。
『ナメたこと抜かすな』
『え…?』
そのままそのしなやかな尻尾で彼の顎を持ち上げたツチノコは、膝から崩れ落ちている彼の視線まで姿勢を下げた。
そして…。
『…!?!?!?』
今度は優しく彼女の方から彼の唇は奪われた、ゆっくりと唇を離していき彼の目をじっとみると彼女は言った。
『こんなことしといて死ぬだと?ふざけんな… 責任とれよな?』
『あの、ツチノコちゃん…?』
『またな?ゆっくり休めよ?』
それだけ言い残すと彼女は地下室をでて階段を上り始めた、彼は呆然とその姿を眺めることしかできなかった。
着れなくなってしまったパーカーワンピースで前を隠し、小柄だが女性らしい体のライン、綺麗な背中に揺れる尻尾からチラリと覗かせるお尻やスラリと伸びた足。
彼はあまりに急なことでしばらく立ち上がれず眺め続けることしかできなかった。
…
「やがて二人は結婚、セルリアンになる病気には彼の父が間に合いギリギリのとこで助かり腕を切り落とすこともない
そして翌年には双子を授かる… ツチノコによく似ているが白髪で爪と牙を持つ女の子と、普段は人間の姿をしているがツチノコとホワイトライオンと3つの姿を使い分ける男の子が生まれる
数年後カインドマン事件が起き同じように彼は捕らわれるが、フレンズ達が協力して彼は救われる
ついにやったじゃないか?彼は君のおかげでより良い人生を歩んでいる、例の病気もカインドマンも君がなんとかすればさらに良くなるかもしれないな?」
「こんなの間違ってる… こんなはずじゃ」
「それは君の幸せの話だろう?彼を幸せにしたいのなら君の幸せなど関係ない、違うか?」
シロさんは… 僕といない方が幸せになれるんですか?
シロさんを苦しめていたのは僕だったんですか?
僕なんかいない方が良かったんですか?
「さぁ、徹底してやるならこの先も見た方がいいんじゃないか?彼の為、そうだろう?」
だとしても…。
そうだとしても!だったら僕は!
「もう、歴史改変はしません」
「ほう?」
自分の存在意義を無くし光を失ったかばんだったが、彼女はこの時決心した。
「全て元に戻します!こんな力、必要なかったんです!やっとわかりました!やり方がそもそも間違っていました!」
「それをやるとこれまでの努力が水の泡になるが?」
「関係ありません!全部直します!力も返します!そして僕は彼の元に帰ります!」
「愚問だな?彼の為彼の為と言いながら結局自分に愛が向けられないと知るとそれか?まったく自分のことしか考えていないとんだ偽善だな?」
その通りだと今更彼女も言い訳などするつもりはない、全てわかった上で元通りにする決心をしたのだ。
全てわかった上で全てを都合良くできるこの力捨てる決心をしたのだ。
鼻で笑うように彼女の心を偽善と呼ぶ歯車にも、かばんは本当の気持ちを強気で言い返した。
彼の妻として、かばんは言った。
「何とでも言ったらいい!確かに彼には辛いことが沢山ありました!だから全部都合よく変えてしまえとも思いました!でも間違いなんです!だって彼は辛いことがあるその度に乗り越えてきた!僕はそれを隣でずっと見てた!でも乗り越える度に同じくらい傷付いて罪も感じて、もしかしたら僕の隣にいた彼は無理して笑ってるだけなのかもしれません…
でもそれなら僕がこれから心から笑わせてあげればいい!昔のことなんて全部どうでもよくなるくらい僕が彼を笑わせてみせる!ツチノコさんにだって負けません!僕の方がもっともっと彼を幸せにします!笑顔にします!あなたの変な力なんてもう必要ない!僕を彼のとこに帰して!!!僕が一番シロさんのことを愛してるんだ!!!」
自分にとって都合が悪くなった歴史に対するワガママに過ぎない、だが彼女は考えを改めてこう結論付けた。
過去のことなど霞むくらい未来で幸せになればいい。
そしてそれをするのは…。
いやできるのは自分だけだ。
他の誰でもない、彼は自分が幸せにする。
彼女の確固たる意思を目の当たりにした歯車は黙り込み、その場にただじっとしてかばんの前に浮いていた。
まさに静寂という言葉がピッタリなほど静かな空間、風もなく生き物の声も聞こえない。
自然の中にいるはずなのに、不自然でしかない静けさ。
その時…。
「よく言った、まぁ合格としておこう」
歯車の言葉と共に辺りは一瞬にして真っ白な空間に変わる、夢として目覚めかばんが始めに歯車と出会った空間だった。
「ここって… え、合格?」
「その言葉を待っていた、だんだん土坪にハマる君を見ていてヒヤヒヤしていたが… 無事に気付いてくれてよかった」
「僕を試してたってことですか?その為に歴史改変なんて大きな力を?」
「始めに話を持ちかけた時に“彼も幸せだ”ときっぱり言い切ってくれればこんなことにまではならなかったのだが… なかなかどうして君も心配性だな、もっと自信を持つといい?彼ならこう言うだろう、“妻のおかげで宇宙一幸せだ”とな」
詳しいことは話してくれなかったが、かばんは彼を愛し幸せを願うのならば何が最善なのか?とそういうことを試されていたのだ。
そしてそれは彼のトラウマを全て無くすことでもなんでも思い通りにしてもっと相応しい女性と一緒にさせることでもない。
彼女の言った通りそれすらどうでもいいと思えるほど今を幸せに生きればいいのだ。
「参考までに教えておこう、彼は無理などしていないよ?何故あれほどの目に逢いながらもあんな風に笑えると思う?
全て君のおかげだ、他人に愛されることのなかった彼は君に愛された、家族もいなくなってしまったが君と家族をつくった
君が笑えばそれだけで彼は幸せなんだよ、だから君が幸せで仕方ないというのなら、彼も同様に幸せで仕方ないだろう」
「あのあの… 何から聞いたらいいのか… 結局あなたは何なんですか?何故僕を試したんですか?彼は知っているんですか?あとあの… 歴史を直さないと!僕が何かする前の正しい歴史に!」
理解が追い付かないのも無理はないだろう、何の理由かわからず突如愛を試されたと思えば今度は励まされている、正直素直に喜べず困惑してしまうところ、それにそうだとすれば早く変えた歴史を直さなくてはならない、力もすぐに返し元の生活に戻りたい。
かばんの問いにそれはなんら問題はないという態度の歯車は答えた。
「直す必要はない、そもそも歴史改変など行われていないのだから」
「へ?」
「今まで見ていたあれは幻だ、夢の世界のような物と考えればいい
ただもし同じように改変が行われたとしたらほぼ同じことが起きるだろう、現実に干渉していないだけだ」
つまりかばんはかなりリアルな映画を見せられていた、実際にその身に体感しているかのようにリアルな偽りの世界の映画。
本当は歴史改変の力など与えられていないし、勿論シロの人生に介入したわけでもない。
目が覚めれば彼女は何事もなかったかのように朝を迎えるだろう。
「一体何のために…」
「それは彼との約束で言うことはできないが、個人的に君には私からこんな試練を与えたお詫びに一つだけ大事なことを伝えておこうと思う」
「大事なこと?」
「ここでのことはすべて忘れてしまうが、君はある時この言葉だけを唐突に思い出すだろう… その時は迷わず走れ」
目の前が霞んできた、歯車の姿もボヤけてほとんど見ることができない。
その最後の言葉それは…。
「いいか?彼、君の夫ユウキは…」
…
目が覚めた、部屋は薄暗くカーテンの隙間からほんの少しの光だけが漏れている。
とても長い不思議な夢を見ていた気がするが彼女は思い出すことができない、ただ夢とはそういうものだと特に深く考えてもいなかった。
広い部屋はしんとして、大きなベッドも一人では余している。
だがそれは夜までの話。
周囲の小さな音に混じり「スースー」と小さな息遣いが聞こえてくる、寝ぼけ眼で隣を見ると見覚えのある寝顔がそこにあり彼女はそれに安心感を覚えた。
「おかえりなさい」
抱いていた枕を戻しそのまま隣で眠る彼を抱き締めると、彼女も再び目を閉じ眠りに落ちた。
その時彼が右手に掴む不思議な光沢を放つ歯車の存在に、彼女は気付いていなかった。
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