猫は最期を見届ける⑤
あの後すぐのことだ。
俺が師匠を超えたその晩、姉さんが消えていくのとほぼ同時に消えてしまったのだと思う。
そう思うと、師匠の姉に対する執念深さというか、仲の良さというものを感じずにはいられない。
もしかすると二人はお互いの死期を知っていたのかもしれない。
既にどうするか話し合っていて、それで俺が師匠を超えていくように二人で仕向けていたのかもしれない。
が、あるいは…。
俺が師匠の残り少ない寿命を削り、たまたまタイミングが姉と同じになった。
そう、師匠は俺が殺してしまったんだ。
姉さんと話し合って俺への引き継ぎを目論んでいたとするのなら、残り少ない寿命で俺が超えていくために気合いで生き長らえていたのかもしれないし、戦闘狂の師匠のことだから散り際として戦いの場を選んだようにも思える。
だが静かにのんびり暮らしていればサンドスターの消費を抑えてもう少し生きられたんじゃないのか?せめてみんなに別れの言葉を伝えてから仲間達に囲まれて見送ってもらえることもできたのではないか?
さすがに自分を責めた、師匠が死ぬはずがない… 勝手にそう思い込んで何度も手合わせし、生きるので精一杯だったであろうその肉体にサンドスターを使わせ死期を早めた。
極めつけにはそんなボロボロだったはずの師匠を叩きのめしたのだから。
そう思うと俺は師匠を超えてなどいない、結局俺はあの人に追い付くことができなかったんだ…。
ヘラジカ師匠、やはりあなたは森の王だ。
参りました。
だから俺はシロサイさん達部下の皆さん、彼女達に師匠が死んでしまったのは自分のせいだったと伝え頭を下げた。
皆そんなことはわかっていて内心怒っているのかもしれないと思っていたが、彼女達は俺に言ったのだ。
「顔をあげなさいシロ、ヘラジカ様に対して謝ることこそ失礼に当たりますわ?」
「負けた後に言っていたでござるよ?」
「“とうとう負けてしまったか、流石は私の弟子だ”って… 負けたのに、すごく嬉しそうにしてた」
「ヘラジカ様は満足したから気が抜けちゃったんだよきっと!」
「これで本当の本当に免許皆伝!ですぅ!」
その言葉に俺は救われた、死に際こそ見せなかった師匠だがそうして皆に気持ちを伝えていてくれたんだ、そうなったとき俺が自分を責めないように…。
師匠はいつまでも俺が自分に勝てないことだけが心残りだったのかもしれない、そうしてその心残りが無くなり満たされた時、まるでこれまでのことすべてに感謝するように皆に言い残し、自室に戻ったそうだ。
最後の言葉は…。
「私は出来た弟子の師匠になれて幸せだ!こんな私を師と仰ぎ続けてくれて感謝するぞシロ!みんなもよく着いてきてくれた!ありがとうみんな!」
勿論これからもずっと着いていく。
皆笑顔でそう答え、労うように部屋まで師匠を送り届けた。
そしてその後まったく部屋から出てこなくなった師匠を翌朝不思議に思った皆は、師匠が眠っているはずの部屋に大きな角を持ったヘラジカが静かに横たわっているのを見付け、その時に森の王は死んだのだと察した。
百獣の王も森の王も、死に際を見せないなんてどこまで誇り高いんだ… それに。
なんで礼なんて言うんだよ?それはこっちのセリフなんだよ。
なんなんだよ師匠も姉さんも。
今こうして生きていられるのも、こんなに強くなれたのも二人のおかげじゃないか?
礼を言うのはこっちだ…。
ありがとう姉さん、ありがとう師匠。
サヨナラ…。
…
二人の王に改めて別れを告げると、俺は残ったヘラジカ師匠の部下達に尋ねた。
これからどうするのか?
もう戦う理由はない、あれだけ躍起になっていたライオン勢の大将も現在はこの俺、そしてくどいほど姉に挑んできた師匠もいない。
もし行き場を無くしまだ勢力としてどこかに属していたいと言うのならいっそのこと俺の傘下に入ってはどうだろうか?俺も家を捨てて城で暮らすのもどうかと思っているので基本は皆で協力してへいげんちほーを守るんだ。
皆今となっては歴戦の猛者だ、これから生まれるフレンズ達の教育にもなるだろう。
そうして若いフレンズに役割を引き継いでいくことで王の意思は語り継がれる、エリアを守るフレンズも増える。
どうだろうか?そう俺は尋ねた。
「とても良い考えですわねシロ?でも… やめておきますわ」
だが答えは否、皆も意志が固いらしく揃って頷いている。
「私たちの大将はヘラジカ様ただ一人ですぅ!」
「だからシロさんがどんなに凄い大将でも、拙者達は傘下には付かないでござるよ?」
「でも困ったことがあったら私達すぐに助けに行くよ!」
「勢力とか傘下とか以前に、私達は友達… だから」
「何かあったときは遠慮なく声をお掛けなさい?何故ならチーム森の王は、これからもあなた達の味方ですもの!」
これもまた、姉の方で見た別の信頼。
彼女達には彼女達の大将がいて、それは消えてなくなってしまっても変わらない。
彼女達はこれから平原を離れ一度それぞれの故郷のちほーに帰るそうだ、会おうと思えば皆すぐに会えるから、寂しいことなんてないんだ。
だからお疲れ様。
今ここにライオンとヘラジカという二大勢力が数十年続けた戦いは、二人の大将の旅立ちと共に…。
終戦となった。
…
それから数年、この歳になるとついこの間のことのようだが、何年か前から俺の元にこんな子達が現れた。
「おじき!なぁおじき!」
一人は黄土色、金色にも見えるフワリとしたボリュームのある髪を揺らす若いフレンズ、俺を“おじき”と呼び元気いっぱいでやや手を焼いているがユキみたいなもんだと思い面倒を見ている。
「早くアタシにもサンドスターコントロール教えてくれよ!それであの野郎今度こそぶっ飛ばしてやる!」
「そう考えているうちは絶対に教えない」
「なんでだよぉ!いいじゃんおじきみてぇに強くなりてぇんだよ!」
「なんの為に?なぜ強さが必要だ?無責任に力を求めるな、それにお前は既に十分に強い、だからちゃんとした答えを出せるまでその修行はしない、わかったな?」
そう言うとしょんぼりと頭にある耳を畳み、尻尾も地面に引き摺るように落としてしまった。
表情はあからさまに落ち込んでますって顔だ、まったく… そういうの弱いからやめてくれ。
「そんな顔するなよ?お前ならすぐにわかるさ?だってお前は“ライオン”なんだから」
うつ向く頭に手を乗せてその鬣のような髪を撫でると、少し元気を取り戻したのか耳を立て尻尾もユラユラと揺らし目はこちらを嬉しそうに見つめている。
「本当か!?」
「あぁ、なんの為に強くなるか… それがわかったらなんでも教えてやる、約束だ」
そうだ、彼女はライオンのフレンズ。
姉からの代替わりで生まれたのか別個体なのかはわからないが、やはり同じライオンのフレンズは見た目が似ているのでこうして少々肩入れ気味である、現存する百獣の王も既に代替わりを済ませ歴戦の王は俺とホワイトさんだけだ、皆若いので教育係としてホワイトさんが口うるさく喚いている。
このライオン… 俺は簡単に“ライ”と呼んでいるが、彼女はヤンチャ故特にホワイトさんに怒鳴られている。
昔は姉さんがよくホワイトさんに怒ってたね、そう思うと面白い。
ところでライが話している“あの野郎”なんだが、これがまた奇妙なことに…。
「マスター!マスターシロはいらっしゃいますか!」
「ここだよ、マスターは恥ずかしいからやめなさい」
「すいませんマスター!」
黒髪に、角のような形に固まっている白っぽい色の髪が左右に延びている、この子もまたライとは別の感じで元気に溢れていて、まぁユキみたいなもんだと思い面倒を見ている。
「てめぇ!何しに来やがった鹿野郎!」
「稽古を付けてもらいにきたのだ!邪魔するんじゃないぞ!」
「あんだとぉ!?上等だ!その角へし折ってやらぁ!」
「ふん!自慢の爪が割れぬようせいぜい気を付けるのだな!」
やれやれまた始まった…。
角の子はヘラジカのフレンズ、どうやら同時期に師匠も代替わりが起きたらしい、まったく因果なことである、安直だがこちらも俺は“ヘラ”と呼ぶ。
だがどうも若いせいか二人は血気盛んですぐにケンカを始める。
仲良くしろと言っているのだけど、ライは口が悪いしヘラはプライドが高いのか憎まれ口で返す、二人ともいい子なんだが…。
「ガァァッ!」
「デェヤァァッ!」
「こらやめないか!」
間に割って入り拳骨をするのもしょっちゅうだ、放っておくと周りも迷惑するし生傷だらけになってもやめないので俺がいちいち止めなくてはならない。
「い、いてぇ…」
「なぜ殴るのですマスター!悪いのはこいつです!」
「野郎!テメェ!」
「やめろライ!ヘラも悪い!言っとくが責任の逃れするようなやつに教えることなんてないからな!いつもいつも飽きずに… お前らちゃんと俺の話聞いてるのか!」
「「ごめんなさい」」
素直なとこだけは息が合っているのがなんとも、似た者同士なんだろうなと思っている。
姉さんも師匠も、昔はこんな感じだったんだろうかとふと考えることがある… ある程度成熟していたからあの風格、初めから王だったわけではないんだと。
そして俺がそんな二人の師匠になるとはね… 何かこう、先代の意志みたいなものを感じるよ。
姉さん?師匠?そこにいるのかい?おかげで苦労してるけど、なんだか二人にまた会えたみたいで実は嬉しいんだ、俺は立派になれたかな?
いや、まだまだだね?もっと頑張るよ、この二人がちゃんと王になれるように。
…
「うぁぁぁぁっ!?」
「情けない声をあげたな?どうした!格闘が得意なのだろう!打ち返してこんか!」
スザク様… やっぱり、この人は神なんだ。
とにかく強さがいちいち規格外だ、近接戦闘でもライとヘラ… いや姉さんと師匠の比ではない。
一撃が重い、おまけに早い、さらに炎を乗せてくる。
隙を見付けようと守りに徹しているがなかなか好機に恵まれない。
ドンッ! その時俺の腹部に重たい掌底が入り後方へ飛ばされてしまう。
「ゴォエ!?」
意思とは関係のないひどい声をあげ、俺は無様に地面に背中を着けた、お気に入りのシャツも焼け焦げてボロボロだ。
「もう終わりか?なんじゃ威勢のわりにあっけないのぉ?」
こちらにゆっくりと歩いてくる、優雅に尾羽を揺らしながら俺の元へ歩み寄り戦意を更に削ぐつもりなのか… あるいは最後の通告の後いっそ殺すつもりなのか。
まぁ優しいスザク様のことだ、命を奪うまではしないだろう、言ってみただけだ。
しかし… どうする?まさかここまで圧倒的とは。
姉さん…! 師匠…!俺どうしたら!
窮地に陥ったとき、走馬灯のようなものを見ることがあるだろう… 恐らく脳が活性化して薄らとしていた記憶が鮮明になるのだ。
…
『ほら、お前は相手のペースに飲まれ過ぎなんだよ?』
『バカ者!戦士が弱音を吐くな!立て!』
自問自答だろうか?そんな風に二人から激を飛ばされてるように感じている、恐らく集中力が高まって二人の言葉で答えを探してるんだろう。
でも、そんなこと言われても相手は師匠や姉さんとは違うんだ、スザク様なんだよ?
自分のやり方でやってるつもりだ、師匠を倒したときみたいに自分の持ち味を生かして戦ってたはずなんだ、その上でスザク様は俺の技を封じながら攻撃を加えてくる… 合気道みたいに無力化してカンフーみたいに激しく攻撃を加えてくる、攻守共に完璧だ。
だけど…!
「立ったか… 根性だけは認めてやろう」
弱音吐いたって立つさ、無理でもなんでもやるんだ!そうしないとスザク様を助けてあげられない。
「ライオンでもない… ヘラジカでもない…
勿論ブラックジャガーでもない…」
フラフラでも俺は相手に向かっていく、俺は師匠や姉さんとは違う、だけど俺はそんな尊敬する人達の言葉を借り、精神を胸に刻んで戦いたい。
「もっと気楽にやっていいかな姉さん?何も殺し合いしてんじゃないんだし…」
力を抜き、深く息を吸い、吐いた。
「小細工しても無駄なんだ、だったこのまま真っ直ぐ行って突撃だ… そうでしょ?師匠?」
迫るスザク様に視線を向け、構えを取った。
「辛いじゃろう?すぐに諦めが着くよう叩きのめしてやる」
「さてそう簡単にいくかな?」
「戯れ言を!」
挑発に乗った… いやなにもそれを誘ったわけではない、しかし再度こちらに駆けてくるスザク様にむしろ好機を見出だした。
「やるなら一撃で仕留めるんだったよな!ブラック師匠!」
俺も渾身の踏み込みでスザク様に向かった、姿勢を低く、低く低く… そして早く、とにかく早く。
俺は拳を前に出したのでも蹴りを繰り出したのでもない。
「アァァァァァアッッッ!!!」
体当たりだ、孟スピードのタックルをスザク様にお見舞いしたのだ。
「グハッ!?この!ただ突っ込んでくるだけとは血迷ったか!」
「捉えたぞ!俺に腕が何本もあるって忘れんなよなぁッ!」
捉えてしまえば不恰好だろうがなんだろうが関係ない、気を楽にして真っ直ぐ突っ込んでその一撃で捉えることができた。
こっからが俺のやり方だ。
「ウォォォアアアアッッッ!!!!」
気合いの雄叫びと共に繰り出すは鋭く早く重たい一撃を何発も放つサンドスターで形成された光の腕、その一撃一撃は素早くスザク様の体をあちこちから貫いていく。
まるで機関銃にでも撃たれてるのかというくらい何度も打撃音が鳴っている、光柱が何本もスザク様の体から伸びているように見えることだろう。
「グゥ!おの…れ!こんなものぉ!!!」
ボォウッ!と浄化の業火が辺りを渦巻き光の腕ごと俺を焼き払おうとしてくる。
体が焼ける、でも… それでも離すわけにはいかない。
やられるわけにはいかない。
答えろ!そして力を貸せ!
一緒に戦ってくれ!
「ガァァァルァァァァァァァッ!!!」
「おのれぇ!この期に及んで!」
瞬間的俺の体にあるスザクの紋章が強く輝き、その封印を破った。
全身に渦巻く浄化の業火は俺の体から発せられる炎により中和され対消滅を起こした。
「燃えろォォォッ!!!」
この好機を逃さず捉えた腕を離し右手を思い切り振りかぶると、真っ直ぐスザク様の腹部に打ち込んだ。
さらに体が衝撃で離れてしまう前に右拳からサンドスターの拳でさらに追撃、同時にその拳には炎を纏わせる。
そして。
「そのまま爆ぜろッ!!!」
ドンッ!!!
浄化の業火を纏う拳はスザク様を巻き込み爆散、さっきから散々俺のこと焼いてくる炎で今度はあんたを焼いてやったってわけだ。
ちょっとは堪えたかよ?
俺は諦めないぞ!
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