猫夢を見る③

「おいそこのあんた!大丈夫か!」


 ライオンとヘラジカが駆けつけた時、そこにはフレンズが一人腰を抜かし地面にへたりこんでいた。


 ガサッ


 同時に茂みに何かが飛び込んで行くのが見えた、この状況から察するに例の件の犯人で間違いないようだ。


「逃がさねぇ!ヘラジカァ!その子を頼むぞ!」


「な!おい!」


 残されたヘラジカは思っても口には出せていなかった。


 “気を付けろ”。


 ってたったそれだけの言葉だったのに、そう思っていたはずなのに。


 普段の態度が邪魔をしてそれだけのことを言えなかった。


「あ… ダメ!あの子をいじめないで!」


 その時被害者と思われるフレンズ、彼女は立ち上がるとヘラジカなど意にも介さずライオン達の後を追い始めた。


 見たところ猫科、薄茶色の髪に縞模様のようなものが入っている。


「なんなんだ?まったく猫科というのは世話の焼ける!」


 ヘラジカはライオンのことが気掛かりだったのもあり、走り出したその子を追い自分も現場へ向かうことにした。







「追い詰めたぜ… なんだてめぇ?やっぱりフレンズか?」


 その頃、ライオンは対峙していた。


 今回の事件の犯人、ターゲットに…。


 それは彼女も初めて会うタイプのフレンズだった、少女の姿をした“それ”。


 爬虫類に近い肌と、一足ごとに地面を踏み抜くその強固な足。


 そしてその少女は、フレンズと言うには余りにも凶暴で、まるで好戦的な目をした猛獣のような…。


「ウルルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 肌にピリピリと伝わる威圧感、あまりの異様さに自信家だった百獣の王もその時は気圧されてしまった。


「フレンズ… だよな?」


「ルァァァァウッ!!!」


 ドンッ!

 地面が抉れる程の踏み込み、それによりあっという間に間合いを詰められるライオン。


「やばッ!?」


 その勢いのまま鞭のように振るわれた尻尾、ライオンはそれを寸でのところで背中を思い切り仰け反り回避した。


 間一髪。


 これも百獣の王である彼女の反応速度の成せる技だろう。


 強力にして無慈悲なその尻尾だが大振り故に隙が大きい、そしてその隙を逃すことなくライオンもすかさず野生解放、体制を崩したように見せて地面に片手を着くと相手の顎に二段蹴りを入れた。


 …が。


「あぁ!?なんだ!?硬ぇ!?」


 蹴った方の足までビリビリとくる。


 ヤツは一瞬怯み仰け反ったものの、すぐに体制を立て直し反撃をしたライオンをギロリと睨み付けた。


 その目を見たライオンは恐ろしく頑丈な体を持っているソイツに焦りを感じ、思わず一端距離を取る。



 ヘラジカより頑丈なんじゃねぇか?



 そう思ったその時だった。


「やめてよ!その子をそっとしといて!」


 そう言って前に立ちはだかるは先程腰を抜かしていた猫科のフレンズだった、ヘラジカが手を貸していたときからそうだが、彼女はなぜか目の前のコイツを庇うようなことを言っている、なぜ?皆を襲い食料を奪っていく暴君のように荒々しいフレンズをなぜ庇うのか?彼女自身被害にあったばかりだと言うのに… ライオンもこれには理解が追い付かず参っていた。


「どいてろ!怪我するぞ!」


「ダメ!お腹が空いてるだけなの!」


「んなこと言ってもよ… ッ!?危ねぇ!」


 

 ドッ!


 そんな音が聞こえるかのような踏み込み、そして跳躍によりまっすぐこちらへ飛び込んでくる、ライオンとの間には先程からヤツを庇うフレンズがいる… 容赦のないことに、ヤツは彼女ごとライオンに突っ込もうとしているのだ。



 間に合え!



 ライオンの咄嗟の判断により彼女を懐へ覆うようにして庇うことに成功した、しかしこのままではその背中にヤツの強力な蹴りをまともに食らうことになるだろう、地面を踏み抜くほどの脚力、タダで済むはずはない。


 ここまでか…。


 懐のフレンズを守るようにギュッと抱きしめ、その時百獣の王ライオンも覚悟を決めると静かに目を閉じた。



「デェァァァァアッッッ!!!!」


 がその時、力強い雄叫びと共に現れた者… 彼女はライオンに迫るソイツに向かい渾身の頭突きによってそれを退けた。


「ヘラジカ!?」


「間に合ったか!」


 森の王ヘラジカ、助けに来たのはまさに彼女だった。


 横から不意を突かれたヤツはさすがに堪えたのかまっすぐと大木に打ち付けられ、ズルズルとそこに崩れ落ちた。


 がまだこちらを睨むその猛獣の眼差しからは戦意がビリビリと伝わってくる。

 


 この時、共通の敵を前にした二人。

 


 睨み合ってばかりだったはずの二人の王は同じ方へと視線を向けていた。



 ライオンは思った



 コイツのことは嫌いだ… でも、コイツは強い!すごく強い!だから味方になった時、なんて心強いんだと思った。


「助かったぜヘラジカ」


 この時アタシは初めてコイツに礼を言った、それは自然に出た言葉だった。


 おじきの言ってる意味が少し分かった気がする。


 

 同時にヘラジカは思った。


 まさかコイツの口から礼の言葉が出るとはな。


 てっきり不利にも関わらず邪魔をするなと怒号を飛ばしてくると思っていた、それでも私はコイツが誰かの身代わりになろうとしているのを見て助けに入っていた。


 私はコイツが嫌いだ。


 だからあんな行動をとるなんて自分でも意外だった、無意識に体が動いていた。


 悪いとこばかり見ないで良いところを尊重する… マスターはこういうことを言ってたのだろうか?




 二人の間にひとつの答えが浮かんでいた。


 敵は強い、恐ろしく強いだろう。


 ライオンにも匹敵する身のこなし、ヘラジカにも勝る丈夫さ、そしてその二人を遥かに凌ぐ純粋なる力。


 そんなヤツを倒したい時、お互いが最も強さを認めるパートナーがいれば…。


「ライオン、頼みがある」 


「奇遇だな、アタシもある」


 目も合わせず、二人はただ真正面のヤツに向かったまま声を掛け合っていた。

 そしてお互いが出した答えをお互いに伝えあった。


「「力を貸せ!」」


 それは世代を越え、二人の王がこの時再び手を組んだ瞬間であった。


「私は、“真っ直ぐいってブッ飛ばす”… これしか知らん… 名案はないか?」


「あぁ、さっきのでわかったんだけどよ?アイツ脇があめぇと思うんだ、だからいつも通り突っ込んでくれ?あとは任せろ」


「なるほどな、単純で分かりやすい」


 まるで始めから互いのことがわかっていたかのような言葉を交わすと、ヘラジカはその手に槍を発現させ声高々に名乗り挙げると、向かう強敵に真っ直ぐ突撃した。


「やぁやぁ!私はヘラジカだぁっ!いざ勝負だッ!」


 先手を取り大地を強く蹴るヘラジカ、それに反応し相手も正面に迫りくる彼女を迎え撃つ為強固な足を踏み込んだ。


「デェァァァァアッッッ!!!!」

「ウルルァアアアアアア!!!!」


 ガァギィィィンッッッ!!!!


 森の王の操る角の槍と、暴君が振るう頑強な爪が激しくぶつかり合うその音が森中に響き渡る。



 そして彼女達の咆哮やそのぶつかり合う打撃音は、別のルートを歩くシロの耳にも届いていた。







 木々が揺れ、鳥が飛び立ち動物達も走り去って行く。


「なんだこれは!?そうか!あっちが当たりか!」


 俺は音を頼りに現場へ走った。


 その間にここに来てからずっと感じていた違和感がだんだんと強くなっていくのも感じていた。



 ウルルァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!



 また聞こえた… この咆哮に聞き覚えがある、なんだったか?よく思い出せないがとてつもなく辛い思いをしてしまった気がする、とても大事な時間を過ごした気もする。


 頭の中で、言った覚えのない言葉が反響している。


『なんだよお前!フレンズじゃねぇのかよッ!』

『クソ…!全部防がれるッ!』

『ゲホッ… ごめん… ごめん… みんなを守れなくって…』


 何かと戦ってたんだったか…?何かって何と?待て、そもそもどこにいたときの話だ?守るって誰に言った言葉だ?


 幻覚みたいなものが…。


 思わず立ち止まってしまった、ユラユラと視界に建物の中にいるような光景が見える気がする…。

 


 誰だ?そこにいるのは誰だ?



 うっすらと見える… 白衣を着てて… 違う、父さんでもカコ先生でもない。


 誰だ?あなたは誰なんだ?


 肩を並べて戦ってくれたあなたは誰?


 彼は… 誰?


 やがて男は振り向いた、長い黒髪を揺らし俺を見て…。


 眩しい、顔が見えないよ?


 誰…?



『遥か未来から来た友よ… 俺は…』





「…っ!?なんだったんだ?」


 誰もいない、今のはなんだ?クソ、疲れてるのか?


 いつの間にかかなり現場の近くに来ていた、立ち止まっていた気がするがずっと走っていたというのか?この森は魔法の森かなにかなのか?


 自問自答などしている暇はない、ライとヘラは無事だろうか?


 二人に何かあっては大変だ。

 

 すぐに向かったが、俺のこの心配は正直いらないものだった


 茂みを抜けると驚愕の光景が広がっていた、だってアイツら… ライとヘラが。


「デェァァァァアッ!」


 持ち前の突進力で相手とぶつかり合うヘラ、そしてその隙を突き相手にキツい一撃を打ち放つのは。


「がら空きだぜオラァァァッ!」


 上手い、真正面はヘラに任せてライが本命の攻撃を加える、荒削りだがお互いの長所を生かした戦いかたをしている。


「ッッッ!?」


「おっしゃ!効いてるぜ!」

「ならば手を止める必要もない!畳み掛けるぞ!」


 正直不安だったよ、任せてはみたがケンカばかりしてた二人だもの。


 でも杞憂だったな?即興で始めたとは思えないコンビネーションだ、息の合ったあの動きを見ていると姉と師匠を思い出す… 在りし日のあの二人の姿を。


 でも、あれは… 戦っているのは…?


「ラァァァアッ!どんどんいくぜトカゲ野郎!」


 ライの声に重なり、また幻聴のような声が頭に反響してくる。


『グゥァァァAAAAAA !!!くたばれトカゲ野郎ォッッッ!!!!!』


 俺か?俺が言ったのかこれ…?


 やがてダメージが蓄積しフラフラとした謎のフレンズ、彼女を庇うように別のフレンズが止めに入っていく、あの子… あの子は?


「もうやめてよぉ!」


 またなにか聞こえ… 見え…。


『待てシロ!落ち着け!俺を見ろッ!飲み込まれるな!』


 庇うその姿に、俺の頬を2~3発叩き正気に戻してくれる人の姿が見える、たがやはり顔がぼやけて見えない。


 顔を左右に振り、正気に戻す。


 落ち着け、何が起きてる?敵は誰だ?あの子はなぜ庇う?


 やがて彼女が俺に気付き戦いを止めるよう必死に頼み込んできた。


「お願いもうあの子をいじめないで!不器用なだけなの!お腹が空いてただけなの!」


「あ、あぁ…」


 君、君は…?


『シロは向こうから来たの?』

『私でも行けるかな?』

『そっかぁ…』

『じゃあその明日が来るまで一緒に待ってあげるの!一緒なら寂しくないでしょ?』


 薄茶色の髪に… 縞模様が…。


 頭が痛い、何かでかかっている気がする。


「“イエネコちゃん”… こんなところにいたら危ない、離れてるんだ?」


「私を知ってるの?」


 今、イエネコちゃんって?イエネコちゃんって誰だ?俺の頭ん中はどうしてしまったんだ!?


 フラフラと足元がおぼつかないなか俺は戦う三人に視点を合わせた、フレンズ… のような少女は劣勢、ライとヘラの猛攻に苦しんでいる。


 見たところ喋る術を持たないのか、ここに来るまでに何度か聞こえていた咆哮に似た悲鳴に近いものを挙げている。


「あれはティラノ… サウルス… 古代種フレンズ化実験…」


 明らかに身に覚えのない言葉を口にしている、あれはティラノサウルス… ティラノサウルスのフレンズ?でもなぜ俺はそれを知っている?


「ティラノサウルス… フレンズの称号… 剥奪…」


 彼女は危険で、何人もの罪のない人達の命を奪う悪いフレンズ… 意志が通じなくて…。


「化石に戻してやらないと…」


 無意識に歩き出していた、二人に罪を与えてはいけない、俺がトドメを刺さないと。


「おし!おとなしくなってきたな?」

「私達二人が組んだのだ、当然の結果だ」


 勝利は目前の二人、互いに拳を突き合わせその余韻に浸っているようだ。


 そして膝を着き息を荒くする彼女、ティラノサウルス…。


「ライ… ヘラ… よくやった」


「おじき!遅いぜ!」

「マスター!任務は達成です、私達のコンビネーション見てくれましたか?」


 危険な子だ… 早くトドメを…。


「ヘラ… 槍を貸せ」


「マスター?何を?」

「おいおいおじき?もう勝負は付いてるぜ?」


 俺は半ば強引にヘラの槍を取り上げるとティラノの前に立った、彼女の目は酷く怯えているがこれから訪れる自分の運命を受け入れているようにも見えた。



 だから俺は槍を振り上げた。



「おじき!?何する気だ!?」

「やめてくださいマスター!?そいつはもう戦えません!」


 

 バカなことを考えるな… 俺に任せろ。


 まるで何かが乗り移ってきたような気分だった、ただこの子は危険で生かしてはおけないとそればかり考えていた。


「ティラノサウルス、お前から… フレンズの称号を!」


「シロやめて!」

「おじき!」

「マスター!」


 その時意識がスローモーションで、三人の言葉なんて耳に入ってこなかった。


 でもひとつだけ頭に直接響いた声があったんだ。


「ウォォアアアァァァァアーッッッ!!!」

  









『ダメだユウキ』


「!?」 


『罪を背負う必要はない…』


 この声… なんで?


『彼女はフレンズだ、怯えているだけなんだ… 助けてあげてくれ?』


 あ… あぁ…。


『頼む』




 振り下ろした槍は彼女の首に触れる寸前で止まり、俺はそれを力なく地面に落とした。


 そして膝を着き怯え震える彼女を優しく抱きしめると無意識に涙が溢れだし、自分のやろうとしたことを悔やみ何度も何度も謝った。


「ごめん… 怖かったね?痛かったね?もう何もしないから?ごめん、本当にごめんね?怖がらなくてもいいんだよ?君も俺達もフレンズなんだ?だから一人じゃないんだよ?もう、大丈夫… ごめん… ごめん…」



 やがてティラノは気を失い、俺の腕の中で眠りについた。

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