時を超えてお元気ですか?④

 少年はある日夢を見た。


 とてもとても不思議な夢で、まるで起きてるみたいに道を歩き、人と会って話して助けられ、食事だってとれた。


 少年は周囲の情報からその夢の世界が今よりずっと昔の自分が住んでいるこの場所だと気付き、同時に混乱した。


 帰れない…。


 どうやって来たかもわからない。


 そこで会った人達は皆優しいが、彼女達にこの件を解決するのは難しいだろう。

 皆少年は迷子だと思い親身になって両親を探してくれたが、当然見付かるはずはない。


 そしてやがて少年の押し殺していた不安が溢れだし、恐怖を露にしたときだ。


 一人の女性は言ったのだ。


「僕のおうちにおいでよ?パパとママが見付かるまで一緒に暮らそう?」


 その日会ったばかりの若い大人の女性、信用するには時間が少なすぎる。

 だが少年には彼女が悪い人間とは思えなかったし、実際彼女も善意から彼に対しそう言っていたのだ。


 よくわからないところを転々とさせるより、少しでも信用できる人の元に置いて帰る方法考える… 現場判断だが、彼女は諸々処分も覚悟で言っていた。


 そんな彼女の心が通じたのか、少年はその言葉にやけに安心感を覚え答えた。


「僕は、お姉さんと一緒がいい…」


 そのまま彼女の家で夜を過ごすが、次に少年が目を覚ました時には同じベッドで優しく包み込むように抱き締めてくれていたはずの彼女はおらず、彼は妹と遊んでいた森の中で母親に声をかけられて目を覚ました。

 

 ほぼ一日の間そこにいたはずが、やはり夢だったかのように現実ではほんの数時間の出来事だったそうだ。


 やはり夢だった?


 やがて少年はその時のことを思い出せなくなった。


 がある日、大人になった彼は古い写真などなんとなしに漁っているとふと思い出した。



 飼育員のお姉さん…。



 まるで昨日のことみたいにどんどん記憶が溢れだしてきた、蛇口を捻ると水が止めどなく流れるようにその当時のことを思い出しいった。


 あれが本当に過去の世界なら、まだ彼女はどこかで生きているのではないか?厳密に言うとどれくらい昔のことかまではハッキリとはわからない… しかし彼の祖父が同じようにそこで働き歳もそう離れていないことを考えると、実際にありうると期待を胸に彼女のことを探ることにした。


 そして彼は彼女が実在することを知った。



 少年の名はクロユキ。


 彼に救いの手を差しのべた女性の名はナウ。



 これから二人は時を大きく超えた再会を果たすことになるだろう。







「おばあちゃん!迎えに来たよー!」


「おはようシラユキちゃん、彼は一緒じゃないのかい?」


「アッくんはいろいろ忙しくて、行くのは私の実家だし今日は私だけ」


 場所は例の旅館、この日クロユキとの再会を約束してくれたナウの元に再度現れたシラユキ。

 

 齢70を過ぎているはずのナウは今日は特に若々しく見え、発せられるオーラはまるで全盛期のエネルギッシュでなんでもそつなくこなす飼育員のナウそのものであった。


「はいこれ!預かってるよ!」


「おやまぁ懐かしいねぇ?まさかこのジャケットにまた袖を通す日がくるとはねぇ」


 今でも間違いなくしっくりくるだろう、これはナリユキからの提案でありシラユキが渡したのはあのジャケット。


 そうそれは、かつてパークで飼育員の制服として使われていた上着である。

 全体は深緑で左肩と胸ポケットの辺りにジャパリパークのシンボルマークが入っている。


 およそ50年近く久しいそのジャケットを見るなりナウは少し笑い、そのまま袖を通した。


「新品だけど生地も当時の物だね?よく再現されている、あぁ懐かしい… 甦るよパークでの日々が」


「おじいちゃんからプレゼントだって?やっぱり様になるね?おばあちゃん本当におじいちゃんより歳上なの?全然見えないよ… ギターなんて持っちゃってさ?」


「褒めても何もでないよ~?ギターはクロユキくんも弾けるらしいじゃないか?せっかくだからセッションしたいと思ってね?」


 所謂、おばあちゃんらしい服装ではない。


 ナウは歳にしては背筋もしっかり伸びているし体型も弛んでるという感じではない、若い頃とそう変わらない… とまでは言わないが普通年齢と共に体型というのは弛んでくるにも関わらずよく維持している、ジーンズやブーツなんぞ履き、ジャケットを羽織るその姿はギターもあるせいかまるでロックミュージシャンのようである。


「カッコいい!」


「ありがとう、さぁシラユキちゃん?行く前に一戦交えるかい?」


「よーっし!負けないよ!」


「お義母さん!運転手さん待たせちゃダメですよ!早く行ってあげてください!」


 とまぁどんな姿でも、ナウはナウである。


 女将のアスカや従業員達に見送られ、彼女は迎えの車に乗り込んだ。


 これから彼女はシラユキと共に再びジャパリパークを目指す。


 





「クロ、そわそわと落ち着きませんね?」


「だってさ?いざ会うとなると緊張すると思わない?ミミはなんでもないの?」


「私はクロの妻としてしっかりと挨拶をしなくてはならないのです、幼いクロを私の代わりに助けてくれたその人物に感謝すると同時に、妻としては他所の女には負けられないという気持ちがあるのです」


 ジャパリパークキョウシュウエリア、そこのジャパリ図書館ではいつもより少々めかし込み幼い頃に会った恩人と再会するために準備をするクロユキ。


 隣にはだんだん目立つようになってきたお腹を優しく撫でる妻の助手。


「ところでクロ?当時その人物の家にしばらく住むという手筈だったそうですね?」


「うん、両親が見付かるまでうちにおいで?って手を差し伸べてくれたんだ… その日に会ったばかりの人だったのにやけに安心したもんだよ、一晩のうちに帰ってこれたけど… それがどうかした?」


 ワシミミズクの助手、隣の妻から何か圧力を感じ始めたクロユキ。

 ハッとしたものだ、なぜなら幼い頃のこととは言え普通に妻に対して後ろめたい出来事を体験したからである。


「子供とは言え、若い女性と一つ屋根の下で二人きりの生活ですか…」


「いや、一晩で帰ったよ」


「一晩は過ごしたということですね?夕食を食べて森で遊んで汚れた体をお風呂で洗い流し、パジャマのない状態で床についたと言うことですね?」


「えと… うん」


 ダラダラと冷や汗がでた、まさにその通りだからだ。

 7才だった彼はさも当たり前のように大人のお姉さんにお風呂に連行され身体中隅々まで洗われた挙げ句、その幼い首筋に赤い花びらを散らされ。

 その後逆裸ワイシャツ状態にされて小さなシングルベッドで密着しながら床につくと、男を見せた彼は逆にお姉さんの首筋に吸い付き赤い花びらを散らせた。


 7才にして二十歳近く離れたお姉さんの口から女の声を挙げさせた彼のポテンシャルには今後も期待せざるを得ない、経験人数が妻一人というピュアな記録を持つ父親のシロとどこが違ったのだろうか?


「汗をかいているのです、妻である私に何か後ろめたいことをしましたね?」


「僕はあの時7才で大人の事情なんか全然知らなくてだから後ろめたいだなんてこと少しも思わなくてって全然そんなことわからなくってですね…」←早口


「そんな女とこれから会うとなると、これは要注意なのです…」


「そんな、考えすぎだよ?相手はおばあちゃんだよ?」


 そうおばあちゃん… クロユキにとってはほんの10数年前の出来事だが、ナウにとっては50年近い年月をかけての再会である。


 なので、再三言わせてもらうが彼女は70歳を過ぎている。


 そしておばあちゃんという言葉は、妻ワシミミズクの胸にも少しチクリとしたものを感じさせた。


「そうですね、ご老体なのです… ですが女には変わりありません、いくつになっても男がオスであるように女はメスなのですよ?」



 私と博士もフレンズ化して長いのです、ヒトの特性を得たフレンズは元動物と比べて長寿ではありますが、なにも不死というわけではありません。


 肉体こそ若く見えます、しかしシロの父親やミライが年老いていくのを見て、そして成長し大人になったクロとユキを思うとつい感じてしまうものですね…。


 フレンズにとっても時間が有限であるというのはつまり我々にも終わりがくるということなのです、代替わりをするとアフリカオオコノハズクとワシミミズクのフレンズがそこにもう一度現れることでしょう。


 しかしそれは、かつてシロを図書館に住まわせた我々とはまた別の人格であり…。


 クロを愛した私、妻のミミではない。

 

 それは事実上私の死を意味する。



 私はあと何年この姿で彼の隣にいられるのでしょうね?






 港に着いた船には歳にしては元気な老婆、そして故郷の空気を胸一杯に吸い込み笑顔を見せる白い髪の女性。


「おぉ~懐かしいねぇ… 帰ってきたよ?ただいまジャパリパーク」


「どぅ?久しぶりのパークは!」


「思い出が走馬灯にみたいにどんどん…」


 待て、その歳で走馬灯は洒落にならないと物思いに耽るナウを現実に引き戻すシラユキ。


「お、おばあちゃん!クロは図書館に住んでるから、すぐに行こう?」


「あぁ… じゃあシラユキちゃん?お兄ちゃんのとこに連れてっておくれ?」


「はーい!お車はこちらでーす!」


 パーク関係者の運転する車両に乗り込むと二人はそのまままっすぐ図書館を目指した。


 道中セルリアンと遭遇するということもなく安全なパーク見学になったことだろう。


 ナウはこの時、窓越しに見える綺麗な景色を見て考えていた。



 当然クロユキくんは気になる、会えるのも楽しみにしている… ただ、こんなに綺麗な空を見てるとついあの子達がいるんじゃないかと目を凝らしてしまうねぇ?


 トキちゃん、ツチノコちゃん…。


 二人は僕がパークを出た後も幸せだった?

 幸せに決まっているか、だって二人はベストパートナーだものね?


 どこかでまだ一緒にいたりするの?


 いや、さすがに無理か…。

 

 あれからずいぶん経ったものね?どんな生き物にも寿命というものがあるから。


 だけどきっと、二人のことだから最後のその時まで隣にいたんだろうね?


 ねぇそうでしょ?トキノココンビ?









 やがて車両は図書館に到着、二人が降りるとそこには島の長の二人、そして黒髪の青年が一人彼女達を出迎える。


「博士助手!ただいま~!連れてきたよ?」


「おかえりなさいなのですよユキ」

「おかえりなさいです、そっちが例の?」


「うん、昔パークで飼育員をしてたナウさんだよ?」


「初めまして?アタシがナウです、ちなみに二人は教授と准教授では…」


 ナウも前の代の長を当然覚えている、アフリカオオコノハズクの教授と名乗る者、ワシミミズクの准教授と名乗る者だ。


 この二人にもまた、クロユキは助けられていた。


「博士です」

「助手です… ナウ、そしてお前が会いに来たのは私の夫、彼ですね?その節は夫がお世話になりましたのです、礼をいうのです…」


 妻が礼を述べた後、青年は前に出て老婆の前に立つ。


 お互いに時の流れにより姿は変わってしまった、しかし目の前にいるのは紛れもなくあの当時の彼であり、彼女…。


「お姉さん?僕クロユキです、覚えてますか?」


 彼は少し不安を覚えつつ尋ねた。


「もうお姉さんじゃあないけどねぇ?もちろん覚えてるよクロユキくん?ちゃんと家に帰れたんだね?安心したよ、いやぁそれにしても本当にいい男になった… 惜しいことしたなぁ、なんてねぇ?フフフ」


 髪はほとんど白髪で、顔にもシワがたくさんある、彼女の年齢を考えれば当たり前のことだ。

 しかし彼は面と向かえばすぐにわかったし、返ってきた言葉は紛れもなくその当時に出会った彼女のもので間違いなかった。


「そんなことない、お姉さんだ… 僕を助けてくれたナウお姉さんだよ!本当に会えた!ずっとお礼が言いたかったんだ、僕もうすっかり大人になっちゃったよ?結婚もした、今度子供も産まれるんだ?あの時お姉さんが助けてくれたから今の僕がある… だからありがとう!本当にありがとう!」


 何か達成感とともに暖かいものが心に溢れだし、同時に涙が出てきた。


 そんな彼の涙でぐしゃぐしゃのありがとうはナウにもしっかりと伝わり、二人の目にはお互いが当時の姿に見えた気がした。


 ナウは若きあの日の自分に、クロユキは幼いあの頃の自分に。


 何も言わず一度抱擁を交わし、二人はただ単純に再会を喜んだ。


「クロ、良かったね?」


「助手?ヤキモチは妬かないのですか?」


「今はいいのです、私はいつでも一人占めできるので… 今は特別に譲ってやるのです」







 落ち着いた頃、二人はお互いのこれまでのことを話していた。


 例えばナウはあれから数年のうちに母親が病に倒れ実家の旅館を継ぐことを決めた、それからまた数年もしないうちに旅館の板前さんと結婚し、やがて男の子を一人授かった。


 旦那は先に他界してしまったが、息子がオーナーとなりその彼と結婚したアスカが今は旅館の女将として働いている、ちなみに孫娘が一人いる。


「結婚できたんだね?」


「こらぁ~美人女将で評判だったんだよ?子供も産めたし、まぁまぁ充実した人生だね… クロユキくんもいろいろあったようだけど、まったくこんな若いうちから結婚なんかして?さてはデキ婚だな?」


「違う違う、ちゃんとプロポーズしました!結婚一年目だから今!」


 それからクロユキには、子供を産むのは並大抵なことではないので自分の妻のことはしっかりとサポートするように要注意を入れた。


 そんなことはわかっている、クロユキも見くびらないでくれと言うように返事をすると。


「さすが、僕の見込んだ男だよ」


 と当時と変わらない笑顔を見せてくれた。


「そういえばお姉さんって楽器できたんだね?」


「これでもね?ステージで歌ったこともあるんだよ?トキちゃんには歌のレッスンをしたし、ツチノコちゃんには楽器を教えてあげたんだ… 二胡って楽器ね」


「へぇ~本当に何でもできるんだ、しかもユキと卓球で互角だって?」


「何次やったらきっと負けるさね?歳には敵わないよ… さて、せっかくギター持ってきたんだ、セッションしようか?」


 それに頷き、お互いギターを持ち出して軽くチューニングをすると、何も言わず向き合った。


 「行くよ?」と目で訴えかけてきたナウは何も言わずにトントントンとアコースティックギターを叩き、何かの曲のコード進行をする。


 クロユキはそれを少し聴き、すぐにそれに合わせたコード進行を被せていく。


 なぜか練習も打ち合わせも無しに始められたその曲を、二人とも最初から知ってたみたいに合わせていく、周囲もさぞ驚いたことだろう… これが天才同士の共感覚なのかもしれない。


 そしてこれもまたずいぶん器用な行為だが、弾きながらナウはクロユキに尋ねた。


「今のパークにも、トキちゃんとツチノコちゃんはいるのかな?」


 ~♪ ~♪ ~♪


 彼もまた器用にその返事をする。


「いるよ、ただ二人みたいに仲良しってわけじゃないんだ… 代替わりしたからなのか、そもそも別個体だからなのかはわからないけど… ツチ姉はどこかに旅に出てこのエリアにはもういないし」


 ~♪~♪~♪~♪


「そっか、まぁそうだろうねぇ…」


 その返事に、ナウはやはり少しさみしい気分になった。


 自分の知る二人はもうここにはいないが自分は今もこうして生きている、ナウもあの事件は知っている、きっとあの時二人も… そう思うとパークを出たことを少し悔やんだ。


 悲しみつつもセッションは続けられ、やがて曲は終わる。


 ♪~…


 ギターの残響が消えると、その場にいた長の二人とシラユキからは暖かい拍手を頂いた。

 

 なんとなく、拍手のおかげか寂しい気分は薄れた気がした…。


 

 するとそこに。



「失礼するわ、用事で近くまで来たら素敵な音色が聞こえたものだから…」


 鳥のフレンズが降り立った。


 彼女は全体の白に対し特有の赤を要所に持った美しいフレンズ。


 笑顔だが、その目にはどこか悲しみが見える…。


「あ、あぁ嘘… 本当に?これは夢?」


「あなた、初めて会うわね?初めまして、私はトキ… クロとギターを弾いていたのはあなたね?」


「こんにちはトキちゃん、実は今トキちゃんのこと話してたんだ?」


「あらそうなの?ということは… あなた私のファン?」


 トキ、そうこの時代のトキだ。


 彼女は当然ナウのことは知らないし、奇跡が起きて思い出すということもないだろう。


 そもそも過去に本人だったのかどうかというのは怪しいところであり、クロユキの言う通り今のトキとあのトキは別個体である可能性が高い。


 だが懐かしいその姿に、ナウは言った。


「そうだねぇ… アタシはトキちゃん好きだから、ファンの一人ってところかねぇ」


「本当に?じゃあ、そんなファンの為に一曲歌わせてもらってもいいかしら?」


「えぇ、是非聞かせておくれ?クロユキくん?歌に合わせて弾くよ!」


「はーい了解!」



 トキは、確かに少しは上達したがそれでもとても上手な歌とは言えない。


 だけれどそんな下手くそな歌を聴き、それに合わせてギター弾くナウは笑顔のまま涙を流した、本当に嬉しそうにトキの歌を聴いていた。


 ナウにとって、トキの下手くそな歌も大事な思い出の一つ。


 たまたま起きたこの再会?にもナウは感謝した。







「ツチ姉もいたら、お姉さんもっと喜んでくれたのかな?」


「さぁね?でも別個体だとしても、似た姿のフレンズを見ると思い出すんだろうね?

…ねぇそう言えばさ?パパとママは?」


「出掛けてる、どこ行ったのかなぁ?数日戻らないみたいだったけど…」

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