ヒト夢を見る③

 歴史が変わることによりユウキは普通の少年らしく16歳を迎えた。


 やはりその特殊の生まれや母のことを言ってくる人も中にはいるのだが、同時に味方になってくれる人もいた。

 改変前の彼の学生生活と比べればそれは十分に幸せと言えるものだろう。


「改変前と違いこの歳まで両親に愛され幼馴染みのアイとは今でも特に仲が良い、高校からは親友ゲンキも加わり大抵三人での行動が多い… 絵に描いたような青春、一部の彼を疎ましく感じている者達の方が肩身が狭いほどだ、良かったじゃないか?君のおかげで彼は歳並な生活を送っている」


「そう… ですね」


 即ち、彼には居場所があるのだ。


 改変前の彼には味方と呼べる人物がほんの一握り、その人並外れた力に皆恐れを抱いており彼と深く関わろうとは誰も思わなかった。


 が、今の彼はどうか?ゲンキを含む友人と仲良く談笑したり学生らしいバカをやらかしたり授業中に居眠りしては教師に注意を受けたりしている、体育では男女から共に注目を浴びて少々図に乗ってはアイに注意される。


 そして家に帰ればすっかり家事に慣れた母がおり、優しく「おかえり」と言ってくれる。


 父の仕事も順調で、このままいけば改変前と比べてずっと早くパークの復興が実現するだろう。


 普通の少年の平凡な毎日、今の彼にはそれがある。


 だがそれが何を意味するのか。

 

 かばんは既に気付いている。


「浮かない顔じゃないか?結果が不服なのか?」


「そんなことは…」


 彼には居場所がある、それは即ちパークにくる必要がなくなったということ。


 同時にそれは…。


 ユウキはシロにならず、かばんと出会うこともないということ。


 その事が不安であり、認められない気持ちであることも否定はしない。

 だがそれともう一つ彼女は引っ掛かることがあった。


「おかしいです」


「ほぅ?その理由は?」


「今の彼、幸せだと思いますよ?平凡な毎日に退屈って感じにも見えないので満足してるんだと思います、無理に先のことを考える人ではないので今を楽しんでるし、それでいい… おかしいのは僕達のことです」


 辿り着いて当然の疑問である、歴史改変により彼にとっての大きなトラブルは回避されている、故に彼は青春を謳歌することができるのだが…。


「なぜ僕達はここにいるんですか?後から気付いたことですが、彼の幸せのための行動なら彼がこの時点で幸せだと僕達がここにいるのはおかしいんじゃ?これからなにか起きて、元の歴史のような形に戻るんじゃないですか?」


 今の彼の幸せの中に、自分がいない…。


 最初は彼が幸せならとそれでも納得しようと思っていた、だがそもそもそれならばなぜ出会うはずのない自分がここにいて彼を助けているのかと疑問が浮かび上がる。


 かばん自身こんなことを言うのは目の前の現実を受け入れきれてないからで、改変後もこうして自分がここに存在しているのはこれから彼はパークで自分と結ばれるからだと確信… いや期待していたからでもあるが。


「タイムパラドックスのことを言っているのか?今ここに君がいることこそ答えなんだがな?」


「じゃあ分岐ですか?時間軸が増えたってことじゃ?ここはパラレルワールドで、元の歴史もちゃんと存在するんです」


「フム… 今はそう考えておくといい、答えが出ればいずれわかる」


 はぐらかされた。

 

 かばんはその答えに不服な気持ちだったが、難しいことはこの際後で考えることにして再度彼を見た。


 彼が幸せになるのに自分の存在は必要がなくなった。


 受け入れているつもりだがそれは飽くまでも“つもり”に過ぎず、どうにもモヤモヤとしたものが胸につっかえる。


 彼を失った自分はこのまま消えてしまうのだろうか?それとも譲渡された謎の力により存在が繋ぎ止められているのだろうか?


 

 シロさん… 僕はシロさんを失ったらどうなってしまうの?


 わかっていても不安が拭えない、彼の為ならすべて投げ捨てたっていいと思ってる。

 

 でも…。


「先を見てみるのはどうだ?何が起きるかわからないものだ、人間社会というのはな…」


 そう言われ、彼女は不安が消えぬまま時間を進めていった。





『なんだよ!仕方ねぇだろ!お前がいつまでもハッキリしねぇのが悪いんだ!』


『だからってお前!わざわざこんなことするのかよ!俺の気持ちを知ってて!クソ!お前ら俺のことそうやって影で笑ってたんだろ!綺麗事並べやがって!どーせお前らも俺のことをヒトモドキとか畜生だとか言ってたんだろ!』


 口論をする二人、なにやらユウキの方からゲンキに突っかかっているような形に見える


 時間を進めすぎたか?とかばんは少々その様子に焦っていたが、調べてみたところどうやら原因はアイのことらしい。


「男女三人集まれば… というやつか」

 

「もしかして、三角関係ってことですか?」


 ユウキ、それにアイとゲンキ…。


 ユウキとアイは幼馴染みで幼稚園から長い付き合いだ、ただそれは恋人だとかそういう関係にまで発展しているわけではない。


 ユウキはある時急にアイを女性として意識し始めた、丁度思春期に入った頃だろう。


 それはアイも同様でユウキよりもほんの少し早く彼のことを男性として意識していた。


 ただお互いにそんなことを思っているだなんて知るはずもなく、想いの丈をぶつけることで築き上げられた関係も壊したくはないし、ユウキは見た目が良く人当たりも悪くなかったので女子生徒から密かに人気がありアイはそれを隣で見て常に不安を感じていた。


 ある日アイはその胸の内を高校に入ってから仲良くなったゲンキに打ち明けた。


 ゲンキもまた誰にでも分け隔てなく接するタイプ、特に友人の悩みを蔑ろにするような男ではない。

 彼はユウキの気持ちも既に知っており、アイと両想いと知ったときは思わず教えてしまいたくなったが、それは本人同士がやらなくてはならないと頑なに口を閉じサポートに回っていた。


 がその度に自分の胸がチクチクと痛むのを誤魔化していた…。


 ゲンキも彼女が好きだったのだ、元の歴史では夫婦なのだからそれは当然のことなのかもしれない。


 だが彼はあの二人の為ならばと自分の気持ちは抑えていた。


 しかし、そんな彼の心の防波堤はある日簡単に破られる。


 アイが心変わりしたのだ、何を考えているかわからない周りに八方美人な態度をとる奔放なユウキのことよりも、何度も親身になって相談に乗ってくれるゲンキの方に心が傾いてしまった、それを伝えられたゲンキも自分の気持ちに嘘をつけずそのまま…。


 「言わなくては言わなくては」と思いつつ二人はユウキに伝えることができずそれを隠し続けた、だがそんなある日ユウキ本人が二人が並んで歩くところを目撃してしまった。


 彼はそのことを問い詰め、そして二人を責めた、ゲンキに至ってはユウキの気持ちを知りながらとアイ恋仲になったのだからと特に強く責められた。


 最も信頼する二人に裏切られたと怒りを露にし、彼はその後二人を拒絶した。


 孤独になったのだ。


「さてどうする?彼は相当に辛そうだが、これも回避するのか?」


「…」


 かばんには何もできない、三人の内誰が悪いというわけではないのだから。


 彼のことを考えるなら少し時を戻しアイに告白できるよう背中を押せばいいのかもしれない、しかしその場合ゲンキは?

 これまでは理不尽な不幸が彼を襲っていた、悪気もなく友達に飛び付いてケガを負わせるのもつまらない理由で背中から撃たれ母を失うのもそうだ。


 今回は違う、彼を救う代わりに誰かが不幸になる…。



 そしてそれ以上に。



 かばんには彼が別の女性と一緒になるところを見るのが耐えられなかった。


 ましてや背中を押すなんてことは彼女の心が持たない、なので彼女は歯車の問いにこう答えた。


「一旦、様子を見ます…」


「人生山あり谷ありと言うだろう、こういうことも必要かもしれないな?どちらにせよ私は傍観するだけだ」


 まるで簡単な感想のような言葉を受け取り、時は更に進められる。


 そして、ユウキの人生はここからだんだんと穏やかなものではなくなっていく。

 本人達に悪気はないとは言え彼が大変な裏切りを受けたことは事実でもある、ユウキは人間不信になり自ら孤立していった。


 気を使って話しかけてくれる子もいればこれが好機とアタックしてくる女の子もいた、ただユウキにはどれも薄っぺらい偽善染みた感情に見えてしまいそれらを適当に聞き流すばかり。


 これは彼にとって単なる失恋ではなく、友人として二人がどれ程の存在だったのか再確認して苦しみが増すものとなった、存在が大きすぎた為に深く残った心の傷。


 両親はそんな彼を心配しているが、二人も二人でなんと声を掛けるべきかと悩む日々。


 こういうとき、安易に踏み込むと取り返しのつかないことになる場合もある。

 少しそっとしておくべきか思いきって声を掛けるべきか、どちらが正しいのかそれは誰にもわからない。


 ある日ゲンキとアイはせめて話だけでも聞いてもらおうと彼に声を掛けたが。


『おいユウキ!』

『ねぇユウキ聞いて?』


『ほっといてくれ!下手に慰められても惨めだってわかんねぇのかよ!話し掛けるな!』


 二人だってこのような結果に納得はいかない、こうなったところでユウキが二人にとって特に仲の良い友人だということには変わりはない、彼だって本当は元通りにしたいと思っているが。


『話くらい聞いてよ!』


『話すことなんてない!』


『なぁちょっと落ち着けよ?』


『触るな!』


 ゲンキが彼の肩に手を掛けた時だ、彼はそれを強引に振り払ってしまった。

 そしてその時感情がぐちゃぐちゃとして不安定だった彼は散々気をつけていたはずの力のコントロールを誤った。


『うわっ!?』


『ゲンキ!?大変…!血が…』


『…』


 振り払われた彼の腕、袖に鋭い切れ目が入り大きな切り傷ができていた。

 赤々とした鮮血が流れアイが必死にその血を止めている。


 ユウキは…。


 そのまま、逃げるようにその場から走り去った。


「止めないのか?あれではまた彼は化け物呼ばわりされる」


「…」


 今のを改変したところで、根本的な解決になるのだろうか?

 かばんはだんだんと自分のやることに疑問を感じ始めていた。


 とにかく先を見て、それから考える。


 チャンスはいくらでも作れる。


 全て自分の思い通りにできるのだから。


 でも本当にそうなの?


 思い通りになんてなるの?


 シロさんは… どうするのが幸せなの?


 

 それから数日時は進み、ゲンキにケガをさせてしまった彼はすっかりと塞ぎ込んで学校にも行かなくなってしまった。


 こんなことではいけないのはわかっているが、それでも…。


 ある晩、やけにリビングが騒がしかった。


『なんだお前たち!?ユキ!出てくるな!隠れてろ』


 大きな音がしたと思ったらバタバタと数人の足音が聞こえ、父親の慌てたような声が聞こえてきた。

 ユウキはなにか不安になり自室のドアを開け階段を降りようとした。


 その時…。


『ナリユキさん!危ない!』



 バァンッ!



 母の声がしてすぐ聞いたことない破裂音が耳にキンと響いた。


 急いで階段を降りた時、彼の目に映ったその光景それは…。




「嘘… なんで?なんでこんなタイミングで?」


「ゲンキのケガを不審に思った誰かから広がり過激派の耳に入ったんだろう、まるで挙げ足でもとるように危険とみなし家に攻め込んできたな、しかも今回は…」




 ユウキ… そしてかばんの目に映るのは。


 両親が無惨にも撃ち殺されているというものだった。


 父は胸に一発、苦しみもがきながら血を吐きそのまま息を引き取った。

 母はフレンズ故の頑丈さがあるためすぐには死なず、夫を庇うように上に覆い被さり動かなくなるまで何発も何発も銃弾をその背中に浴びせられていた。


 バァンッ! バァンッ! バァンッ!


 絶え間なく聞こえる銃声で耳がよく聞こえない、一人が彼に気付き銃を向け何か言っている。


『うぁぁぁぁぁぁぁあああああああああぅぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁあ!!!!!』


 怒り… 悲しみ… 我を亡くした彼はその場にいる全員を葬った。





「なるほど、その後彼はミライの元へ引き取られその管轄下の元パークへの移住を勧められる… 後は改変前とほぼ同じ、偶然出会った君に荒みきった心を救われ互いに恋に落ち、結ばれる」


「どうして?どうしてこんなことに…」


「これでは改変前より酷いな、両親を失完全にい親友にも裏切られたと感じたままだ… さぁどうする?どこから修正していくんだ?」


 かばんは、その場にへたりこみ何も言えなかった。

 自分のやったことが無駄だったからではない、どうするのが幸せなのか本当にわからなくなったかったからだ。


 ゲンキに傷を付けるのを防げば連中は来ないだろう、ただそうしても彼の心は荒んだまま… 仮にアイと結ばれるように仕向けたとしても、ゲンキとの仲は拗れるかもしれないしそうなればそれが幸せに繋がるとも思えない、このルートは詰みだ… とそう思った。


「一度、やり直します… すべて改変前の歴史に戻して、それでパークに着いてからの彼の人生を直していこうと思います…」


「そうか、ではやってみるといい?見届けさせてもらうよ」


 彼女は時をやり直し涙を流しながら修正した事実を消し、本来の歴史を見届けた。

 

 そして場所と時は移り変わり、彼女にとって慣れ親しんだ風景に変わっていく。


 

 ここはジャパリパークキョウシュウエリア、日の出港。


 そこへ…。



「初めましてジャパリパーク」



 そう呟いて小さな船から降りてきたのはパークには珍しい“ヒト”だった、フレンズではなく本当にヒト… そしてオス、つまり男の子である。


 彼は生まれつき髪が白い、その為老けて見られがちだが彼は16歳… まだまだ子供の彼がたった一人、頼りない小舟でここじゃぱりパークへ。




 そして、それを見守る一人の女性…。

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