時を超えてお元気ですか?③
「クロ」
「なに?」
シラユキとアサヒがナウの旅館であれこれとしている間のことだ、その同時期にシロは出掛ける準備をしてクロユキを呼び止めた。
「俺とママは少しの間留守にする、助手のことで大変だとは思うが任せても大丈夫か?」
「また?近頃よくあるね?」
そう、夫婦揃って出掛けることが増えた。
それは単にデートなのかもしれないし、何か子供達には言えない特殊な用事があるのかもしれない。
何にせよ二人で仲良く出掛けるのだから家族の絆に亀裂が入ったわけではないだろう。
「ダメか?」
「いやいいけど」
「若い頃行けなかったいろんなとこに行きたいんだよ、博士にも伝えてあるしアライさんも呼んでおいた、黙って行くのもなんだから… 一応な?」
荷造りもちゃっかり済んでいるらしい、これはいつもと違い数日の間留守にするのだろうとクロユキの直感は働いた。
どこへ行くの? …と聞いても誤魔化される気がする、確証があるわけではないけどこれはただのデートではない。
目がそう言っている、パパは隠すのが下手なんだ、でも何か理由があって黙ってるはず… それなら僕ができることは何も言わず留守を任されるだけだ、ミミもお腹の子も僕が守らなくてはならない。
勘の良さからクロユキ自身何か察していたのだが明確な理由まではさすがにわからない、彼は母親とよく似ているがエスパー能力は有していないのだから。
だが良くないことではない、それを信じて両親を何も言わず送り出すことに決めた。
「わかった、気をつけてね?」
「すまないな、かばんちゃん?行こう」
「はい! …クロ?頼むね?」
「うん」
母かばんもそう息子に言い残すと、二人は夫婦らしく並んで図書館に背を向けて歩き出した。
…
一方その頃、旅館では若い二人が大変気まずい思いをしていた。
「あの、お見苦しいところを…」
「ふぇぇ恥ずかしい///」
「いえいえ慣れてるからいいんだよぉ?若いねぇ… 懐かしい、昔もこういうことあったなぁ」
正座して乱れた着衣も素早く直した二人はばつが悪そうに大女将ナウに向き合った、シラユキに至っては慣れない“お誘い”をしたためか恥ずかしくて仕方ないようだ、両手で顔覆っている。
「えぇっと、それって旅館ではこういうのよくあるってことですか?」
「いやまぁたまにあるはあるけどそうじゃないよ?目を離すとよくイチャイチャするカップルのそばにいることが多かったんだよ?女将になる前のこと、昔の話さね… それはさておき、お酒は飲まれますか?こちらは当旅館からのサービスにさせていただきます」
卓球の件でご迷惑をかけたのでサービス。
と大女将ナウは言っていたがそれは建前である、二人からもナウに用があるしナウからも二人に用ができたのだ。
お泊まりデートについ羽目を外し本来の目的を失いつつあった二人だったが、ターゲット自らの登場にそれを思いだした。
「じゃあせっかくなので頂きます」
「はい畏まりました… お嬢さんはどうなさいますか?」
「あ、じゃあ私も!」
積もる話はまず一杯飲んでから、お酒はいろいろあったが乾杯はとりあえず生で。
二人は二十歳になってからほんの数回しか飲んでいないお酒を楽しむことにした。
…
「実は俺達はあなたに会いに来たんですナウさん」
「おやまぁこんなところまでわざわざこの年寄りに会いに?」
「ウェ苦いビール苦手… あ、おばあちゃんはパークの飼育員だったんでしょ?その時のことで聞きたいことと、もう1つお願いがあるの!」
「実はねぇアタシからもお嬢ちゃんと話したいことがあってきたんだけどね?内緒で来たから女将さん来てもしーだよ? …梅酒にするかい?」
そうお互いに話がある、ナウはすっかりシワだらけになった手で人差し指を立て自分の口の前に持ってくると軽く口止めを頼んだ。
「じゃあナウさんの方から聞かせてください」
「あらいいのかい?」
「レディファーストですよ」
「あらまぁお兄さんお上手だこと?それじゃお言葉に甘えようかねぇ」
ニッと不適な笑みを浮かべたナウはとても良い姿勢のままシラユキの方に向き直す、礼儀作法を心得た熟練の雰囲気である。
先程のはっちゃけ卓球の空気が一変、凛とした態度にシラユキも少し緊張を覚えた。
「あいやそんなに固くならんで聞いてほしいのだけどね?アタシがパークの飼育員だったことも知っていてわざわざ会いにきたということはナリユキさんの差し金かい?」
梅酒のソーダ割を差し出しながらそれを尋ねた、ナウは自分にパーク関連の人物が訪ねてくることを事前にミライとナリユキの部下に伝えられていたのだ。
「私孫なの、ナリユキおじいちゃんの孫」
「ほぉ?こんな可愛いお孫さんがいたんだねぇ?パークにいるときは背の高いそこそこ男前の研究員がいるってほんのちょっと有名だったんだよあの人は、そんなに関わったこともないけれどお互いに顔と名前は知ってた」
研究員と飼育員、接点そのものはそれほどないのだがナウは美人でよく働く優秀な飼育員として、ナリユキは率先して外に調査へ出る熱心な男として有名だったのでなんとなくお互いのことは知っていた、もちろん話したこともある。
「時にお嬢ちゃん、いやシラユキちゃん?」
「あ、はい!」
「君はもしかするとフレンズかな?細かいことは後で聞くけれど」
「え~っと… どこから説明しようかな?」
順を追い説明するには両親や祖父母のことを伝えなければならない。
シラユキの両親はハーフのシロとヒトのフレンズかばん、ホワイトライオンの部分を祖母ユキから色濃く受け継いだ為かシロよりも完全にフレンズの姿を持っており、同時にヒトの姿も完璧に維持している。
フレンズの割合が75%だが、同時にヒトの部分も75%あると言っていい。
フレンズとしてもクォーター、ヒトとしてもクォーターなのが彼女、シラユキである。
「なるほどねぇ?ナリユキさんはあのホワイトライオンの子と、それからその息子さんがヒトのフレンズの子と… そうかいそれでシラユキちゃんはあのとき耳と尻尾が生えたんだねぇ?普段は隠せるのかい?」
「うん、でもおばあちゃん卓球強すぎるからつい熱くなっちゃった!なんであんなに強いの?」
「ただ暇潰しに覚えただけさ?ヒッヒッヒッ… さて、とりあえずアタシの方はこんなとこかね?お兄さん達の事情を聞こうか?」
フレンズとしてのシラユキの姿を見たとき、彼女の中の飼育員として働いていたあの頃の輝きが甦ったのだろう。
シラユキの事情、家族構成。
それを聞いたうえでナウは二人の話に耳を傾けた。
「話と言うのはナウさんが飼育員だった頃のことです、ずいぶん昔かと思うので記憶が曖昧なとこもあると思うのですが… いいですか?」
「えぇ何でも聞いてくださいな?」
シラユキが話すと擬音が増えて伝わりにくいかもしれない、代わりに彼女の話を解読できるアサヒが簡潔にまとめて話すことになっていた。
ナウに聞かなくてはならないのはクロユキの夢の話、そのためにはまず夢の中のナウと現実のナウが一致するのかを確認しなくてはならない。
「パークではどのような立場でしたか?」
「自慢するわけじゃあないけどそこそこ偉かったんだよ?歳のわりに責任ある立場になっちゃったもんだから大変だったねぇ… でも楽しかった、あの頃は充実してたねぇいやぁ懐かしい」
「恋愛は?」
「それは聞かないどくれシラユキちゃん」
結構偉い、これは夢の通りである。
他にアサヒ達が尋ねたのはまず担当フレンズ。
「トキちゃんとツチノコちゃんさ、パークが隔離閉鎖するって聞いて心配したもんさ…」
そして住まい。
「家を持ってた、
「え~?独身独り暮らし?寂しくなかったの?」
「シラユキちゃん?少し影がある女の方が男は弱いんだよ」
「そ、そうなの!?」
自分はもう幸せなんだ影などいらない、そしてそれは影というか干物だとかなり失礼なことを考えていたシラユキ、このずけずけとしたところがなんともフレンズ感というか、人懐っこい彼女の良い部分であり難点である… そしてそんなシラユキに対するナウの返しにはなにやら歳の功感じる。
そして最後に確認すべきはこちら。
「ナウさん、ズバリあなた大食いでは?」
「そんなことないよ~?」
「ホントに~?」
「チャーシュー麺は今でも大盛りにするけどねぇ、ライスもつける」
「おばあちゃんそれ世間的には大食いって言うんだよ?」
この歳でこれである、ズバリ大食いだった。
この時、クロユキの会ったというお姉さんナウは今目の前にいる大女将ナウと同一である可能性がほぼ確定である、アサヒは卓球の時に女将さんに連れていかれる瞬間のナウが「僕」と言っていたことも覚えている、お姉さんナウもそうだったらしいのでさらに信憑性が高い。
あとは夢で起きたことの事実確認。
「じゃあナウさん、当時不思議な子供に会ったことを覚えていませんか?」
「不思議な… 子供?」
「えっと、髪が黒くて少しクセッ毛でね?その時は7才くらいかな?赤が目立つ服を着てて… あと生意気」←私怨
「ん~どうだったかねぇ…」
記憶が無いのか、あるいは昔のことであまりよく覚えていないのか。
どちらにせよナウは頭を悩ませて考えてはみたが思い出せない。
「その子は迷子で、あなたにとても助けられたそうです」
「迷子… 助けた…」
「名前は…」
ほんの少し間を置き、アサヒは一度シラユキと目を合わせると軽く頷いて一緒に彼の名を口にした。
「「「クロユキ」」」
「え?」
「おばあちゃん今なんて!?」
名前を言ったその瞬間のことだ、アサヒとシラユキとは別にナウもその名を答えたのだ、知らないとしたらこれはあり得ないことである。
「クロユキくん… そうだ迷子のクロユキくん!あぁ懐かしい、どうしてるかなぁ?急にいなくなっちゃって… ちゃんとおうちに帰れたのかなぁ?なんだろうねぇ?急に思い出したよ?あの子元気にしてるのかい?」
何やら首筋に手を添えて少し照れくさそうにしているナウの姿が、なぜか二人にはその時彼女が乙女に見えたそうな。
「覚えているの!?クロのこと!」
「えぇ覚えてますよ?確かトキちゃんとツチノコちゃんが連れてきて、妹に意地悪ばかりしてたから一人ぼっちになったって泣いてたんだよ?なんだか歳のわりにしっかりした子でねぇ?」
「それ私のこと!クロは私のお兄ちゃんだよおばあちゃん!」
彼女は覚えていた、否… 思い出した。
彼女の記憶にはある、確かにあの夢の出来事が存在しているのだ。
「シラユキちゃんがあの子の妹?そんなはず… あぁそうだ、確かずっと明日から来たんだよって… そうかい、元気にしてるのかい?クロユキくん?」
それを聞き二人の顔もなぜか綻んだ
まさに夢のような話だ、クロユキの身に起きた夢みたいな出来事がこうして現実のこととして起きたと証明されたのだ。
これは同時にシラユキがちびレオに出会ったあの夜も現実であり、シロが戦友と共に脅威を打ち砕いたことも現実であると言っていいだろう。
「ナウさん聞いてください、実はその彼… ユキの兄であるクロユキはあなたに会いたがっています」
「あの子が?なんでまた?」
「とてもお世話になったからお礼を言いたいそうです、それと… 成長した自分を見てほしいと」
「私はもう二十歳だから、クロも同じ二十歳、クロはパークに住んでもう結婚もしてて、今度子供も産まれるから是非会ってあげてほしいんだけど?」
なぜだか、その目は在りし日の彼女。
結構偉い飼育員ナウだった頃と同じ目をしていて、年甲斐もなく表情も乙女のようでキラキラとして見えた。
「そうかい… まだ若いのに結婚もして… 立派になったんだろうねぇ?でもアタシなんかが会いに行って迷惑じゃないかい?もうすっかりおばあちゃんだもの、疲れるのも早くなったし」
「疲れるのが早いとかはまったく信用できないけどむしろ会いたがってるの!もしおばあちゃんがここを動けないならクロからこっちに来てくれるはずだし、どう?会ってみない?」
悩みどころである、ナウは悩んだ…。
自分はもう歳だ、こんな老いぼれが若い男に会いにわざわざ旅館を空けるのもどうなのだろうか?大女将を名乗る以上その名に責任を持たねばならないだろう。
クロユキは既婚、その妻ワシミミズクの助手は彼の子をその身に宿し大事な時期だろう、ナウ自身も結婚し子を産んだ経験があるのでその事の重要性は心得ている。
そんなとき、妻を置いて旦那が家を空けてしまうのもやはり良いこととは言えない。
こちらが行くにせよ向こうが来るにせよ迷惑にはならないだろうか?
「ん~旅館もあるからねぇ?皆が働いている時に大女将のアタシがここを空けるのも気が引けるねぇ…」
「もちろん、無理にとは言いませんが…」
「でも会うだけは会ってあげてほしいな、連れてきたっていいんだから?」
「そう言われてもねぇ…」
会うことそのものは吝かではない、しかしどうにも悩みどころ… 気持ちは嬉しいが断るべきだと考えていたその時だった。
「お義母さん?行ってあげたらどうです?」
「あら“アスカちゃん”?聞いてたの?」
スッと正面の横開きのドアが開きもう一人の女性が現れた、二人がここに来てすでに何度か顔を合わせたその女性、彼女こそこの旅館のナンバー2。
「だってお義母さんこそこそお酒持って行っちゃうんですもの、怪しいにも程がありますよ?」
「あちゃあ~… 女将には敵わないねぇ?」
現女将、ナウの義理の娘アスカである。
「本当は懐かしいんでしょう?動けるうちにまたパークを見たいって言ってたじゃないですか?最後のチャンスかもしれませんよ?」
「うーん… でもねぇ」
「お義母さんここにいてもお客さんに勝負挑むししなくてもいいのに掃除とか始めたりするし、数日くらいいなくても大丈夫ですから!いつまでもお義母さんには頼れませんしね?私も女将としてもっとしっかりしないとなりません」
「んもぅ~、義理の母に対して厳しい嫁だねぇ?もっと姑を労っとくれ?」
「労ってるからこそですよ?たまに息抜きしたらどうです?」
アサヒとシラユキが黙って見守る中、この妙に仲の良い嫁姑のやり取りは続いた。
それからほんの少し黙り、同時に目を閉じるとナウは答えを出した。
「わかりました…」
「来てくれる?おばあちゃん?」
「あのクロユキくんが言うんだ、行かせてもらいます!もちろんいい男になってるんだろうねぇ?」
「やったぁー!」
「ありがとうございます、これからナリユキさんに伝えるので日取りは追ってご連絡してもらいますね?」
この日、大女将改め飼育員ナウ…。
ジャパリパークの再上陸が決定。
「さぁお義母さん、そろそろ行きますよ?」
「まだ大人になったクロユキくんの話を少ししか聞いていないよ!」
「若いカップルの部屋にいつまでも入り浸ってはお邪魔になるでしょ!ではお客様?今晩はどうぞお楽しみください?」←意味深
その晩アサヒは、シラユキという名のフィールドでハットトリックを決め、今夜も見事彼女だけのMVPに輝いた。
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