猫夢を見る④
「イエネコちゃん?」
「なぁに?」
「君は俺をシロと呼んだね?それはなぜ?」
気を失ったティラノを背負い船に戻る際の話だ、落ち着いてみれば確かに覚えている。
“シロやめて!”
彼女は確かにそう叫んでいた、遥か昔のあの日々を覚えているはずがないのに…。
ボーッとした顔で俺を眺めるこの子の目を俺は覚えている、確かに昔会っている、随分昔のことだ… その昔とは二重の意味を含むが本当に昔の話、俺はまだ16歳だった。
そしてそのキョトンとした顔のまま彼女は俺の質問に答えた。
「わかんない、なぜかそう思って気付いたらそう叫んでいたの」
そっか…。
先代か先々代かあるいは更にその前か?記憶がうっすらと継承されているんだろう、フレンズにはよくあることだ。
「シロはどうして私がイエネコだと知ってるの?」
「長く生きていれば似たような子に会ったことがあるものさ」
「そうなんだぁ~?」
適当に返事をする彼女、さては飽きたな?
スナネコちゃんほどではないが彼女もなかなか飽きっぽい、猫特有のものが表れているのもあの頃と変わらないようだ、なるほど流石猫と言えば気分屋と言うのも頷ける。
「自画自賛…」
「え?」
「何でもないの」
「あ、そう…」
それから彼女とティラノの馴れ初め… というと妙な意味に聞こえるが、なぜ暴れ回りクセの強いティラノの面倒をみていたのかというのもその時尋ねた、ティラノは彼女に対しても友好的とは言えなかったのに。
「私は去年フレンズになったばかりなの」
「そうなんだ?」
「うん、私も気付いた時には既にこんな感じだったから凄く怖いし不安になってたの… でも自分がイエネコでフレンズだってわかってからは安心したし友達もいたから楽しかった、それから3ヶ月くらい前かな?この子と初めて会ったの」
イエネコちゃんが彼女を見つけた時、彼女はとある荒廃した建物の中で何かに怯えるように動き回り叫び声を挙げていたそうだ。
「どうしたの?あなたはだあれ?」
そう話しかけてみたが通じていないのか聞く気がないのか威嚇を繰り返してくるばかりだったそうだ、とても力が強くてしかも暴れるので彼女も近づけなかった… がなんとなくその姿を見てわかったそうだ。
「私と同じ、多分怖くて不安だったの… そう思ったら放っておくことなんてできなかったの」
彼女は善意でラッキーから貰ったジャパリマンを溜め込みティラノに与えた、これは食べ物だということを自分も食べて見せて認識させると、ティラノは手も使わず貪るように食べ始めたらしい。
「凄く食べる子でだんだん私一人じゃ用意できなくなっちゃったの… そしたらある日いつもの場所から居なくなってて私いっぱい探したんだけど、それからすぐ友達が食べ物を取られるって話をたくさん聞くようになったの… すぐにわかった、きっとあの子の仕業だって」
それが一ヶ月ほど前、ティラノが食料を奪うようになりやがてスタッフ達の耳にもその話が噂として入るようになった。
「たくさん探して私もこの子を見付ける度にお友達からとっちゃダメ!って言うんだけど聞いてくれなくて… ジャパリマンをくれるはずのボスも殺しちゃうしこのままじゃあの子がみんなから仲間外れになると思ったの」
「そして俺達と会った?」
「うん、シロならこの子を助けてあげられるの?」
「頼まれたからね?助けるよ、大丈夫宛もあるから」
ティラノは船で一端こちらへ連れ帰ることになった、まずかばんちゃんにカウンセリングを頼んで俺達は敵ではないことをわかってもらう、言葉が理解できないのかしようとしないのか不明なとこではあるが、その点はかばんちゃんに任せれば解決する。
なんとか打ち解けられたら、あとはゴコクでカコ先生に任せようと思う。
絶滅種には特に肩入れがちのカコ先生だからね。
「君はどうする?」
「連れてって!だってこの子の最初の友達は私なの!」
何度もひどい目に逢いながらも見捨てることをしない、ある意味猫らしくないというか… でもそれがフレンズになることで表れるいいところなのかなと俺は思ってる。
「じゃあ頼むね?この子のこと」
「任せるの!」
頼もしい限りだ。
この子のそんな無垢で優しいところに、その昔ほんの少しだが胸が苦しくなったのを思い出してしまった。
少しさ?ほんのちょこーっとだけ…。
「おじきってアタシ達以外と話すときすげー柔らかい話し方するよな?」
「私は信頼の証だと思っている、親密だからこそだと…」
「なにコソコソ喋ってる?疲れてるかもしれないがキビキビ歩けよ?修行の内だ、あと少しだからがんばれ」
「「は、はい!」」
ったく聞こえてるんだよ… 恥ずかしいだろうが。
ライとヘラ… そんな二人が並んでこちらに駆け寄る姿に少しホッとしている俺がここにいる。
帰ったらまたくだらんことでケンカするのだろうが、これが第一歩になってくれたらと切に思うところである。
よくやった二人とも、偉いよ?
ってケンカしないでキョウシュウまで帰れたら言ってやろうと思う。
…
船はまだ出ない、ティラノが落ち着くまでは船旅は危険だろうと判断したからだ、船上で暴れ回られてはいくらなんでも困る。
目を覚ました時はやはり警戒された、ただ暴れるのではなく怯えて部屋の隅でガタガタと震えるばかり、ましと言えばそうだがこれもダメだ。
でも妻に任せればそれもすぐに解決した。
「怖がらないで?何もしないから?」
「ウゥ… ウゥ…」
「大丈夫、怖くない怖くない…」
ソッと頭に触れると妻は優しく髪を撫でていた、後で聞いたことだがこんなことを“伝えて”いたそうだ。
『初めまして、かばんです… 聞こえますか?怖がらないで?僕達みんなあなたの味方だよ?お友達、だからどうか怖がらないで?
これから一緒にご飯を食べたり遊んだり、楽しいことがたくさんあなたを待ってる、今は不安なことばかりかもしれないけど安心して?僕達があなたのこと必ず守ってあげる、もう一人じゃないよ?みんなあなたとお友達になりたいって… だから声を聞かせて?』
これはテレパシー、妻は直接触れることで思考を送り込んだり読み取ったりできる、ただ結構サンドスターを使うので疲れやすいのだが、妻はこうして心を通わせることで不安定になったフレンズを何人も救ってきた。
エスパー… いや違う、妻の能力は生き物と心を通じ合わせること。
夫としては鼻が高い、とても敵わない。
そんな妻がカウンセラーをやるようになった切っ掛けは親友の死、つまりサーバルちゃんが先立ったのだ。
夫のシンザキさんが歳で眠るように逝ってしまい、彼女はそれを隣で看取ると俺の母の時と同じようにそのまま…。
「どう?あの子の様子」
「とっても強いけど怖がりさんみたいですね?3~4日かけて慣れてもらえればシロさん達にも怯えないでくれると思います、言葉は話せないけど落ち着いて聞いてもらえればちゃんと通じるみたい、あとは食いしん坊さんで… そうですね?性格はアードウルフさんみたいなタイプかと」
えぇ… あんなに強いのにアードちゃんみたいな性格だったのか、まぁそれならビビるのも当たり前か?「来ないで~!」←粉砕 って感じだろう、力の使い方も覚えていかないとな?皆が皆頑丈ではない、正直妻も怪我しないか不安だった。
「でもとりあえず僕にだけでも心を開いてくれてよかったです、僕にサーバルちゃんがしてくれたみたいに元気を分けてあげれるかはわかりません、でも僕にできることを多くのフレンズさんに… あ、ごめんなさい?思い出したら涙が… ダメですね僕?こんなんじゃサーバルちゃんにまた心配かけちゃう…」
静かに涙を流す妻を優しく抱き寄せて髪を撫でた、辛いだろう?泣いてしまっても構わないさ?
大切な人を失うのは例え寿命でも残された方の身としては辛いものだ、たとえその人が「幸せだ」って笑って逝ってしまって、こっちも笑ってさよならをするのが向こうも安心するとしてもだ。
そうはいかないこともあるさ、特に過ごした時間の長い相手だと…。
だから君が辛いなら俺はそれをいつだって受け止めるだけ、誰も知らないとこでこっそり泣かせてあげるのが俺の仕事だ。
切り替えがなかなかできないこともある、でも君は強い… 俺もサーバルちゃんもよく知っていることだ。
…
さて、ティラノに必要な期間は妻曰く3~4日… 丁度いい。
俺には行かなくっちゃならないところができてしまったから。
ライとヘラを一応護衛として船に残し、妻にはカウンセリングを続けてもらう、まずはイエネコちゃんに心を開いてもらうようにするそうだ。
「二人とも?俺は用事ができたから代わりに船を守ってくれ、できるな?」
「今度はどこ行くんだよ?」
「用事がなにか伺ってよろしいですか?」
行き先はセントラルのそばにある圧倒的存在感を放ちながらもまるで話にあげられない謎の建物で、用事は…。
旧友に会う。
「着いてこようとしても無駄だからな?多分二人共あそこには近付きたくないと思ってるはずだ」
「もしかして… “あれ”のことか?やめとこうぜおじきぃ?あれヤバイって絶対」
「私も反対ですマスター、理由もなく何故か嫌です」
そりゃそうだろう、あそこはそうなるように建てられているらしいから。
二人は愚か妻でさえ嫌だと思うだろう、本当のところ俺も何故か嫌だ… 何故か近付こうという気持ちになれないほどだ。
「でも行かないとな、心配するな?あれはそう思うだけで無害なんだ?寧ろ神聖なもので感謝するべきだ、フレンズとセルリアンが近付けないようになってるだけさ?あれの名前知ってるか?」
二人はその問いにフルフルと首を横に振り、一度互いに顔を見合わせるとまた不安そうに俺を見た。
「“イルシオン”だってさ?それじゃあ、行ってくる… 明日には帰るからな?」
「気をつけてくれよ?」
「お気をつけて?」
妻はカウンセリングに集中している、とりあえず二人に伝えておくよう頼んでおいた。
俺は二人の弟子に見送られバイクを走らせた、土煙を巻き上げ風を体に浴びながら。
向かうは一直線、彼が言うには希望の塔。
その名はイルシオン。
何が塔だ、サクラダファミリアみたいな見た目してるくせに塔だなんてハッキリ言って名前詐欺だぜ、俺達フレンズから見るとRPGのラスボスの城みたいに感じる。
彼の声がなんで聞こえたとか、それは知らない… だから聞いたんだ。
どこにいる?今どうしてる?って。
そしたらイルシオンの映像が頭に映し出された、ついでに経路も。
どうやら彼は俺の頭の中に勝手にナビをダウンロードしたらしい、色々言ってやりたいし色々聞きたいがそれは直接会ってからだ。
そもそも… 生存できるような年齢ではないはず、それに思い出した今ならわかる。
皆彼のことを知らない。
俺だけが彼を知っている。
「着いた…」
人間の目で見れば、なんて美しい建造物だろう… とそう感じるのかもしれない。
ただ俺はこれが嫌で仕方がない、例えるならそう… 心霊スポットみたいな嫌悪感を感じる、とにかく言われなきゃ近付こうとはとても思えない、それでも来れたのは俺がハーフだからだろう。
扉… とおぼしき所にたどり着くとそれは触れずとも自ら開き俺を招き入れようとしていた。
「歓迎してくれるのか?ありがとう」
足を踏み入れた瞬間、嫌悪感で溢れていた空気は一変した。
「はぁ… これはすごいな?」
数え切れないほどの歯車や機械部品が剥き出しになり複雑に噛み合いながら動いている、そこに先程までの不気味さはなく寧ろ清々しい神聖な空気に変わる。
『中枢部に来てくれ、今ルートを送る』
彼の声は、こうして脳内に直接響く。
かばんちゃんのテレパシーと似ているが圧倒的に違うのは彼の声が脳内への声であるにも関わらずまるで向かい合って話しているように感じること、無論目の前にその姿はない。
だが俺は送られた経路に従い、まるで手でも引かれるかのように中枢部へ向かい歩き出す、外から見ても中から見てもでかいにも程があるこの塔は闇雲に進んでは迷宮と化すだろう。
そんな所を俺は真っ直ぐ迷わず突き進む。
俺には機械のことがさっぱりわからないが、これらはきっととんでもない役割を持った装置なんだろう?いや待て… 言われてもわからないから答えなくていいよ。
俺がパークに来てからも相当な年数が経っているんだよ?あなたの時代からは何年経った?100年越えてるんじゃあないか?なんで生きてるんだよ… いや、生きてるとは違うのかい?
そうだよな… きっと俺があなたと会った時に起きたあの事件よりずっと大変なことが起きたんだろう?そうでなきゃこんなの造らせないよな?何て言うか… うん、お疲れ様?たまに休んでるのかい?あなたはあの時から寝不足で目の下隈で真っ黒にしてさ?どーせまだ自分のこと追い詰めてるんだろう?
ここまでずいぶん掛かったな?
最後に交わした言葉を覚えているかい?
あなたは俺に「生きろ」と言った。
おかげで何度か死に目にあったけど今日まで元気に生きてこられた。
で俺は…。
「いつか未来で… そう伝えたね?」
中枢部、どれも見ていてよくわからないものばかりだがさらによくわからない機械がある、きっととても重要な役割を担ったパークにとって大事なものなんだろう。
それを背に立つ一人の男が答えた。
「あぁ… 私がこうなった時、君のことを思い出したよ?何らかの理由で記憶が封印されていた、君もそうだろう?」
女性と見間違えてしまいそうなその端正な顔立ち、長い黒髪、そして着込まれた白衣。
「昨日思い出したばかりさ、おかげさまでね?また会えるなんて… まさに奇跡だ」
あの頃から今まで、人が生まれその命を終えるほどの時間があったはずのなのに… 彼は少し大人びただけで若いまま。
「話すとお互い長くなる、とにかく… よく来てくれたな?遥か未来からきた友、ユウキ」
両手を広げ、歓迎を表す彼。
「ゆっくり話そう?時間ならあるさ… そうだろ?遥か過去からきた友、コクト?」
彼はコクト、かつてジャパリパークの統括責任者だった男。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます