猫は最期を見届ける⑥

「まさか、お前がここまで炎を使いこなしておるとはのぉ…」


 爆炎から現れるは炎を司る南方の守護けもの、四神スザク。

 やっと堪えたのか、ヨロヨロとした足取りで肩で息をしながら燃え盛る炎を抜け体勢を立て直している。


 そうだろう、あれが効いてなかったらさすがに引く。


 いや正直ダメ押しだった。

 

 浄化の業火を操りしスザク様からほんの少しおこぼれで、しかも偶然使えるようになっただけの俺の炎が本家に通用するのか?


 そんな疑問は常にあったんだ。


 だがこの炎はそもそもサンドスター由来の力、厳密には炎のような特性を持つサンドスターであり、悪しきものを浄化し任意で燃やすものを選ぶことができる。


 スザク様が言うには、敵意を向けた対象を際限無く焼き付くすことができる… だから「あなたを倒し、あなたを救う」その俺の意思が炎に伝わっている以上はスザク様にもどうにもできなかったのかもしれない、尤も不意を突いたので二度も同じ手は許さないだろうし今度こそ本家の炎に飲み込まれてしまうかもしれないが…。


 でも効く、俺の炎もちゃんと通用した。


 俺は確実に強くなった、圧倒的だった力の差や越えられない壁があったはずなのに。

 あの手も足も出なかったはずの四神スザク様にここまで食らいつくことができている。


 俺がしてきた理不尽な苦労も何度も乗り越えていくことで力となっていたということだ、俺の人生に無駄なんてなかった。


「ここまでやるとなると我も本腰をいれねばなるまい」


 呼吸を整えたスザク様が静かに呟いた、その言葉から察するにこれまでの戦いはまだほんの小手調べに過ぎなかったのだろう。


 ここからが本当の四神スザクだ。


 俺も覚悟をし直す必要がある。


「炎を自由に操れるということは我々守護けもの… 神獣と同じ領域に到達したということじゃ、一介の獣が… ましてや混血がここまでになるとはのぅ?いや、だからこそここまでこれたのかもしれんな」


 俺の力を認め、同じステージにいることをその身を持って体感してくれたようだ。


 静かに冷静な口調で俺を褒め称えている… が申し訳ないが俺にはそれが少々気味が悪いと感じてしまった。


「ずいぶん褒めてくれるんですね?」


「まぁの、ここまで来るのに色々あったのぅシロ?お前はこれまでに何度も何度も辛い目に逢い、その度に皆と共に乗り越え強くなっていったな?数十年… 我にとっては大した時間ではないがヒトや獣にとっては一生が終わるほどの時間じゃ、その数十年でその命が終わるまでによくぞここまで辿り着いたな?だからそんなお前の数十年に敬意を表し、我ももう出し惜しみはせんぞ?覚悟は良いな!超えれるものなら超えてみせい!」


 要するにまだ上のステージがあるから自惚れるなってことだろう、神の領域といっても入り口と熟練の世界は差が大きい、訳が違う。


 何か来るだろうと身構え警戒した、スザク様はゆっくりと浮かび上がりながらもまだ話をやめず口を動かしている。


「お前と初めて会った時のことを思い出すのぉシロ?セルリアンに片足を突っ込んでたお前が我を起こし、いっそ終わらせてやろうかと考えていたところを島長に頭を下げられて助けることを決めた、長が頭を下げる程のお前の徳を信じ助けたのじゃ… そしてその結果今パークは以前のように人々で賑わい輝きを取り戻した、よくやった!すべてお前の繋がりからきた輝きじゃ!」


 長… 博士…。


 昔、クロを助けるためにサンドスターロウを肩代わりした結果、俺はスザク様を頼ることになった。


 スザク様はそんな身勝手な行いに怒りを露にして俺を焼き払おうとしていたが、長の二人である博士と助手が深く深く頭を下げて俺を助けてほしいと必死に頼み込んでくれた。


 結果はご覧の通り、長にここまでさせる俺に可能性を感じてくれたスザク様は俺の体に浄化のフィルターを施してくれた。


 俺の命は長の二人とスザク様の恩恵に生かされた。


「お前を助けたことは正解じゃったと思っとる!こうして殴りあっている今もそうじゃ!何故ならお前が戦う動機は我ら四神とセーバルの解放の為、その気持ち自体は我とて吝かではない!礼を言うぞ!」


 力が集まっていく。

 

 スザク様の体は燃えるように紅い光を纏い、徐々にその光は体全体を覆い始める。


「しかし余計なお世話じゃと言うのがわからんのなら我が真の力を受けてみろ!そしてこれだけは言っておく!お前のやろうとしていることはこれまでお前を助けてきた者達の気持ちを踏みにじることでもあるのじゃ!柄にもなく頭を地面に擦りつけお前を救えと懇願した今は亡き長の片割れもそんなことは望まんと悲しむことじゃろう!両親も姉も師も友人も!残される家族もな!それを肝に命じ!我に無様に敗北したあとはそのことを忘れずに静かに天寿を全うするがいい!!!」


 強い光に包まれた後、俺は目の前に現れたその姿に思わず息を飲んだ。


 何度か見せてもらったことがあるし、その存在も俺はよく聞かされていた。


 ただスザク様本体が“それ”に姿を変えるところを俺は始めて見た、それはこれまでは分身体として一時的にスザク様がその場を離れる為に代わりを置いたり、封印される前の俺が炎で悪ふざけをした時にはお仕置きしに空から舞い降り、時に連れ去ったりする存在だと思ってたからだ。


 だがそれは違う、スザク様には二種類の姿がある。


 いつものフレンズの姿、赤い髪の可愛らしい鳥フレンズのその姿と…。



「キェェェーーーッッッ!!!!!」


 

 その力の化身… まさしく獣神の姿。


 甲高い鳥のような鳴き声を挙げているその姿は、まるで鳥型セルリアンの様だ。


 なのにこんなにも神々しく美しく力強い。


 真っ赤な羽を大きく広げ。


 輝く尾羽を靡かせて。


 大きな鍵爪をこちらに向けている。


 

 正直その力を前に足がすくんだ、腰も抜けそうだった。



 

 博士… 俺親不孝だよな?両親もそうだけど博士達にもたくさん迷惑かけた、スザク様の言う通り何度も助けてくれた博士が今の俺を見たら何て言うかな?全力で止めて一緒にスザク様に謝ろうとするかい?それとも俺が決めたことなら応援してくれるかい?


 どちらにせよ、確かに自分の命を粗末にするのは博士にも失礼だったかもしれない。


 せっかく拾ってくれた大事な命なのにさ。



 でも… でもさ?



 これが俺の出した答えなんだ!みんなが!博士も愛していたこのパークを今度は俺が守りたい!それは四神やセーバルちゃんも例外じゃないんだ!


 だからごめん、どうか許してほしい。


 そして見ててくれ、俺が戦って勝つところを!



「四神スザク!本気のあんたを打ち倒し!必ず救い出してやる!いくぞぉッ!!!」


 全身に炎を纏い、強大な力に立ち向かう。


 誰が呼んだか白炎の獅子、今こそ最後の戦いに身を投じる。





 




 父が逝き、母が逝き… 姉にも師にも先立たれ、それから数年の内にいろんなフレンズ達の最後を見届け、また始まりも見た。


 それは島の長も例外ではない。


 アフリカオオコノハズク、図書館に住み博士と名乗る彼女はこの島の長として助けを乞うフレンズ達に様々な知識を授けた。


 時にその子が何者なのか、時にそれはなんなのか、時にこれはどうしたらよいのか。


 来るフレンズ来るフレンズを的確に答えに導く、それが長の仕事である。


 ワガママで偉そうで、でも優しくって気に掛けてくれる。


 両親がいなければ俺の親とは博士達のことかもしれない… もっともそんなことは本人に対して言ったことはないのだが。


 あの時だけじゃない、もっとちゃんと感謝を込めて伝えるべきだったんだ。







「代替わりが着々と進んでいますね助手?」


「そうですね博士、今となっては馴染みの顔も少なくなったというものです…」


「そうですね… 本当に、そうですね…」


 二人の会話を後ろから見て聞いていた、そして何人も見送ってきた俺にはその時すぐにわかったんだ。


 博士は死期が近い


 だからまた知らぬ内に消えてしまわないようにその日から俺は博士を気に掛けるようにしていた、師匠のようなことは御免だったからだ。


「博士?」


「何ですか?」


「晩御飯、何が食べたいかな?好きな物言いなよ?」


「なんですか急に気持ち悪い、何でも良いのです… シロの作るものならハズレはないのですよ?」


 俺や家族に対してはいつもと変わらない態度を続けていた博士だったが、やはり助手といると遠い目をすることがあったりやけに物悲しい雰囲気を出しているのがわかった。

 恐らく助手はその時既に知っていて、お互いの死が近づいたときの手順を予めお互いに任せているんだと思った。


 他の代替わりと違い、二人には長の引き継ぎがある。


 後で知ったことだが、片方の命が終わった場合もう片方がサンドスターに当てすぐに再フレンズ化させるというものだったはずだ。

 

 再フレンズ化によりこれまでの記憶は無くすが、そうすることで知識を少なからず継承できるらしい。


 今回それを助手がやるんだろう、様子を見るに助手はまだ時間ではない。


 だからある日博士のことで助手に尋ねたことがある。


「助手、博士のことなんだけど…」


「わかっています、知っていますよそれくらい… だから言わないでほしいのです」


「ごめん…」


 これを言われたのは母に続き二人目だった、デリカシーがないと言われても仕方ないだろう。

 母の時と違うのは助手が泣かないという点以上にどこか達観したものを感じたというところだ、当然悲しくもあるだろう… だが俺にはそんな助手が少し冷たくも見えた。


 だって博士のことを知っていながら何のケアもなくいつもと変わらず接するなんてらしくない、不自然だ。


 助手ならもっと過保護みたいになってもいいんじゃないかとすら思ったが…。


「シロ、お前の思っている通りそろそろでしょう… ただあまり悲しむのも良くないし、そうもいかないのです」


「なぜ?」

 

「我々がこの島の長だからです、確かに辛いし悲しいことですよ?長であること以前に生涯隣にいるであろう数十年来の親友… いえ友人や親友なんて簡単な言葉では計り知れない程の人物がこの世を去ろうとしているのですから? ですが長という立場を重んじた時、次の彼女が先代の彼女の影に隠れるというのはあってはならないのです… ですから悲しむのではなく、長い間お疲れ様でしたと労い感謝して笑って見送ってあげなくてはなりません…  先代の長を引き摺り次世代の長を哀れんではなりません、代替わりしたその瞬間その子が長なのです、もう先代は博士ではなくなります」


 本当は辛いのだろう、だからこの件のことは話さないようにしていたし博士にも普段通り接していた。

 彼女にとっては身を裂くような想いだろう、それくらい長く仲が良い。


 助手にとって家族とか友人とか恋人とかそういうのではなく、どう言葉に表現していいのかわからないとても大事な存在… その存在は今終わろうとしている。


 尚且つ、長の立場を重んじて次に現れる彼女そっくりの別人を長として分け隔てなく接していかなくてはならない。


 自分にとって博士はあなただけだ、という訳にはいかないのだ。


 そんな気持ちを胸に強く抱いていても、残された助手は新しいアフリカオオコノハズクに向かい前と変わらず博士と呼ぶ義務がある。


 残される助手… か。


「助手は平気なの?もうしばらくは…」


「私の寿命ですか?そろそろかも知れませんね? …ですが大丈夫なのです、お前ならとっくに気付いていることでしょう?」


 だろう… 本来なら助手もそろそろだと思う、だがしばらく居てくれるだろう、確信がある。


「まぁね…」


「えぇ、クロが隣にいてくれる限り私が終わることはありませんよ?」







 数日後のことだ、博士は俺の前に来ていつもの無表情で俺に言った。


「カレーが食べたいのです」


「なんでまた?」


「なんでもいいから作るのです!」


 最後に博士は「肉はいらない」と伝えてきた、今となっては簡単に手に入る肉だがそれは入れずに野菜だけで作れというのだ。


 なぜ?って思ったさ、でも後で気付いたんだ… 昔、博士達俺のカレー食べて言ってくれたんだよな。



 “おふくろの味”って。



 当時は肉を使うのに抵抗があったしそう簡単に手に入る物でもなかった、野菜ばっかり使っててさ?まだまだ駆け出しで味の試行錯誤の最中だった。


 味はあんまり辛いのは俺も苦手だったから、マイルドな味になるようにスパイスを調節するのが大変で… やっと二人に心から「うまい」って言わせた最初の料理だった。


 あぁそうか…。

 

 なんでいきなり質素なカレーなんて頼んできたのかな?って思ってた、なんでもいいから作れだなんて… ずいぶんワガママな言い方するんだなって少し思った。


 でもそっか… 博士って結構照れ屋さんだったから、素直な言い方するの恥ずかしくなったんだろう。



 そっか…。



 もう限界なんだね?



 いいよ作ろう、任せとけ。





「シロさん?大丈夫ですか?」


 調理を始めた俺を見て妻が心配そうに話しかけてきた、そうだな… 今の俺は大丈夫には見えないかもしれないな。


「大丈夫だよ」


「嘘」


「大丈夫…」


「泣いてるのに?」


 大丈夫…。


 なわけないだろ…!



 「玉ねぎ… 切ってたから…」


 まだ玉ねぎなんて手も付けてない、そんなことは見ればわかるだろうし妻も当たり前に気付いていることだろう。


 涙が溢れて止まらないのは両親を見送った後にも親と呼んで相違ない人物を見送らなくてはならないからだ。


 ずっと一緒だったんだ… 島のどのフレンズよりも過ごした時間が長いフレンズなんだ。


「僕が、代わりますか?」


「うんん… 一人で作るよ?ゆっくりしてて?」


「わかりました、楽しみに待ってますね?」


 妻は何も聞かないでくれた、それは多分妻もすべてを察したからだろう。



 恐らく今夜が最期。



 このカレーは、アフリカオオコノハズクの最期の晩餐になるのだろう。

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