猫は最期を見届ける④

 姉が姿を消したのは猫の習性によるものだったのかもしれない。


 よく飼い猫の死期が迫ると猫はその死に姿を見せない為にひっそりと姿を消し一人息絶える… というような話を耳にするだろう。


 だがこれは厳密に言うと違う。


 姿を消すのはそのボロボロになってしまった体をゆっくりと休ませる為に場所を探してその場を離れるのだそうだ、ストレスの感じないゆっくりとできる場所ということなのか… それは猫みたいなものの俺でもよくわからないのだが。


 ではライオンはどうか?


 プライドという群れを作り一匹のオスがその群れを支配する社会性を持った動物であるライオン。


 プライドで新たに産まれたオスはある程度成熟するとその群れを追い出されて別のプライドを奪い取りに行く、戦いによって立場を確立し、戦いによって立場から蹴落とされる。


 老いたオスライオンは、若いオスがプライドを奪いにくると太刀打ちできずにその群れを追い出され、下手をすればその場で命を落とす。


 群れのリーダーの立場を奪われ敗北した老いたオスライオンはその後、戦いに負け傷ついた体を引きずり一人放浪を余儀なくされるだろう。


 しかし、老い傷ついたそのボロボロの体では狩りもできずに衰弱していき、やがて動くこともままならなくなる。


 そうしてかつて王だったオスライオンは孤独にその命を終える。


 哀しくもあるが、俺は気高く誇らしいとも感じている。



 では姉さんは?追い出されたわけでもないのになぜ自ら姿を消したのか?


 姉の性格なのか、あるいはフレンズ化によって少し習性がねじ曲がって行動に現れたのかもしれない。


 まだこの時の俺はいなくなった姉を心配するばかりで死期が来ただなんて思ってもみなかった、だから必死に探したんだ。


 部下の三人と手分けして、フレンズがいたら尋ねて、家にも帰らず姉を探し続けた。



 やがて夜になり平原には満天の星空が広がっていた。



「三人とも城に戻ってて?疲れたでしょ?」


 一日中駆け回ってくれた三人にも体力の限界が存在する、かなり渋っていたがもしかしたら帰ってくるかもしれないということもあり明日に備えて休んでもらうことにした、無論帰ってくることはなかったのだが…。


 そして俺は。


「どこにいるんだ姉さん…」


 探すのをやめなかった。



 もうこのちほーにはいないのかもしれない… と俺はバイクに乗り火山の麓にある森へ入った。

 鬱蒼として夜になると少々不気味ではあるが、開けたところも多いこの森では所々で空に広がる星を見ることができる。


 星を見ていると、いつか姉とケンカした時のことを思い出す。


 まだあどけなさの残る頃の妻とジャパリバスの上に座り並んで星を見たんだ、その夜もこんな満天の星空だった。


 妻は星座に詳しくて、いろいろ話してくれるうちに獅子座見付けて教えてくれた。


 自分もライオンだったので獅子座のことだけはよく知っていて、その時なんとなく空に輝く獅子を見ているとケンカして心に傷を負っていたであろう姉の顔が目に浮かび、殴られた頬が痛んだ。


 当時優しい姉があんなことをするわけがないとショックだったし、でもきっと話せばわかってくれると信じてもいた。

 だから師匠のとこに顔を出したとき、俺は姉に殴られて腫れ上がった顔を見られると姉のことを悪く言われるのではと思い少し嫌な気分にもなったし、事情を話すと着いてきてくれると言ってくれた師匠の気遣いには大きく感謝した。


 ことが終わってみればなんのことはない、姉はただ俺を心配してくれていただけだった。


 器用で何でもできる姉、人望があって部下の三人も家族だと思ってる温かい心を持ったフレンズ。


 そんな姉が誇らしく、俺は大好きだ。

 




 だからこそ、そこにあなたを見付けたとき俺は本当に嬉しかった。




 広く開けた場所、そこに大の字に寝転がり星を眺めるあなたはどこか儚げで、俺に気付くといつもとは違う悲しそうな笑顔を向けていた。


 その顔はまるでヒマワリが萎れたみたいにくたびれた表情に見えた、こらから枯れてしまうんだって言ってるみたいに萎れてしまったヒマワリの花のように。


「姉さん… よかった」


「なぁんだ、もう見つかっちゃったかぁ… 流石は私の弟だなぁ?思ってたよりずっと早かったじゃないか?」


 何にも言葉が思い浮かばなくなって、気付いたらバイクを置いて駆け出していた。


 もういなくなってほしくなくって思わず抱きしめていた。


 強く強く抱き締めて、いい歳こいて孫までいる俺だったけど声を出して泣いてしまった。


 そんな俺を見かねた姉はよしよしと優しく頭を撫でてくれて、抱き返してくれた。


「なぁんだいつまでたっても甘えんぼだなぁシロは?ねーちゃんがいなくて寂しくなっちゃったのか?」


「あぁそうだよ!当たり前だろ!なに心配かけてんだよ… 探したよ」


「あぁ… ごめんな」


 昔からそう、姉が俺の頭を撫でてくれる度に俺は幼い頃に母がそうしてくれていたのを思い出していた。


 やけに安心して、城で一緒に住んでた頃には時にうとうとして姉の懐で眠りに落ちることすらあった。


 それくらい俺は姉に心を許していたし、姉も俺に特別優しかった。


 だが今は甘えている場合ではない、訳を聞かないと…。


 この頃、本当はもう気付いていたけれど知らぬフリしてわざわざ尋ねていた。


 もしかしたら違うかもって淡い期待を抱きながら姉に尋ねた…。


「どうして急にいなくなったりしたんだよ、姉さん?」


 その問いに、一度目を閉じると姉は真っ直ぐ俺を見て答えた。




「シロ、よく聞きな?ねーちゃんはもう長くない… 多分、今夜中だ」



 やっぱり… そうだ知っていたさ。

 


 そんなことわかっていた、だって他でもない姉のことだもの?

 でもだからこそ信じられなかった、ついこの間まで元気に笑ってた姉が消えてしまうだなんて信じたくもなかった。


 だから俺はこうして直に聞かされるまでは知らないフリをしていたし、そんなんじゃないって言い聞かせていた。


「パパさんとママさんほどじゃないけれど、私も長く生きたよ?命ってやつは始まりと終わりがあるもんだ、そうだろ?だから今夜は長かった私の命が終わるってそれだけのことなんだよ」


 まるで他人事みたいに…。

 俺はグッと握り拳を作り姉に詰め寄った。


「それだけって… 俺やみんなはそうは思わないよ?姉さんの存在はみんなにとってとても大きい、なのにそれだけだなんて… 悲しいことを言わないでほしい」


「ごめんなシロ?でもねーちゃんは幸せなんだよ、フレンズになれて私を慕ってくれる仲間に囲まれて、良くできた可愛い弟がいて妹もできて甥っ子と姪っ子とそのまた下の子供達にも会えた… こんなに家族がいてねーちゃんは幸せもんだよ?だからシロ?ありがとうね?」


 ありがとう。


 父にもそう言われた、俺はただ生きていただけ、ただ自分の思った方へ進んでいただけなのに…。


 姉さんにも父さんにも母さんにもなにもしてあげれてないのに。


 姉も同様にそれを言うのだ。


「出会えたことが嬉しいんだよ、そしてそこからまたたくさんの出会いをもらった… お前の家族の一人として生きられたことが私は嬉しい、だからありがとう」


 心のどこかにあったのかもしれない、両親が先立った、でも姉がいるじゃないか?姉に頼ろう甘えよう… そう考えている部分が俺にはあったことを否定はできない。


 だが今これから、姉は俺を置いて逝ってしまうのだろう


 朝陽が昇るそれまでに、ライオンのフレンズヒマワリはこの世から旅立つ。


「俺も、俺だって姉さんに会えて幸せだったさ… 姉さんがいなかったら今頃俺なんて」


「なぁシロ?そう言うのなら一つ頼んでもいいかい?」


「頼み…?」


「あぁ、弟であるお前にしか頼めないことさ?聞いてくれるか?」


 他ならぬ姉の頼みだ、俺が聞かないなんてそんなことはない。

 黙って頷くとその場にあぐらをかき向かい合う、そして姉は低めの声で俺に言うのだ。


「ヘラジカに勝ったな?」


「はい、姉さん」


「ならば聞け?今夜より平原の城と私の部下はお前に託す… そしてここキョウシュウエリアに現存する百獣の王達を束ねていくのもお前だ、よくやったなシロ?お前は師であるヘラジカを超えた、つまりそれは私のことも超えたということなんだ?

 実は随分前から決めていたのさ?もし私が逝ってしまう時… その時はお前に全て託そうとな」


 そして、そんな大変丁度良いタイミングで俺は師匠を超えた。


 それはつまりパークでもトップクラスの強さに登り詰めたことを意味し、同時に師匠ヘラジカと互角であった姉ライオンも超えたことになる。


 そして姉を超えたということは俺がこのエリアに現存するどの百獣の王の一族よりも強いことを意味する。


 姉はそうなることを望んでいた…。


 いやそうなることを信じ、見越していた。


 自分が最後を迎えるその前に俺が王になり、そして自分が何も言わず姿を消しても必ず見付けてくれるだろうと。


 姉には全てお見通しだったんだ、そしてそれほどまでに俺を信じていてくれた。


「アイツらを頼むぞ?」


「はい…」


「オーロックスは喧嘩早いがその分細かいことを気にしないいいヤツだ、アラビアオリックスは冷静で判断力が高いがどこか抜けているとこもある、助けてやってくれ?ツキノワはその点バランスがいい、どこか郡を抜いて二人より優れている訳ではないが上手くサポートしてくれるはずだ」


「はい…!」


 引き継がれていく、百獣の王から俺へ。


 姉から弟の俺へ…。


「ホワイトも今更お前に文句など言わないだろう、お前に勝てるやつなんてそういやしない… ハンターか、あの四神スザクくらいか?フフッ」


「はい!」


 言うまでもないが、俺の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。


 姉は淡々と、王としての風格を損なわない雄々しき態度で俺にその命を与えていく。


 この日師を超えた俺は王になる。


 姉のようにはいかないかもしれない、だが引き継いだからには俺のできることをやっていくつもりだ。


 そして最後に姉は気を抜いた声に戻り、いつものヒマワリのような笑顔を俺に向けて言ったのだ。


 正真正銘最後の姉の言葉になる。


「ふぃ~… 疲れた疲れた!あとは頼もしい弟に任せるよ?ねーちゃんがいないからって泣くんじゃないぞ?」


 泣いているのは姉さんも一緒じゃないか。


 笑いながら泣いている姉の体からは光が漏れ始めている、時間が来たようだ。


「なぁシロ?」


「なに?」


「また抱き締めてよ?」




 そして最後に姉は何も言わず。




 俺の腕の中で光になって消えた…。




 姉の輝きが消えたその場には立派な鬣を持った大きなオスライオンの遺体が残った。


 元の体はオスだったのかと思うと姉さんのカリスマにも納得がいったけれど、それでもフレンズになるとあんなにも女性らしいのかと少し笑えてきた。


「後は俺に任せて?おやすみ姉さん」


 涙ながらに遺体を土に埋めると俺はその場を後にした。







 翌朝妻を連れて城に赴き、三人と残りの王達に城を引き継いだことを伝えた。


「皆、もし俺が気に入らないならそれで構わない… 正直姉のようにやる自信はない、でも俺は姉から役目を引き継いだ!任された以上俺は百獣の王としてここに君臨するつもりだ!異論があるのならば申し出てくれ!」


「なに言ってんだよ弟さん?」

「オレ達おとーとさんなら文句なんかねぇぜ!」

「大将が決めたんだもの、もちろん弟さんに着いてくよ!」


 この時、皆文句など一つも言わなかった。


「私は構わない、このサーベルに誓うわ?」

「私も、シロなら大丈夫だと思うよ!」

「無論、同意だ… お前もそうだろう?」

「フン、今更意義などしてどうなる?シロ、我からも頼むぞ!」


 皆姉が命を終えたことも疑わないし、その姉が俺にすべてを引き継いだのならそれに従うと証拠もないのに快く受け入れてくれたのだ。


 皆が認める王、それに俺がなれるかどうかはわからない。

 でも姉が俺を信じて全てを託したのなら俺は全力を尽くすつもりだ…。


 もしかすると姉が姿を消したのは形だけとは言え俺がプライド奪ったことになるからではないだろうか?順序は逆だしちゃんと正式に頼まれて俺が引き継いだが、プライドを追い出されたオスライオンの如くその場を去ったつもりでいたのかもしれない…。


「お姉ちゃん、最後までライオンとしての誇りを持っていたんですね…?」 


「うん… 俺はこのまま師匠にもこの事を伝えに行くけど、君はどうする?」


「僕も行きます… 今のシロさん、ちょっぴり心配です」


 思っていたより俺は参っているらしい。

 

 なにやってんだよ?姉は寿命だったんだぞ?それに幸せだって言ってた。


 だったらウジウジ悲しんでんなよ?父も母も見送って次は姉の番が来ただけだ、満足のいく最後を遂げたのだから、もっと慈しむべきだ。


 両親に引き続き姉まで失ったとあってはさすがに堪えた、悲しいものは悲しい… 本人達にとって幸福な最後だとしてもだ。


 残された者は悲しみからは逃れられない。





 そうして妻と師匠の元に訪れると、すぐにシロサイさんが俺達の元に顔を見せてくれた。


「師匠に会いに来たんだ、伝えなくてはならないことがあって…」


 この時やはり薄々と感じていた不安があった… それは姉が逝ったということは、俺のよく知る皆の寿命が等しく近いということではないかということだ、そしてそれは…。


「来てくれたんですのねシロ?そしてかばん、でもごめんなさい」


「え…?」

「なにかあったんですか?」



 寿命とは等しく誰にでも訪れるということだ、誰であろうと等しくだ。



「ヘラジカ様は… 森の王は昨晩亡くなりましたわ、さよならも言わず急に…」




 つまり姉と同じく、その寿命が師に訪れていてもおかしくはないということ。



 森の王ヘラジカは、昨晩皆が見ていない間に姉とほぼ時を同じくして…。



 死んだ。






 姉と師匠だけではない、知らぬ間に寿命が尽き消えていくフレンズはこの頃多かったのではないかと思っている。


 考えると姉に任された部下達もそう長くないだろうし、師匠の部下達も同じように寿命が近づいていることだろう。




 これは代替わりだ。




 俺達の世代の代替わりが始まったんだ。

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