猫は最期を見届ける③

 母が父の後を追うように消えてしまったのは、父と共にいることで輝きを自ら生み出し肉体を保っていたからだろう。


 かつてスナネコちゃんがそうだったように、愛する人が側にいなかった為に起きてしまった別れ。


 尤も母は父の最後を隣で見届けたので、最後まで妻としてその役目を果たしたとも言える。



 最後は笑っていた、悔いは無かったのだと思う。





 生前の父の頼みにより本土では葬儀は挙げていない、パークで火葬にしたのち遺骨を海に撒くことになっていた。


「ありがとう、父さん… 母さん…」


 残った母の遺骨は父と同じとこに入れて共にキョウシュウエリアの海に撒かれた、最後はお互いひとつになってこの海からパークを守っていくのかと思うと、不思議と涙よりも笑みが溢れてくる


 それから間もなく、キョウシュウエリアの港には二人の死を慈しみ石碑が置かれた。




 “人とフレンズの壁を越え永遠に愛し合う二人

 

 人間 ナリユキ


 ホワイトライオン ユキ


 ここに眠る”





 そしてそれから数年経ったころ。


 石碑のあるそこへ訪れたカップルは死んでも別れないだとか、そこでプロポーズすると幸せになれるだとかという触れ込みでジャパリパークの有名スポットとして雑誌か何かに取り上げられたと聞いた。

 

 伝説みたいになってるのは少々複雑な気分ではあるが、二人を忘れないでくれると思うと嬉しくもある。


 ただ命日だけは人を近づけぬようにしてもらっている、両親の墓参りくらい静かにやらせてほしい。


 ただ俺は命日でなくても時折そこに立ち寄り母の好きだった白い薔薇をお供えしている。

 

 そしてそうしていると、ある日若い男女が来て俺に言ったのだ。


「あの!もしかしてあなたはお二人の息子さんでは?」


「そうですが…」


「僕ここで彼女に告白して、来月結婚することになったのでご報告に来たんです!ありがとうございました!」


 律儀な方だ、あまりお客さんとは話さないから少し驚いてしまった… だが俺を見て驚かない辺り父が言っていたようにもう俺が心配するようなことはないんだろう。


「おめでとうございます、両親もお二人の幸せの力になれて喜んでると思います… 良ければ、聞かせてあげてください?」


「はい!失礼します!」


 青年と女性は一生懸命石碑に向かい何か話しかけている、次来るときは是非白薔薇を供えてあげてくれ?お幸せに…。



 幸福な死、二人は天寿を全うして幸せだっただろう。


 そう思うと悲しむのは少し違うのかな?とも思うので、俺は寂しくても笑ってありがとうって言うようにしている。



 父は最後に俺に言った。



 これからは父と母の為ではなく自分の為に生きろって。


 小さい頃に学校やなんかで夢はあるのか?と聞かれても、当時の俺は何も答えられなかったのを思い出した。


 ただ不安のない日々が来ることを願って今を生きるのに精一杯だったからだ。


 宇宙飛行士とか野球選手とかアイドルとか、みんなが将来の夢をキラキラとした目で語るなか、俺だけはただ普通に生きることを望んでた。


 ちゃんとみんなに受け入れてもらって、適当に仕事見つけて働いて、いつか結婚なんてして… と。



 今は違う… 自分のやりたいこと、ちゃんと見付けたよ父さん。







「ガァァァァッ!!!」 


 バンッ!バンッ!バンッ! スザク様の言葉には返事を返さず、気合いで目の前の火球を全て薙ぎ払い追撃への活路を開いた。


「なんじゃと!?」


 この距離なら!


 ここで渾身の拳、炎でも受けきれないくらい特別早くて重いやつがついにスザク様の懐に入る。

 そのままこの拳を腹部に向かい下から上に突き上げるように打ち込み、さらに間髪入れずに光の拳が彼女の体を容赦無く真上に打ち上げる。

 

 鈍い音と声を挙げ体が浮き上がると休む間も与えず次の一撃に移る、四神相手に手加減などしている余裕はない。


 まず跳び上がり追撃、そこからサンドスターで足場を作りまた跳び上がり追撃。


 追撃、追撃、また追撃。


 繰り返し、上へ上へと拳を振るい突き上げていく。


「ガハッ!? おのれ小癪な真似を!」


「まだだ!このまま真っ直ぐ落ちていけ!グゥリャァァァァァアッ!!!」



 ガードも意味がないほどの特大の拳、右腕に渾身の力を込め直しそれを全力で叩き込む。


 空中で背中からまともにそれを受けたスザク様は成す術なく真っ直ぐ地面へ落下、俺は勢いと重力に任せ拳を真下に向かい押し込んでいく。


 このまま一気に!


 ドォンッ!と土煙があがりそこには大の字になり倒れるスザク様が…。


 

 と、なるはずだったのだが。



「図に乗るなぁぁぁっ!!!」



 地面に衝突する瞬間だった、ドカンッ!と爆炎を起こしサンドスターの拳ごと俺を弾き飛ばしたのだ。

 落下の衝撃も消え、そこには神々しき尾羽をなびかせたスザク様が再びその場に姿を現し、キッとこちらを睨み付けている。


 華麗に着地を決めると、俺も相手に向き直す。


「力業でこのスザクに敵うと思ったか!近接戦闘が好きならば望み通り受けてたってやろう、行くぞ!我を相手にする以上気を抜いている暇はないぞ!」


 一度強く踏み込み、グン!と低空飛行で一気にこちらに間合いを詰めてくる。


 くそ、どーせ格闘でもアホみたいに強いんだろうな?スザク様のことだから。


 師匠、姉さん?こんな時どうしてたっけ?どうやったら勝てる?


 教えてよ?頼む…。


 勝ちたいんだ!







 両親の後、俺が次に家族を見送ることになったのはそれからほんの数年後のことだった。


 姉ライオンのヒマワリ、そして師であるヘラジカ。


 この二人もそれほど期間が空くことなく同時期に先立っていった。


 ある日俺は変わらず師匠と模擬戦をしており、また当然のように敗北していた。


「なっとらんな!それで終わりか!」


「元気だなぁ… 俺もう歳だよ師匠?イテテ腰がいてーや」


 なぜ師匠はあんなにも元気なのだろうか?当時両親を失ってから数年だが、師匠に関しては終わってしまう姿がまるで想像がつかなかった、この人は不死身なんだというイメージが俺には常にあった。


 もしかすると“師匠だから仕方ない”と始める前から俺は負けている気持ちになっていたのかもしれない、心がすでに負けていては本番で勝てるはずがない。


 勝ちたいのなら勝つイメージを常に心に刻んでおくことだ。


「まったく、本当は私などいつでも倒せるだろうに…」


「え?」


「いやなんでもない、さぁ続きだ!」


「え!?」


 その日は体がバキバキになるまで稽古が続けられた。


 師匠にしてはなんだか弱気なことを言っていたとその日から少しずつ疑問には思っていた、でもそれも今ならわかる。


 この時から師匠は自分の死期を悟っていたんだろう。


 



 別のある日、俺は姉と一緒にいた。


 特に何をするでもない、ただ近くに寄ったので顔を出して話し込んでいた。


 昔、こうして姉となにもせずゴロゴロと昼寝をしたり他愛ない話をしたりと過ごしていた日々が懐かしい。

 まだ会ってそう長くもない俺を弟と呼び親身になって面倒を見てくれた姉、その懐の深さに今でも感謝し、俺もそんな優しいライオンになれるようにと憧れを抱き、この胸に刻んでいる。


「そういえばぁ?またヘラジカに勝てなかったって?」


「いつものことだよ、俺も強くなったつもりでいたら師匠は常にその上をいくんだ… 姉さんもね?」


「あいつもお前の師匠でいるために頑張ってるんだよ?だからお前が強くなる度ヘラジカも強くなる、それに付き合って私まで強くなっていくんだ?高め合う関係なのさ?」


 知ってはいたことだが、みんなが見ていないところで師匠と姉は訓練でもしていたのだろう。


 ふと俺は、そんな強い姉にどうやったら強い師匠に勝てるのか?というのを尋ねた。

 特に本気とかでなく軽い気持ちで、話の種にでもなればいいくらいの感覚で尋ねた。


 するとそんな俺のために驚くほどでもないが、姉は結構真面目かつ丁寧に答えてくれたのだ。


「いいかシロ?お前はヘラジカのペースに飲まれ過ぎなんだ、いつも競り合って力負けしてしまうだろう?それは当たり前のことなんだよ、だってヘラジカの得意なやり方で戦ってるんだからね?

 お前は私の弟、ライオンだろ?こういうのはあれだ… “立っている土俵が違う”って言うんだっけ?

 百獣の王なんて言われているけど、時に狩る側にいるはずのライオンがキリンに返り討ちあったりシマウマに撃退されることもあるんだよ?どんな動物にも土俵があるんだ」


 そうなのか、まぁ考えてみたら確かにそうだろう、そりゃライオンだからっていつもうまくいくはずはないしシマウマやキリンだってそう簡単にやられはしないだろう。


「皆命懸けで必死だからというのもあるけど、そもそもだよ?ライオンにはライオンの戦い方があるしキリンにはキリン、シマウマにはシマウマ、そしてヘラジカにはヘラジカの戦いかたがあるんだ?

 無謀にも後ろから襲い掛かればキリンの足で蹴られるし、水辺でワニに噛まれたらライオンだって負けるだろうさ?ゾウの群れに踏み潰されたりとかね?それぞれ得て不得手がある、フレンズによって得意なことが違うのは動物だったころとそう変わらないのさ?」


 つまり、姉は本来の動物としての利点を生かせと言っていたのだと思う、確かに俺は意地を張って師匠のスタイルで戦ってたかもしれない、人間故か男故か、意地を張って正面から受けて立っていた。


「だからなシロ?ライオンの戦い方で… いやシロの戦い方で戦いな?せっかくブラックジャガーにも色々教えてもらってるんだからさ?経験を生かすんだ」


「そのつもりで戦うんだけど、つい持ってかれちゃって」


「ヘラジカは始めるとペース作るのうまいからね?お前も単純だからすぐ飲まれるし、でも簡単なことさ?だってお前は初めてヘラジカと勝負したときに勝ってるじゃないか?」


 勝っている?俺が?師匠に?思い当たらない、サーバルちゃんと協力したのはカウントしないとして…。


「ケイドロ?」


「違うよあの簡単な数遊びさ」


「あぁ…」


 そうだ、圧勝だったっけ… 師匠は物事に対して単純だったから。


「同じことさ、戦いでも同じ… シロはシロの戦いのペースを作ればきっと勝てる」


「そうかな?」


「そうさ、だってお前は私の可愛い弟なんだから… ね?」


 姉はそうして俺の頭を優しく撫でてくれた、いい歳して少し気恥ずかしいのだけど姉は昔からずっとそうして俺に優しくしてくれていた。

 ニコニコとその名の如くヒマワリのような笑顔を俺に向けて、励ましてくれる。




 ただこの時はなぜか、顔は笑っていたはずの姉なのに目が酷く寂しそうに見えた。





 それから俺は改めてブラックジャガーさんに鍛え直してもらい、やがて自分の戦いかたを曲げない強い意思も備わってきた。


「ほんの数日だが、やはり元から強かったせいかあっという間に完成したな?もうオレから教えることは何もない」


「ありがとうブラック師匠、これからPPPだね?」


「あぁ、一度ソロで活動していた5人が再集結した初めてのライブだ… オレは警備を任されている、勝手だがメンバーの一人になったような気分で胸が踊る」


 ファンだったブラック師匠も今じゃスタッフの一人か、PPPも個々で己を高め続けその集大成がここに極まるという貴重なライブ。


 チケットは持っているので家族で見させてもらう予定だ。


 時代の移り変わり感じるのは少し寂しいものだけど、変化を見るのは楽しくもある。


 皆、今日明日明後日と成長していく…。



 俺もそろそろ、変わらないとな。





 さらに数日後、俺は再度師匠と相見あいまみえる。


「顔付きが変わったな?その目を覚えている… お前が片腕で私に挑んで来た時のあの目だ」


「今日は師匠を超えるつもりできた、やっぱり負けっぱなしは悔しいし、師匠だって弟子が自分を超えるところ見たいだろ?」


「フム、よく言った!ならば超えて見せろ!始めから全力で行くぞ!」


 一瞬で片が付くなんてあっさりとしたものではない、いつもよりずっと長い時間師匠と闘っていた。


 だが決着は突然着くものだ。


 俺はその日、誰の力も借りずに正真正銘自分だけの力、やり方で…。



「はぁ… はぁ… 参った、私の敗けだ… よくここまで強くなった、師としてこんなに誇らしいことはないぞシロ!」

 


 俺は勝った。


 この日とうとう師匠を超えたんだ。


「師匠!ありがとうございました!」


「あぁ、見事だった!だが、これに慢心せず励めシロ!私も次はもっと強くなる!」


「はい!」


 熱い激励を受け俺が師匠の元を後にして真っ先に向かったのは家ではない、平原のここより反対側に位置する大型遊具の形をとる建物だ、そうそこは…。


 姉、ライオンの城だ。


 姉がくれたアドバイスは的確で短期間で師匠を超えるまでに成長させてくれた、ブラックジャガーさんにも感謝だがまず姉だ。


 本当は何か手土産とかあった方がいいのだけど、とりあえずお礼が言いたかった。



 姉さんありがとう、姉さんのおかげだよ。



 それだけすぐに伝えたかった。


 走ってまっすぐ城に着くと正門を通らず失礼極まりないのは分かっていたのだが、俺は真っ直ぐ窓に跳び移りそこから姉さんの部屋にお邪魔した。


 こんなは入り方をしたのは姉さんが拗ねていたとき以来だ、だがそれくらいすぐに姉に会いたかったし、すぐにでも伝えたかった。


「姉さん!俺師匠に勝ったよ!姉さんがアドバイスしてくれたから… あれ?」


 だが部屋にはいなかった、綺麗に片付いておりまるで空き部屋のように静かだったのをよく覚えている?


「いないのか、外で昼寝かな?」


 ゴロゴロするのが好きな姉のことだ、恐らくそんな理由だろうと冷静になり部屋を出て下の階へ降りた。


「あれ?弟さん?来てたの?」


「ツキノワさん、姉さんどこかな?」


「今日は見てないよ?部屋から出てないはずなんだけど… え、いないの?」



 いない?どこにも?



 城中探し回ったし、オーロックスさんとアリビアオリックスさんにも尋ねたが知らないという、周囲も調べたが見当たらない、つまり姉はここにはいない…。



 後はバカでもわかるだろう。


 

 姉さんは、一人黙って出ていった。

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