ヒト夢を見る②

「えっと… もう使えるんですか?」


「行きたい場所や時間を君が願うことで世界のありとあらゆるタイミングへ自由に行き来できる、試しにやってみるといい」


 それじゃあ…。


 歯車から言われた通り手を伸ばすとかばんの手の中に光の玉のようなものが渡り、そしてそれはやがて吸い込まれていきかばんと同化する。


 その時点で歯車は譲渡は済んだと言う、思い描いた場所やタイミングに現れることができるならとかばんは試しにある1つの時と場所を願望した、すると。





「わ!?凄い!?」


 真っ白だった世界は一瞬にして違う場所に変わり地に足も着いている、辺りには草のお生い茂る広い草原、間隔を開けて大きな木がポツリポツリと生えている。


「ジャパリパークキョウシュウエリア、サバンナちほーか」


「はい、噴火のすぐ後なので辺りがキラキラしています」


 かばんが試しに願ったのは慣れ親しんだサバンナちほー、今は亡き親友サーバルの故郷である。


「あ、いた!隠れましょう!」


 そう言うと彼女は歯車と共にその場に姿勢を低くして姿を隠した、視線の先には白い帽子に青の羽飾りが揺れているのが見える、それの持ち主はカサカサと草を掻き分け前に突き進んでいくのがわかる。


「あれは君か?」


「はい、見ててください?そろそろ来るはずです…」


 その時、側にある木の上から何かが勢いよく飛び出した。


 空高く跳び上がった黄色い影は一直線に羽飾りの揺れる帽子の元へ降り立ち見事な着地を決めた。


 そして出会った二人は何か会話をする間もなく顔を合わせた瞬間にそれは始まった。


『うわぁ~!?』


『うひひひひ!いひひひ!わははは!うわっ!うふひひひ!うひひ!あ~っはぁ!うぁ~!おぉ~!』


 サバンナの狩りごっこ。


 ここはかばんとサーバルが初めて出会った場所、そしてその瞬間だった。


「サーバルちゃん…」


「亡き友人の姿を見に来たのか、できるならばまぁ… 一度はやってしまうものなのかもしれないな、気持ちはわからないでもない」


 その時、それまで淡々と話していたはずの歯車の口調にどこか感情のようなものが表れた気がした。

 懐かしい友人の元気な姿に感動していたかばんだったが、そのほんの少しだけ見せた歯車の感情的な部分を決して見逃さなかった。


「歯車さんにもお友達がいたんですか?」


 黙り込んでしまうし当然表情もわからない、ただどことなく寂しそうな風に見えた。


「一応な… 私のことはいい、ここでどうするんだ?二人に認識されずに近寄ることもできるし早送り巻き戻しと自由自在だ、時を止めて今まさに飛び掛かろうとしている彼女から過去の君を救い出すこともできる」


 話題は上手くかわされた、だが説明によると備わった能力は本当に何でもありなようだ。

 こうなると詮索したところでどうにもならないので仕方ない、かばんはそれ以上に聞くことをやめることにした。


「ここに用事はないんです、ただ力を試すついでにサーバルちゃんの顔が見たかっただけですから」


「ならば、次はどうする?」


「こうします」


 立ち上がるのと同時にまるで世界が回るように風景が流れていく、やがて止まるとサバンナちほーとはまるで違う場所に変わった。


 そこは家などの建造物が建ち並びアスファルトで固められた道路や歩道、自動車が行き交い耳も尻尾も羽もないただの人が何人も歩いているところ。


「パークの外か」


「はい、そしてここは幼稚園です」


 その建物にはたくさんの子供達が遊んでいた、ある子供は外の遊具で遊び、ある子供はボールを投げ合って遊んでいる。

 他にも中でお絵描きしたり絵本を読んでもらったり、積み木やブロックで何か作ったりおままごとをする子もいる。


 なんの変哲もない幼稚園、そこに一風変わった子供が1人。


 ただ一人、白髪で猫耳と尻尾を生やした男の子がそこに。


「彼はこの時三才だったか」


「はい、この後あそこにいる女の子… 未来ではゲンキさんの奥さんになるアイさんですね、あの子に飛び掛かって大怪我をさせてしまいます」


 幼少期のシロ、即ちユウキはとても人懐っこく目鼻立ちも整っていたため周囲からとても可愛がられていた、撫でてやるとまさに猫のように気持ち良さそうな顔をして周囲を和ませる、更に子供のそれを遥かに凌駕した身のこなしをもっているのでその見た目のこともあり注目を浴びることが多かった。


 この頃の彼は両親だけでなく、周囲からも愛されていた。


 その時が来るまでは…。


「ッ!?ダメ!」


 時が来た瞬間だった、小さなユウキがほんのじゃれあうつもりでアイ目掛け跳び上がった、これから彼は彼女に傷を負わせお互いの心にも深く傷を残すのだ。


「これ、凄い…」


「止まったな、さてどうする?」


 かばんがその瞬間に気付いたその時だった、その意志に答えるように世界は動きを止めたのだ。


 風に揺れる葉はそれをやめ行き交う車の音も止み、通行人も歩くことはない。


 滑り台の途中で止まる子供、宙に浮いたまま落ちないボール、捲りかけの絵本や崩れ倒れる寸前の積み木。


 静寂の中、子供も大人も一枚の写真を見ているように動かない、かばんは試しに保育士であろう女性の目の前で手を振ってみたが瞬きどころかピクリとも動かない。


 確かに時は止まっていた。


「本当に止まってる!」


「君がそれを望んだからだ、動くことを願えば再び動きだす」


「よーっし!それじゃあシロさんの向きをほんの少しずらして… でもこのままだと地面に落ちて痛いだろうから僕に飛び込んで来るようにします」


 アイはこの時背を向けていて彼が飛び掛かろうとしていることに気付いていない、一方ユウキはすでに地から足が離れ宙に浮いた状態、かばんは彼の着地点を変え代わりに自分が受け止める体制に入った


「別に君に飛び込む必要はないんじゃないか?」


「え?えーっと… だって下に落とすわけにいかないじゃないですか?フレンズは頑丈ですけど彼はまだこんなに小さいんですよ?痛いものは痛いです、それにほら!その後も飛び掛からないように注意してあげないと!」


「大した愛情だな…」


 小さな彼に自分の懐に飛び込んでほしいだなんてことはバレバレだったが、その心を正当化したかばんは再び小さな彼の前に立つ。


「じゃあ行きますよ?動けー!」


 瞬間、かばんの意思に反応し世界は再び活動を始める。


 風に揺れる葉は宙を舞い始め行き交う車は音を残して走り続ける、通行人は歩きだし子供は滑り台を降りている、投げられたボールは反対側の子の手に渡り絵本は次のページへ進む、絵は完成に向かい積み木が崩れる。


 そして。


『わーい!あれ?』


 当時三才児のユウキは飛び込んだ先がアイではなく知らない女性に変わっていることに驚いた。


「大丈夫?」


『おばちゃんもせんせー?』


「そんな感じ、ユウキくん?ダメだよ急にお友達に飛び掛かったりしたら?怪我しちゃうでしょ?」


 大人も子供も先程までいなかったはずの位置に女性がいることに疑問を感じていたのだが、ただいつの間にかいた程度にしか感じなかったのか特にそれ以上気にも止めない。


 かばんは彼に優しく注意を促しその場にそっと降ろしてあげた。


「爪もしまって?お友達と遊ぶときは使わないでしょ?」


『ごめんなさい…』


「うん、ちゃんと謝れていいこだね?さぁもう遊んできてもいいよ?今度は気を付けてね?」


『はーい!せんせーまたねー!』


 元気にアイの方へ駆けていくユウキ、小さな足でテトテトと追い付くと飛び掛かることはせず普通に声を掛けて隣に並んだ、この時アイとユウキの歴史は二人が傷付かない歴史へと変わった。


 その時息子の様子を影から見守る両親の二人、まだ若かりしナリユキとユキもまた、本来の歴史から変わることで現場に飛び込むことはなくなった、物陰から覗いたまま二人でかばんとユウキのことを見た。


『あれ?ナリユキさん?あんな先生いましたっけ?』


『ん?へぇ?美人だなぁ?あんな先生に飛び付くなんてユウキのヤツ羨ましいやつめまったく…』


『え?』←威圧


『あぁいやゴメンゴメンゴメン言葉のあやだ、ユキ愛してるぞ?本当!こんな美人はこの世に二人と存在しない!幸せだなぁ~』


 平穏が保たれた、本来ならば大混乱に陥りユウキは罵声を浴びながら両親に連れられその場を離れる。

 だがそうはならない、それらを確認するとかばんは人知れずその場を後にした… その頃には皆彼女を認識できず何事もなかったかのようにまた時が進んでいく。

 

 一仕事終えた彼女の顔は実に満足気な表情であった。


「やった!シロさんのトラウマを1つ消すことができました!」


「満足かな?だが私はもう少し様子を見させてもらうよ」


「まだまだ!次は命に関わる一件です、これをなんとかすれば今度はお義母さんを助けられます、そうすればお義父さんも寂しくないしシロさんだってお義母さんのいる子供時代を送れます」


「フム、上手くいくといいな?」


 1つが上手くいき有頂天になっていた、この力があればあらゆることが都合良く改変できると自信がついた。

 

 だがそのことに浮かれて未来への影響という単純なものに彼女は気付けていない、本来頭の回転が速く視野も広いはずの彼女だが。


 肝心なことに目を向けられなくなっていた。







 そして幼稚園の件から数日後の世界へ彼女は降り立った。


「お義母さんとシロさんが二人だけでご飯を食べています、メニューはお義父さんが作り置きしたカレーライス… この日で間違いありません」


「武装集団が彼を無惨にも背中から撃ち殺す日か、しかし本当に人間というのは罪な生き物だ… 宗教感の違いとやらで簡単に命を奪うのだから、必死にすがり付くその宗教とやらも所詮は大昔に語られた誰かの武勇伝であったり物語に過ぎないと言うのに」


「歯車さんはやっぱり人間とは違うんですね?」


「歯車じゃなければ何に見える?と言いたいところだが、見掛けで判断するのも早計だ… 人間だからこそこんなことを言うのかもしれないぞ?」


 どこか達観とした歯車の態度が少し気になった、結局彼?は何者なのだろうか?なぜこんなにも強大な力を持ち自分にそれを与えてくれたのか、冷静に考えれば歯車は擬態のようなもので本来の姿や本体というものが存在するのでは?と考える。


 尤も聞いたところで教えてはくれないとわかっているので、かばんは疑問を感じつつも詮索はしない。


 目の前のことに集中する。


 そして先ほどの歴史改変によるズレがここですでに始まっていた。


『ごちそうさま!』


『まぁ残さず食べていい子ですね?じゃあいい子のユウキは洗い物するママのとこにお皿持ってきてくれるかなー?』


『はーい!ママお皿割っちゃダメだよー?』


『はわ!?わ、割りません!ママ洗い物得意なんだから!見てなさい!』←見栄


 そんな家族の日常が広がるのを見てかばんは強烈な違和感を感じていた。



 例の集団がこない?



 そう、本来ならば夕食を食べ始めて間もなく鍵を掛けているはずのドアが何かしらの方法で開かれる、そこで勘違いして仕事で遅くなるはずの父親が帰ってきたと玄関まで彼が出迎えにいくのだ、そして撃ち殺される。


 がなぜか武装集団は現れず、ユウキもユキも夕食を普通に食べ終えてしまい洗い物を始める。


 パリーン!


『あっ…』


『ほらママお皿割れてるじゃん!』


『はわわぁ~!?つい力が入ってしまいました!?どどどどしよう、三日連続でお皿を割ってしまっただなんてナリユキさんが知ったら呆れられてしまいます~…』


 ご覧の通り例の連中が現れる気配はない、やがてユキが一生懸命割れたお皿の証拠隠滅をしようと頑張っている間に父ナリユキは帰宅し、家族三人はあっさりと揃ってしまう。


『なんだまた皿割ったのかユキ?』


『ごめんなさい…』


『怪我はないか?指切ったら大変だから、あとは俺がやるよ?』

 

『ナリユキさぁん///』←ウットリ


 あの時ユウキがアイに飛び付くのをやめさせたから歴史の流れが変わってしまった。


 かばんはようやくそこに気付いたのだ。


「どういうことなんですか?」


「幼稚園で彼が問題を起こさなかった、しかも君から注意を受け彼自身も幼いながらに身の振り方みたいなものを学んだ、だからあの後も彼が化け物と呼ばれるような事案は起きない… 即ち例の集団も刺激されず遠くで睨むだけになる、本来ならば例の事件で彼が人類に害を及ぼすと判断され、それで過激派の連中もユウキとその母親を始末することを決める、今は決定打に欠けているんだ」


「つまり、さっきの事件が発端だったんですね?そっか、1つ変えるだけで先のことが何かしら変わっていくんだ…」


「小さなことも後の大事に繋がる… バタフライエフェクトというやつだ、未来への影響を考えていなかったのか?当たり前のことだ、式が変われば導き出される答えも変わる、君が修正した歴史はどんどん彼の未来を変えていくだろう」


 未来が変わる… 彼の未来が?


 手を出してからやっと気付くことになった、彼の未来が変わるにつれて自分の未来も変わる可能性があるという事実。


 なぜなら彼女の人生は彼と過ごした時間がほとんどを占めているのだから。





 それから時はシロが高校生になる頃まで進む、本来の歴史では彼が人間の生活を捨てジャパリパークへ行く年齢、16歳になる頃である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る