猫夢を見る⑤

 銀蓮黒斗ぎんれんこくとという男。


 俺が知る限り皆そんな名前は聞いたことがないだろう、父も母もミライさんもカコ先生もゲンキもスタッフの皆さんも皆知らない。


 それどころかスザク様やオイナリサマだって彼のことを知らないだろう。


 だけど俺は知っている。


 彼はジャパリパーク初代所長、今の時代ジャパリパークは教科書に載るくらい歴史に残っているものなのに、そこの初代最高責任者の名前が一般に出回るどの資料にも載っていない、それはなぜか?



 わからない、でも彼は確かに俺の目の前にいる。



 当時の人間は皆亡くなっているのに、彼の姿は当時のままでそこにいる…。


「せっかく来てもらって立ち話もなんだ、楽にしてくれ?」


「楽にしろって言われても…」


 腰かけるところもないので床にあぐらでもかこうかと姿勢を下げようとしていた時だ、彼がパチンと指を鳴らすとその場の風景が突如一変した。


「は…?どこここ?なんで?」


 妻でなくてもこう言うだろう。


 綺麗な芝生に差し込む日の光、植物園みたな綺麗なここには木製のおしゃれなテーブルに椅子、そしてそのテーブルにはなんだか女子力の高そうなお菓子がいくつか並んでいる。


「座るといい、紅茶も用意した」


「もちろんこれも含めて今説明してくれるんだよね?」


「あぁ、だが先に礼を言おう… ティラノを助けてくれたこと、本当にありがとうユウキ?あれで私の罪が消えるわけではないし彼女の命に敬意を表してそれを消すつもりもないが… とにかくありがとう、彼女もこれでフレンズとして暮らしていけるだろう」


 彼は律儀にもこうして礼を言ってくるが、実質礼を言わなくてはならないのは寧ろ俺の方だろう。


「また俺が罪を作るところを止めてくれたんだ… 礼を言わなくちゃならないのはこっちの方だ」


 彼が止めてくれなければ俺は彼女の命を無惨にも奪っていただろう、あの時もそう…。

 サンドスターでハイになっていた俺はそのまま彼女を殴り殺そうとしていた、そこを彼が目を覚まさせてくれた。


 二度も助けられた。


「さて、まず何から話そうか?聞きたいことは山ほどあるだろう?私も顔見知りと会うのは随分久しくてね?実はこれでも少し浮かれているんだ」


「OK、じゃあこれなんて紅茶かな?美味しいなぁ… 妻にも教えてあげたい」


「この状況でその質問が一発目にくるのは実に君らしいな?父親とそっくりだ」


 すごくどうでもいい会話から始まった、でも友人というのはなんの生産性もないどうでもいい話題なのに楽しく話せてしまうってそういうものだと俺は思う、なんだか意味のわからないことになっている彼だが楽しんでくれているのなら何よりだ、まったく笑ってるようには見えないが。


 それからやがて本題へ移る、まず彼はなんなのか?


「コクトはさ… もしかして幽霊かなにかになったの?」


「いや違う… あらゆる時空間のルールから外れてしまったんだ、どこにもいないしどこにでもいる、いつもいないしいつでもいる、何もできないし何でもできる」


「えっとつまり…」


「自分で言うと妙な感じだが、神というやつになってしまった」


 ビックリしすぎて無言になってしまった、なんだか小難しい哲学みたいなことを言われたと思ったら神になったと?


 そもそもあなた無神論者じゃなかったか?とツッコんでみると「皮肉なことにな」と受け入れている様子、長く生きてると色々あるからな、友人が神様になることもあるか。←無いです


 だが、面白いことに今起きている不思議なことも神だから仕方ないと考えると寛容に受け入れられるようになってきた、きっと神様だからテレパシーとか千里眼で俺の動きを把握できるし、神様だからなんだか綺麗なとこでお茶とお菓子をいただけるんだと。


「随分久しいことには変わりないが、私がこうなってからも一度会っただろう?」


「え?いつ?」


「覚えていないのか?君は片腕だった、厄介な敵を前に力を貸したじゃないか? …フム、なるほどそういうことか?」


 どういうことなんですかね?要説明求む。


「いや、追々話そう… どうやら異世界旅行は一回や二回ではないらしいな?」


「あ!そうなんだよ聞いてよ?もうそれのせいで何度かしんどくてさ?」


 彼の話によると、俺がふとした瞬間別次元に行ってしまうのはカコ先生の説がほぼ正解らしい、複数の宇宙の中でも特殊な存在。

 隣の世界に俺はいないが代わりに別の物語の主人公のように別の存在がいる、その存在はこちらにはいない… あるいはなんでもない普通の存在。


 続けて聞いたことだが、帰った直後にその時の記憶が消えてしまうのは次元の修正力みたいなものが働くからだそうで、厳密には消えたのではなく認識できなくなるらしい。


 後に思い出すのは何か小さな切っ掛けや共通点によるフラッシュバックなどがある。


「今回のこともそれ?」


「いや、あの時のことは私が意図的に鍵を掛けていたんだ、私のことは誰も覚えていないことになっているんだ… ユウキ?君以外はな?」


 詳しいことは長くなるので後で教えてもらうが、彼はこの状態になるに当たりパーク内から自分に関する記憶を全て忘却させてしまったのだそうだ。


 これで合点がいった、だからみんな初代所長のことを知らないのか。


 でも俺だけが彼を知っているのは未来からそうなる前の彼の元へ行ってしまったから、これまで何度も思い出す切っ掛けはあったのに見えないところでその記憶に鍵を掛けられていて思い出すことができなかった。


「なるほど、どうりでぼんやりしてるわけだ… でも寂しくないの?カコ先生とかオイナリサマならコクトのこと知ってるはずだろ?」


「そうだな?だが自分自身のことを蔑ろにし続けた末に神なんてものになってしまった哀れな男のことなんて忘れていたほうがいいさ?」


「俺が教えてしまうかもよ?」


「そんなことをしても知らないと言われるのがオチだ、奇特なヤツだと思われるのが嫌ならやめておくのを勧めるよ… それにユウキ?お前だけでも覚えていてくれてこうして話せるだけで十分俺は幸せだ… ありがとう?そう思うとこんなことになってもまだまだ人間だな私は」


 とても、とても小さいが笑顔を俺に向けている。


 多分これは作った笑顔でなくて本心からくる心からの笑顔で、彼はこんなことになっても心を無くした訳ではないのだということに少し安心している。


 彼がこうなるまでにも色んなことがあった、友を失い家族も失った…。


 もう失うものなんてないとさえ思っていたが、ひとつだけ残ってた。


 それがここ、ジャパリパーク。


 過去最大の脅威が現れ、彼はそれを退けるため人の枠を超えた… 皆が彼を忘れてしまうなかそれでもパークを見守り続けていた。


 何年も何年も… 俺からすれば気が遠くなるほどに長い間。


「ユウキ、実は君とのことは私のワガママみたいなものでな?」


「ワガママ?」


「あぁ、誰か一人くらい自分のことを知っていてくれてもいいのかな?とそう思ってしまったんだ… 本当なら完全に思い出さないようにすることもできた、それでもしなかったのはいつかお前が俺のことを思い出して存在を胸に刻んでくれたらと思ったからだ、探さなくてもいいし会いに来なくてもいい… ただ知っていてくれたらそれでと」


 彼は俺が火山の崖から落ちたことも知っているし、そこから自力で一命をとりとめるのもわかっていた。

 セルリアンになったとき復活するのも予想していたしなんらかの方法でその後の危機も退けることはわかっていた、見守ってくれていたのだ。


「四神スザクの力を継承したのだけは予想外だったが、そうして私の力など借りずとも生き続けてくれるのを信じていた、結果こうして再会できた… 運命に負けない強い男が友人でよかったよ」


「それはどうも、俺も光栄さ?」


 彼は自分のことを未来のために犠牲なっただなんて思ってはいないのだろう、そうしたいからそうしたのだと強い意思を感じる。


 彼は自分を犠牲にしながらも意思がある。


 俺は… じゃあ俺のやりたいことは…。


「相談、してもいいかな?」


「私にわかることなら答えよう」


 何人もの家族や友人を見送っていて思っていたことがある。


 皆俺に感謝を述べてくれるが、俺はそんなにありがたい人物なのか?と感じていた。


 皆は皆の役割や存在意義を見付け人生を謳歌していた、だから最後まで笑いながら「幸せだ」と自信を持って先立って行った。


 俺にできることはこれだけか?と思い始めていた、生きているうちにやらなくてはならないことがあるだろう?と。


「俺も歳を取ったよ、孫までいるんだ?実は今に曾孫ができるんじゃないかとワクワクしてる」


「命を繋ぐという約束が守られて私も嬉しいと感じるよ」


「うん… それで、生きているうちに恩返ししなくてはいけない人… いや人達がいるなって気付いたんだ?」


 俺は目を合わせずカップに残る紅茶を眺めながら話していた、彼は真剣な顔でこっちを見ているだろうか?それともどこか遠くを見ながら話を聞いているだろうか?


 そう思いながら、その時俺は誰にも話さず自分だけで考えていた悩みを彼に話した。



「四神とセーバルちゃんを解放したい、俺の体にはスザク様の力がある… 残りの四神の力も俺が受け継げばみんなを助けられるんじゃないかと思ったんだ?それが俺に可能だろうか?どう思う?」


 彼の方を見るとティーカップの紅茶に一度口を付けそれをテーブルに静かに置いた、そして目を閉じ小さく息を吐くと呆れもせず怒りもせず、また変に同調したりということもなく俺の問い答えてくれた。


「これは理論の上での話として聞いてくれ」


「わかった」


「可能だろう、君は自分の体質がどういうものかハッキリと理解しているか?」


 吸収能力について言っているのだろう、サンドスターもサンドスターロウも関係なくそれらを体に取り込んでしまう、本土産まれのハーフ故に備わった体質、足りないサンドスターを補う為に起きた突然変異。


 そういう認識だ。


「その力を先天性の障害か何かと思ってはいないか?」


「正直思ってる、結構苦労したから」


「厳密には違う… それだとスザクの力を自分の物にできた理由にならない、それは障害じゃない… 恐らく取り込み体に定着させる能力だ、だからサンドスターロウに侵された時はセルリアンに変質したし、体内に張られたスザクのフィルターを破壊して取り込むことができたんだ」


 つまり、体に入ったサンドスター由来の能力は自分のものにできるとそういうことだろうか?


「四神全ての力を同じように取り込み自分の物にできれば四神が技を合わせてフィルターを張る必要はない、君一人で四人分の仕事ができるだろう… 加えてセーバル、人柱となった彼女の分を自身の身体で担えば実質一人でフィルターを張ることができる、無論四神の力を取り込んだのだから他の山々にあるフィルターも問題ない… 5人は解放され自由になる、これは外で産まれたハーフであるユウキ?お前だからこそできることだ」


「本当に?本当に俺一人いればフィルターは大丈夫なのか?」


「ただし…」


 質問を遮るように話を続けようとする彼、理論の上での話はここまでということだろう


「復活したスザクはそれを許さないだろう、善意でな?その警告を無視して残りの三体を復活させたところで誰も協力するとは言わない、傲慢なヤツだとお前を黙らせにくるかもしれない… 加えて守護けもの4体分の力を体に取り込むんだ、正直言って耐えきれるとは思えない」


 可能だが、不可能?とそう言いたいのだろうか?理論上ではできるだけの能力を俺は持ち合わせている、しかしそれをやるには四神の同意と耐えることができる肉体がいる、これは鍛えたところでどうにかなることではないらしい…。


「力を認めるには恐らくスザクとの戦闘になる、だがいくら強くても四神オリジナルの力と君の力では差ができるだろう、極端な言い方をするとキャンプファイヤーとマッチ棒くらいの差がある… それに倒せたとしても全ての力を取り込める見込みが薄い、単純に空気を入れすぎた風船のようになると言うとわかりやすいか?友人としてはお勧めできない」


「やっぱり… ダメなのか…」


「でもやりたいんだろ?違うかユウキ?」


 当たり前だ、ってそう答えるまでもない。


 俺の顔を見れば何を考えているのかわかっているだろうし、彼の表情を見れば何か策があるのもわかる、お互い様だ。


「ユウキ… お前がどうしてもそれをやるというなら俺は力を貸すつもりだ」


「本当に?」


「あぁ、だが俺も友人が犠牲になろうとしているのにそれを助けるような真似をするのは流石に胸が痛む… 本音を言えばあまり手伝いたくはない、だから力を貸すにはまず試練を与えることにする… 一応俺も神だ」


 試練… 神と呼ばれる者はこうしてしばしば試練を与えそれを乗り越えた者にのみその恩恵を与える。


「やるよ、コクトの力があれば負けはしない、そして全ての四神の力に耐えてみせる」


「本当にやるのか?」 


「やる」


「わかったユウキ、だが試練を受けるのはお前ではない…」


 俺じゃない?なぜ?ならば誰?


 彼が立ち上がると辺りの風景がテーブルと椅子だけを残し変化していく、やがて映画館のスクリーンのようなものが現れその前に彼が立ち、答えた


「試練は君の妻に受けてもらう」


「はぁ!?何を言って…!」


「悪いようにはしない、試すのは君への愛」


 スクリーンにはティラノに親しげに話し掛けている妻の姿だった、ティラノの顔には小さく笑みが見える、打ち解けている証拠だろう… あぁして見るとただの女の子だ。


「君の妻のおかげで彼女もフレンズとしての道を着々と歩み始めているようだな… 改めて礼を言おう」


「妻に掛かれば朝飯前だ、それより何をするつもりだ?愛を試すって?」


 妻を出された為か少し苛立っていた、家族を巻き込まれるといくらなんでも怒りが刺激される、それにより口が悪くなっていくのは俺のクセだ。


「今晩、彼女に夢を見せる… テーマは君の幸せだ?彼女には夫である君が最も幸せとなる答えを出してもらう、それができればユウキ?俺の力を貸してやる、スザクにだって負けはしない、全四神の力を取り込み身を滅ぼすこともないだろう、さぁどうする?」


 なんだそれ?そんなことでいいのか?


 そんなの今更過ぎてあくびがでる、彼女だって同じ気持ちだろう。



「わかった… 妻に試練を与えてくれ」

 


 だが彼の与えるこの試練は妻にとってあまりにも残酷なものだということに、俺は気付くことができなかった。

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