また会ったね③

 どこかで思い込んでた。


 様子を見に来るといつの間にか生まれていた孫と母親のスナネコちゃんが普通に一緒にいて、そっくりな顔をして二人で笑いかけてくれるんだ。

 ツチノコちゃんは相変わらず仏頂面で言葉はキツいけどもてなしてくれて、旅の話を聞かせてくれたり孫に振り回されたりしてそれを見て俺達も笑って…。


 その子には父親がいないけど、三人は家族として楽しく暮らしてる。


 幸せに暮らしてるはずなんだ…。


 なのに。


「アイツの代わりってつもりでもないが、オレはあの子の母親として本当に娘だと思って接してる… 好き勝手生きてきたオレだが、今はミユの幸せを一番に考えてる」


 それがクロの側を離れてまで自分に着いてきてくれたスナネコちゃんに対してできることであり、今一番自分がやりたくてやってることだ…。


 と彼女は言った。


「出産の時のことをこれから話すが、質問はあるか?」


「一つ… あの子、ミユちゃんをクロに会わせるつもりは?」


「無い… ときっぱり言うつもりもないがわざわざ会わせようとも思わない、ただ向こうから事実を知って会いにくるとか、いつかあの子が父親に会いたいと言い出したその時は拒むつもりもない、まぁクロにも“都合”はあるだろうけどな?」


 なんとなく今のクロのことも察してる顔だ、他の女とくっついたんだろうなってそんな顔をしてる。


「クロのことは後で聞く、今はスナネコだろ?リウキウに着いた頃はもう安定期ってやつで…」


「あの…」


 話を再開したとき、妻は小さく手を上げてその話を遮った、表情はなんとも言えない強張ったような顔をしている。


「かばんちゃん?」


「ごめんなさい、僕はミユちゃんとお話してきていいですか?」


「…まぁ構わんが、余計なこと言うなよ?父親のことも母親のことも、あの子が受け止めるにはまだ早すぎる」


「わかってます、大丈夫です」


 目を見ればわかる、聞いてて辛くなってしまったんだろう。


 もしかすると出産に耐えられなかったと聞いた時すべての原因がクロにあると感じてしまったのかもしれない、見方によるが確かにクロがいなければ彼女はこうはならなかったのかもしれない…。


 息子に業を背負わせたような気持ちになっていてあんな目をしてるのだろうか?


「シロさん、後で聞かせてくれますか?」


「うん… ねぇ?誰が悪いって話じゃないんだ、変な言い方だけどあまり気にしてはいけないよ?いいね?」


「大丈夫です、じゃあちょっと行ってきますね?」


 無理に笑って見せると妻は浜辺で走る孫娘の元へゆっくりと歩いていった。

 その姿を見つけたミユちゃんもピタリと動きを止めてじっと祖母に当たる人物をその大きな眼で見つめている。


「ごめん、水を指したね… 続きを聞かせて?」


「あぁ… なぁシロ?みんなは元気か?」


「え?唐突だね?もちろん、皆変わりないよ?」


 俺が返事を返すと彼女はどこか遠い目をして空を見上げ、一度その目を閉じる。

 少しの沈黙のあとフッと小さく息を吐き、こちらを向き直すと言った。


「命ってのは限りがあるよな?そしてその命に限りがあるのはオレ達フレンズも例外じゃない、一見若く見えても確実に寿命を削っているんだ、オレもお前もかばんも… 島中のフレンズみんなそうだ、神獣である守護けものだけはその枠を外れているようにも見えるが決して不死というわけじゃない、あとカコもそうだ… オレ達にも必ず終わりがくる」


 最近父のことで身内の死と言うものを意識したばかりだ、俺自身は寿命に関係なく何度か死に目にあっているが。

 博士も助手も姉さんも師匠も、彼女の言う通りいつかその人生に幕を閉じる日がくるのだろう… 見た目こそそう変わらないが必ず迎えがくる。


「お前は特殊なパターンだからか、フレンズ化してても少し老けたな?気付いてたか?」


「ま、もうすっかりおじさんだからね?孫までいるんじゃ当たり前さ?君と初めて会った時のことが最早遠い昔だよ」


 彼女は恐らくスナネコちゃんの最後について語るのに敢えて死について話始めたんだろう、考えてみればフレンズの死というのはわからないことが多い。


 セルリアンに輝きを奪われてフレンズ化が解けてしまったらそれはフレンズとしての生を終えたとも言えるのか?それとも動物として命を失ったわけではないから死とは別なのか?


 代替わりの際記憶は引き継がれないものの肉体は甦る。


 ではフレンズにとって死とはなんだ?


「オレはスナネコが死んだと言ったな?それはオレがそう思っているからそう言ったんだ… 話を聞いた後だとお前は死とは違うと思うかもしれない」


 そして彼女は話始めた。


 たった1日、それどころか母になってすぐに終わりを迎えてしまったスナネコちゃんの最後を…。







 リウキウに着いたころすっかり大きくなったお腹で安定期にも入ったスナネコちゃん、そしてそれを懸命にサポートして身の回りの世話を率先して行うツチノコちゃん。


 二人は当時からここ、この家に住み定期的に守護けものシーサー姉妹のところに顔を出していたらしい。


「フレンズの妊娠はヒトと交わる必要があるから稀でな、しかも妊娠まで時間がかかるからシーサー達も初めて見たと言っていた… まぁ定期的に経過を見てよくわからん力で順調かどうかを見てもらってたんだ」


 所謂、定期検診というやつだろう。


 シーサーのフレンズに関しても気になるところではあるが今はそんなことより続きを聞くとしよう。


 当時、お腹が大きいからと言って彼女に何か変化があったのか?という疑問に関しては。


「大して変わらん」


 だそうで、いつもの熱しやすく冷めやすい性格はそのまま、でも時折母親らしいしっかりとした一面も見ることができたそうだ。


 ただ心配性だったのは寧ろツチノコちゃんの方だったらしく。


「おいスナネコ!ジャパリマンを… ってあぁぁぁぁ!?どこ行ったんだよあんな体でぇ!?おぉいどこだぁ!?」


 そうして姿を消すことがあり、しばしば彼女の心配を煽り続けた。


「フンフフンフフンフフフンフフフン♪」


 ただ大抵こうして鼻歌など歌いながら浜辺をフラついていたり、暑苦しかったのか家の裏から続く森の木の影で涼んでいたりと大したことの無い理由だったりするのだが。

 ツチノコちゃんにとっては気が気ではなくその度に注意をいれたそうだ。


 かばんちゃんの時は割とおとなしくしてくれていたイメージ… 双子だったからいろいろスナネコちゃんの時とは勝手が違ったのかもしれないがとにかく妻はスナネコちゃんのようにどこかへフラッと消えて俺を困らせてくることはなかったと思う。

 散歩がしたいと言えば一緒に着いていったし、素直に何かしたいときは頼んでくれた。


「おぉい!お前また勝手にフラフラと!心配かけんじゃねーよ!?」


「おぉ~ツチノコはそんなにボクが大事なのですかぁ?照れますねぇ~?」


「だぁーもう!子供もだよ!ちょっと転ぶだけでも大事なんだぞぉ!?お前の体にだって負担がでかいんだ!頼むからおとなしくしてくれよ!?」


 始めのうちは照れて叫び回っていたツチノコちゃんも慣れてしまったのか次第に心配であることを否定をしなくなっていった、彼女はスナネコちゃんもそのお腹の中の赤ちゃんも心配でしかたなかったのだ。


 幼い頃のクロとユキ、それにサンを可愛がってきた経験の為か彼女自身も子供が好きなのだろう、新しく生まれる命には非常に気を使った。


「お?」


「なんだ!?どうした!?」


「凄い動いてる~!あなたはツチノコが好きなのですか~?」


「そ、そうなのか?///」


 こうして、子供がお腹の中でよく動くようになってきた頃はその子の一挙一動に喜んだそうだ、俺にもその気持ちはわかる。


 まるで夫婦、ツチノコちゃんもかばんちゃんが妊娠中にわちゃわちゃしていた頃の俺をよく思い出していたそうだ。


「あの頃いちいち慌ててたお前の気持ち、今だったらわかるぞ?」


「でしょ?もう気が気じゃないんだよ、何してるの見ても心配で心配で…」


 その時、スナネコちゃんは特になんら問題のない健康な妊婦。


 彼女の様子が変わったのは出産の直後のことだった、出産は信じられないほど体力を使うものだがそれでも何かおかしかった。


 かばんちゃんの時と同じで感じたことの無い激痛に苦しみ泣き叫ぶ声が響き渡る、守護けものシーサーは何か特殊な方法で出産を手助けしていたが、彼女は見る見る体力を失っていくのがわかる。


 ツチノコちゃんは手を握り必死に声を掛けたそうだ、というよりもそれしかできない。



 頑張れ!


 もう少しだ!


 子供も頑張ってるぞ!


 オレが付いてる!



 強く、強く手を握りとにかく無事産まれてくれることを願った。


 そして。




 ォギャァ! ォギャァ! ォギャァ!



 

 元気な産声、その瞬間俺達の孫ミユキが無事この世に生を受けた。


 取り上げたのは二体で一対シーサーの姉、赤が目立つシーサー・レフティ。


「はいお疲れさん!元気な女の子だ!大きな耳は母親譲りだね~?」


 彼女もそうして新たな命の誕生を喜んだが、もう一方の青がよく目立つ妹のシーサー・ライトはその時何か異変に気付いた。


「待った、様子が変だ… スナネコ?大丈夫かい?」


「ぁ… あぁ…」


 どこか目が虚ろでか細い声を出していたそうだ、始めはツチノコちゃんもその様子を大仕事を終えた疲れでくたびれているんだと思っていた。


「おいスナネコ!よく頑張ったな?女の子だってよ!名前はミユキだ、構わないな?」


「ツチ… ノコ…? 赤ちゃん… ボクの赤ちゃんはどこ?」


 すぐにレフティからミユキを受けとるとそっと彼女の前に差し出した。


 とても元気でずっと泣き続けていたそうだ、彼女は娘の顔を見ると光のない瞳で安心したように微笑んだ。


「ミユキ… ボクとクロの… 赤ちゃん… 良かった、こんなに元気で」


「抱いてやれよ?お前の子だ」


 そっと子供を抱かせるよう促したけれど、とても妙だった。


 いくらなんでも疲弊が酷すぎる、最早彼女は腕を動かすのも満足にできないのか優しく娘の頬に触れることしかできなかった。


「おかしいね」

「いくらなんでもこれは…」


「おい!スナネコはどうした?疲れてるだけなんだろ?そうだろ?」


「いや、これはまさか…!?」


 神妙な目付きにそれまで喜びを露にしていたはずのツチノコちゃんの顔にも不安の色が目立つ。


 嫌な予感が拭えない。


「スナネコ?」


「ツチノコ… ボクもう、ダメみたいです」


「はぁ…?何を?これからだろ?一緒にこの子を育てるんだろ?」


「ごめんなさい… 赤ちゃん… ミユキのことを頼んでもいいですか?ツチノコにしか… 頼めない…」


 か細い声は消えそうで、目は見えてるのかどうかわからないほど虚ろで、体はほとんど動かない。

 絞り出すように娘を託す言葉をツチノコちゃんに伝えると、やがて体から輝きが散り始めた。


 俺の記憶の奥に似たようなシーンがある。


 母さんが幼い俺を助けてくれたあの時だ。


 この時ツチノコちゃんにも彼女が消えていくのがわかったし、シーサーの二人はその姿を見て何が起きているのか既にある程度の予想が着いていたようだった。


「おい!しっかりしろよ!この子を置いていく気か!」


「ツチノコ、やめな?もう… 手遅れだ、出産に耐えられなかった」


「なに言ってる!あんなに昨日は元気だったんだぞ!」


「ツチ… ノコ?聞いて?」



 その時、彼女は最後の言葉を残す。


 娘と親友に向かい、消え行く心と体のまま彼女は言った。



「ボク、幸せなんです?だって大好きなクロとの間に子供ができて、産んであげることができたから… ボクが消えてもツチノコがこの子を守ってくれる、本当はこの子が大人になるまで一緒にいたかったけど… でも、無理… だから… ありがとうツチノコ?ありがとう?」



 消えるな。



 何度もそう願ったし何度もそう叫んだ、でも彼女の体はもう限界で…。


「あぁ… クロ?大好きだよクロ…?先に逝きますね…?


 ツチノコも大好きですよ?ミユ… も…


 ボクはこんなに幸せ…



 だから



 満足…!」



 


「スナネコ!待っ…」


 


 …



 


 スナネコちゃんはそのままサンドスターが消滅しフレンズの姿を失った。


 残った元動物のスナネコの体がその場に残ったが、その子もまた生き物としての生を既に終えており動くことはなかった。



「また、あの体にサンドスターを当てればスナネコのフレンズが誕生するかもしれない、でもそれはアイツじゃなくって違うスナネコなんだ… だからオレの中でアイツ、ミユの母親は死んだ… ミユはオレのことを本当の母親だと思っているし、父親のことは何も知らない」


「シーサーの二人はこうなった原因を知っているの?」


「仮説に過ぎんが、ヒトとフレンズが愛し合うとフレンズは無限の輝きを手にするらしい、“愛の輝き”とでも言うのか… ただしそれを維持するにはツガイとしてその男と共にあること、もし遠く離れてしまうとその輝きは手に入らない、心に傷を負ったただのフレンズになり、下手すればその傷が輝きを失う原因になるだろう

 そして妊娠していたスナネコはミユを産む時輝きを使い果たしたんだと思う、あるいはミユが全て持っていってしまったか…」



 だから彼女は俺達に言ったのか、“クロがいれば助かったかもしれない”と。


 クロと離れずに愛し合っていれば無限の輝きが出産時のサンドスターの消費を補ってくれて母子共に助かったのかもしれない。


 だから言った。


 一緒にいれば助かったかもしれないと。




 だれが悪いというわけではない。


 

 しかし…。



 彼女はもう帰ってはこない。

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